第15話 戦慄の食欲
「こんなにいただいていいんですか?」
「いいって、いいって」
畑の主人はすぐに発見できたんだ。隣のじゃがいも畑で畑の世話をしているところだった。
挨拶もそぞろに謝罪し、事情を彼に話す。
彼は首に巻いた手ぬぐいで額から落ちる汗を拭きながら笑って許してくれた。そんで、ニンジンを少し分けて欲しいと申し出てお金を渡したところ、一抱えもある籠に入れたニンジンをポンと渡され恐縮している。
市場でニンジンを買った記憶が思い出せないほどの俺でさえ、こいつはもらい過ぎたとすぐ分かるほどの量だった。
市場価格の半額くらいなんじゃないかな。
「そうだ兄ちゃん、こいつはどうだ? 結構好きな動物も多いらしいぞ」
「これ、俺も好きです」
今度もまたニンジンと同じくらいの量が籠に入っていた。先ほどの倍くらいのゴルダを畑の主人に手渡す。
もうちょっと渡した方がよかったかな。おじさんはこんなにも要らない、と言ってはいるが……。
だってほら、次に頂いたものはサツマイモだったんだぞ。
ジャガイモじゃなく、サツマイモである。「甘い」食べ物はそうじゃない食べ物に比べてお高いのだ。
ふかしてホクホクにして食べてもよし、焚火をしたついでに焼いてもよし。
……調理するにしても調理場がない。いや、野外でいいじゃないか。ザ・ワンに持ち込むとしよう。
それはそれで手間だよなあ。ザ・ワンの中で煮炊きができないのか、という問いに対しては「できる」が回答だ。
しかし、外と違ってザ・ワンの中は植物が一切生えていない。なので火種になる枝や葉は一切ないんだよね。
となるとだな、ザ・ワンで煮炊きをするなら薪や炭を持ち込む必要がある。嵩張って仕方ないんだ。ピクニックに行くなら多少荷物が嵩んでもいいのだけど、モンスターと戦わなきゃならんし、宝箱からアイテムを拾ったら荷物が増えるし、で煮炊きに向いていない。
「伝説の空間魔法とかがあれば話は別だが……って、おい!」
『クラウディオ、ほめてつかわすモ』
こ、こいつ油断も隙もあったもんじゃねえ。ニンジンの入った籠に仁王立ちし、もっしゃもっしゃと次から次へとニンジンを食べているじゃねえか。
いいやもう、好きなだけ食べたらいいさ。ニンジンを持っていても今はこいつの餌くらいにしかならないからな。
「強欲のマーモよ、好きなだけ喰らうがよいぞ」
戯曲の偉そうな人を真似して言ってみたが、恥ずかしくなってきた。
『戦慄だモ。どれだけ頭が弱いんだモ?』
「ワザと言ったに決まってるだろうが! この食いしん坊が」
『補給は大事モ。そっちのも寄越すモ』
「サ、サツマイモはちょっとだけだぞ」
サツマイモを一本取って、食いしん坊のマーモの前に置いてやる。
『……ッチ』
「何その可愛くない舌打ち」
『モは何もしてないモ?』
「気のせいか」
『気のせいだモ』
よし、サツマイモは確保した。ニンジンは間もなく全滅しそうであるが、ニンジンの尊い犠牲があり、サツマイモは護られたのだ。
俺たちの様子を見ていた畑の主人は更に野菜を追加で持ってきてくれた。
「よい食べっぷりじゃねえか。こいつも持ってくか?」
「キュウリまで。悪いですよ」
「いっぱいある。ちゃんと金ももらってるからな」
「じゃあ、これで」
さすがのマーモでも、これ以上は食べられないだろ。
頂いたもののどうするかこれ。マーモの夕ご飯にでもするか。
持って帰ろうにも今は残念ながら大きなリュックを持ってきていない。
『これに入れるモ』
これってどれだよ、と突っ込もうとしたら、マーモが前歯を小刻みに動かす。
すると、何もない空間から葦を編んだ蓋つきの四角いバスケットが出てきたんだ!
バスケットは長い方が1メートル半ほどもある直方体の箱で、俺のリュックの倍以上も積載量がある。
入れろと言うので素直にサツマイモとキュウリをバスケットに納めた。
『蓋を閉じるモ』
「お、おう。うお!」
バスケットの蓋を閉じたら、バスケットが消えてしまったじゃないか!
『いつでも出せるモ』
「こ、これって空間魔法?」
『魔法じゃないモ。モの固有スキルだモ? クラウディオは固有スキルも知らないのかモ?」
「知っとるわ!」
戦慄した……。
こんな可愛くないマーモットとかいう謎生物が伝説の空間魔法に匹敵する固有スキルを持っているなんて。
「その固有スキルとやらは一日に何度でも使えるの?」
『当たり前のことを聞くなモ』
「とんでもねえな……スキルによっては使うと結構疲れるんだが、平気なんだな」
『モは戦慄のマーモだモ』
「よく分からんが、よく分かった」
謎生物に俺の常識は通用しないってことだな、うん。考えた方が負けだと理解した俺偉い。
◇◇◇
ニンジンを売ってくれた農家の人の家からほど近い場所が売り地に出ていた。この情報も農家の彼から聞いたものである。
街の外なら勝手に住み着いたらいいんじゃね、と思っていた。
その考えは間違えじゃないよ、と彼が補足してくれたんだ。というのは、街の外と中の考え方の違いにあった。
門の外が「街の外」ではないと考えれば分かりやすい。
本当の街の外は農家があったところから更に30分は歩いた先にあるのだと。
俺が街の外と思っていた郊外は農業や牧畜業を営む人が殆どで、土地も安い。ザ・ワンに向かうとしたら、彼の家から1時間かからないくらいじゃないかな。
そんなに遠くも無いし、通っても……って待て待て、スローライフはどこ行ったんだ。
宿に入りベッドで寝転び振り返っていたら、ふてぶてしいのが腹に乗っかってきた。
ドシイイン。
どこからともなく大きなバスケットが出現し、ベッドの下に落ちる。
『開けるモ、開けるモ』
ふてぶてしい動物がバスケットの蓋を開けろとせがむ。
「自分で開けろよ!」
『オマエにしか開けれないモ』
「め、めんどくせえ固有スキルだな」
『とっとと開けるモ』
はいはい、うるさいったらなんの。バスケットの蓋を開けてやると、さっそく帰りに市場で買ったトマトをむしゃむしゃしはじめるマーモットのマーモであった。
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