第12話 ブルーノ再び
「ふう、よく寝た」
部屋に入り、気が付いたら翌日の朝になっていた。
丸一日寝ていたわけだが、けだるさはなくスッキリ気分爽快である。
階下に行き、追加で三日の連泊を依頼してから、併設している食事処で朝ごはんにすることにした。
丸一日食べていなかったので、朝から夜に食べるような腹にたまる肉汁したたるハンバーグや温野菜の一群などなど。
こうなるとエールやワインも飲みたくなってくるなあ。
俺にしてはとんでもない額を稼いだことだし、数日間ゆっくりしてもいいかも。その後どうするか、は考えどころだ。
ザ・ワンに潜り続けるのも考えものなのだよな。
もうちょっと稼いでコッズタウンの郊外に土地を買い、スローライフとしゃれこむのも悪くない。探索者稼業はずっと続けることができるものじゃないからなあ。
探索者センターのセンター長みたいに探索者引退後にどうやって生きて行くかはいずれ考えなきゃならんのだ。
早めの引退、そして悠々自適のスローライフ。うん、よいな。
「悠々自適をするにいくらくらい必要なんだろう」
よっし、今日は夢のスローライフのための資金繰りを考えて過ごそうか。
郊外の見学もしちゃおうかな。ふふ、楽しくなってきた。
「生きてたのか、悪運だけは強えな」
「ブルーノか。まあ、見ての通りだ」
相も変わらずニヤニヤとした顔で俺を覗き込んでくるブルーノに辟易する。
楽しい妄想をしていたら、こいつのことをすっかり忘れていたよ。せっかく楽しいことを考えていたってのに。
そもそもこいつに闇討ちでもされないかと懸念してザ・ワンの深いところまで潜ったんだったよな。
その結果、望外な稼ぎがあって、吸収という超性能な固有スキルも得ることができたし、今となっては特にブルーノへ復讐してやるという気持ちはない。
結果論だけならあいつに飛ばされたことによって、大きすぎるメリットを得たわけだからな。
金持ち喧嘩せず、とかいう言葉を聞いたことがある。余裕があると、小さいことはどうでもよくなるってわけさ。
「二階か三階を引いたのか、もう生意気な顔を見なくてすむと思ってたんだがねえ。残念でならねえわ」
「そうかそうか、分かったからとっととザ・ワンに向えよ」
「実力がねえくせに、口だけは達者だな」
「ほら、とっとと行った、行った」
しっしと手を振ると、仲間と共に少し離れた席に座って食事を注文しはじめた。
ふうん、これから食事か。
あの様子だと今後も絡んできそうだし……ああ、食事を終えた俺がザ・ワンに行くとでも考えていたりする?
もうブルーノたちのことはどうでもいいと考えていたが、やめだ。
奴らが仕掛けやすいようにして、様子を見てみよう。仕掛けてこないなら、今後も仕掛けてこないだろうから、それはそれで良しだ。
◇◇◇
そんなわけでザ・ワンの1階で宝箱漁りをしている。1階は俺の庭。隅から隅まで把握しているぜ。
さあて、ブルーノたちはどう出るかな。既に奴らもザ・ワンにいることは分かっている。
1階の宝箱なら安心して開けることができて、よいなあ。手先の器用さをあげることはできなくなったけど、ステータスアップの効果で以前より罠を解除しやすくなっている。
「お、宝石ゲット」
「相変わらずけち臭い仕事してんな」
あー、仕掛けてきたかあ。
肩を掴もうとしてきたブルーノの手をひょいっと躱す。
なおも掴もうとしてきたから、逆に奴の腕を掴んでやった。
奴が俺の手を振りほどこうと動いたところで、パッと手を離す。
飛ばされる前はビクともしなかった奴の筋力だったが、今は指先だけでも押し返せそうなほどになっていた。深くまで潜ってよかったなあ。うんうん。
モンスターを倒すとステータスがあがる。なるほどな。ステータス鑑定をする意味をもう一つ見つけたよ。当たり前のことといえば当たり前なのだけど、ソロだった俺にはなかった発想だった。ほら、パーティメンバーのスタータスを比較してこいつは力持ちだ、とか、いざという時一番速く動けるのはこいつだ、とか、把握できるだろ。
それぞれどれだけ成長したのか定期的にチェックしてパーティのバランスを見ることもできるし。
なあんて緊張感のないことを考えていたら、ブルーノの奴が顔を真っ赤にして肩を震わせているではないか。
「それで、A級探索者のブルーノさんがけち臭い泥棒に何用だ?」
「こ、こいつ。転移の書で二階か三階に出たからといって調子に乗りやがって」
「あー、転移の書ってこれか?」
「お前みてえな底辺探索者が! このコソ泥が!」
「時にブルーノ、転移の書ってこの場にいる全員を対象にもできるのか?」
「ああ、使えるぜ。まあ、お前が使っても移動しねえんじゃねえのか。あ、二階は行ったことあったか。ガハハハハ」
そうかそうか。ブルーノにやられた時は俺に触れて転移とかやってたよな。
心の中で念じればいいんかねえ、これ。ま、うまくいかなかったらブルーノだけ転移になるだけだ。
「それじゃあ、行ってみようか。この場にいる俺とブルーノのパーティを含めた全員、転移っと」
転移の書が発動し、一瞬にして視界が切り替わる。
転移したのは俺とブルーノらのパーティ四人だった。
「おお、全員転移できたじゃないか」
「っち。お前、転移の書がいくらで売れるか知ってんのか」
知らん。一枚だけしか持ってないし、嫌な思い出のある転移の書は破り捨てようと思ってたんだよね。
「んじゃま、頑張れよ。A級探索者さんたち」
「待て、お前!」
手を伸ばすブルーノをひらりと躱し、ヒラヒラと手を振る。
何階に出たのか分からないけど、A級探索者のパーティならお手の物なんだろ?
「お、おい、ブルーノ」
「ん、どうした?」
「86階だぞ……」
「なんだと! おい、クラウディオ!」
後ろで何か騒いでいるが、既に俺は走り出している。彼らは転移の書を持っているらしいし、プライド捨てて使えば30階より上に戻ることはできる。
嫌がらせで俺に使おうとしていた貴重でお高い転移の書を使うといいさ。
それにしても86階かあ。A級探索者ってやっぱすごいもんだな。自分のいる階層がすぐ分かるなんてさ。
魔道具屋とかアイテム屋にいけば、そういったアイテムを置いているのかもしれん。外に出たら久しぶりに店へ行ってみるか。
え? 一体俺が前回どこまで潜ったのだって?
120階だよ。いやあ、食糧が尽きるまで進んだら案外進むことができてさ。リアナたちが沢山の食事を用意してくれたからね。
これに懲りて二度と俺に絡んでくるなよ、ブルーノ。
「90階まで進んで戻るか」
今は食事も持ってきてないし、ブルーノたちの様子を見るためだけにザ・ワンにきたからとっとと戻るに限る。
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