第14話 モ
「道具屋ピッコリ」を出てずんずん大通りを進むと街と外を隔てる門まで辿り着いた。門といっても門番はおらず城壁もない。
単にここから先は外だと示すだけのもの以上の意味はないよなこれ……。
「なんのために門があるんだろう」
あまりの意味の無さに逆に興味を惹かれ、改めて門の様子を眺める。
石を積み上げてアーチ状にした門で扉が取り付けられるようなものでもない。門に触れてみるが、なんの変哲もない石に思える。
石を積み上げて作ったように見えるのだが、石と石の継ぎ目がないなあ。大きな岩を切り出してって感じでもなさそうだし。
「見れば見るほど不思議だ」
長年この街で生活しているが、こちらの門に来たのは初めてだった。新たな発見がまだまだありそうだから、ザ・ワンに潜る日を減らして街の中を探索するのも楽しそうだ。1階のみを探索していた時に比べたら数十倍以上の稼ぎがあるし、しばらくは街の探索だけでもいいかもしれない。
ここに来るまでスローライフを楽しむぜ、なんて考えていたのだけど、我ながらブレブレである。
いいんだよ、楽しければ。ははは。
お、門には文字まで刻まれているじゃないか。足元辺りに刻まれているから普通に通貨するだけなら気が付かないはず。
どうしてこんなところに文字を?
「読めない」
模様じゃなくて文字なことは確実なのだけど、俺には読むことができない文字だった……。
何故文字だと分かるのかって? こいつは言霊魔法の呪文書に描かれている文字そっくりだったから。
遥かな昔に使われていた文字で、今では言霊魔法の呪文書や古くから伝わる錬金術の書なんかに僅かに残る程度だ。
ええとたしか古代文字? 神話文字? とか呼ばれていた。
対して俺が読める文字は共通文字だ。レストランのメニューも店の看板も共通文字で書かれていて、街に住む殆どの者が読むことができる。
言霊魔法の使い手か錬金術屋の店主とかなら読むことができそうだよな。錬金術屋は過去に一度だけ行ったことがあったけど、どの辺りだったっけ。
こういう時は知り合いに頼むのが一番なのだが、いつもソロの俺にどうしろと。
いや、待てよ。喉元まで出てきているのだが、小骨が突き刺さったようにもどかしくあと一歩のところで思い出せそうで思い出せねえ。
古代文字の書かれている部分を追っていくと地面の下まで続いていることが分かった。掘り返して門が倒れてきたりしたら嫌だな、と思いつつも手で多少掘り返したところでビクともしないよな、と思い直す。
10センチ程度なら掘ってもいいだろ。うん。手持ちのナイフを突き立て、掘り返してみた。
手で土を払い、文字を露出させる。
「うはあ、まだまだ続いているのか」
『条件を満たしました』
頭の中に声が響く。抑揚の全くない無機質な男の声で。
次の瞬間、視界が真っ白に染まり眩しさから思わず目を閉じる。
目を開くと門のアーチの下にずんぐりしたもさもさの小動物が後ろ足で立っていた。
リスをごつくしたような顔……黒い鼻に黒い目、額のあたりは黒っぽい色をしているものの、全身の毛色は淡い黄褐色……ええと月毛という色だっけ。
体長は50から60センチといったところ。四肢は短く、後ろ足で立っているが姿勢は安定しているように見える。
「絶妙に可愛くないな……」
『オマエに言われたくないモ!』
「喋ったあああああ!」
『オマエも喋るじゃないかモ』
小動物ってこう可愛らしいじゃないか。でもこいつさ、なんかごつくてずんぐりしていて可愛くないんだよね。ふてぶてしいというか、表現が難しいな。
まさか喋るとは。そういや言霊魔法の中に使い魔と契約するという魔法があったな。
カラスとか猫とかと契約すると、言葉を交わすことができるようになるとか。
誰かの使い魔だったりするのか? 落ち着け、落ち着け。可愛くないもさもさが喋ったからといって焦る俺ではないのだ。
「俺はクラウディオ。君の主人は近くにいるの?」
『オマエ、だモ』
「俺?」
『何度も言わせるなモ』
「いやいや待て。俺は魔法の素質が一切ない。召喚も契約もできねえ」
『オマエが呼んだモ! 呼んだからにはちゃんと食べ物よこすモ!』
「お帰りいただけないか」
『モも帰りたいモ。こんな冴えない男なんて嫌モ』
こ、こいつ、言わせておけば!
落ち着け、俺。知っているか? 喧嘩とは同レベルの者同士でしか起こらないのだ。
俺がこんなやつと同レベルなわけがない。ここは大人の対応で。
「何が何やらまるでわからんが、種族と名前を教えてくれないか」
『誤魔化したモ。まあいいモ。ここはモが大人になるしかないなモ』
「こ、こいつ……」
『モはマーモットの戦慄のマーモ。よろしくモ。クラウなんとか』
「クラウディオだ」
『クラウディオ。長いモ』
なんだよ、『戦慄の』ってのは。自分で二つ名を名乗るとはなんという生意気な可愛くない生き物なんだ。
仁王立ちしているマーモットのマーモの横をすたすたと通り抜け、街の外の探索に向かうことにした。
街の中と外は門を境にしているけど、大通りがなくなり舗装されていない道になっただけで民家は普通に立っている。
それでも、街から離れれば離れるほど民家の数は少なくなり、畑や牧場が目立つようになってきた。
「畑ってどうやって管理するんだろうなあ」
均等に見事な緑の葉が伸びている畑を見やり、ほおと息をつく。
土の間からちょこっと顔を出すオレンジ色からニンジンが埋まっているのかなと予想がついた。
『もしゃもしゃ』
「お、おおおおい!」
スルーして置いてきたはずなのについてきたたのか、マーモのやつ!
当たり前のように畑に座り込み、ニンジンを引っこ抜いてバリバリと齧っている。
出会って早々に戦慄することになるとは。あいつの二つ名は伊達じゃねえ。
って、それころじゃない。
「もう食うなよ。そのニンジンで終わりだ」
『足らないモ?』
「買ってやるから、勝手に喰うのはダメだぞ。人の社会は難しいんだよ」
『ニンゲン、めんどくさいモ』
畑の主人はどこだああ。近くの家の人だろうけど、畑か隣の牧場か、この辺りだろうから探そう。
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