第7話 お願い事

 そんなわけでやって参りました。20階。


「あれが20階のフロアボス……」

「ヒュドラじゃな」

 

 リアナの声が震えていた。戦々恐々とする彼らの気持ちは理解できる。

 ヒュドラの強さはともかくとして、1階と19階しか経験していなければあれほどの巨体を見るのは初めてだろうから。

 まず、奴の大きさに圧倒される。

 一方の俺は別のところでほっとしていたのだけどね。さっきヒュドラを倒したばかりだから、まだいないかもと懸念していたんだ。

 ボス部屋は新たなパーティを迎えると即出現するのかも? 


「みんな、毒のブレス――ポイズンミストには注意してくれ。思ったより範囲が広い」

「おう」

「うむ」


 前に出た俺の横に髭のヘクトールと長髪のギリアンが並ぶ。

 率先して前に出ようという気持ちは嬉しい。ソロ探索者の俺にとりあえず当たらせ、自分たちは後ろで身構えるってこともできたのだから。


「ヘクトールとギリアンは後衛の二人の前にいてくれるか」

「いや、それでは」

「俺はソロだからさ。一緒に戦うとお互いに大怪我を負ってしまうかもしれないから。ヤバそうなら助けに入ってくれ」

「……しかし」

「ギリアン、儂らじゃクラウディオの足を引っ張る」

 

 俺だけが危険を担うことを良しとしないギリアンが食い下がるも、ヘクトールが引っ張っていってくれた。

 腕を上にあげ「んじゃ、行ってくる」と仕草で示しヒュドラと対峙する。

 改めてヒュドラを見上げる……やはり大きい。

 ヒュドラが手強い一番の理由はポイズンミストである。回避不可能なポイズンミストを喰らうと、死なないにしてもじわじわ体力が削られ自然治癒もしない。

 ヒュドラの動きは21階のモンスターに比べると遅い。首の数が多いので連続攻撃が脅威ではあるが、個人的には21階のマンティコアらのが脅威だ。

 20階の次が21階だから21階のモンスターの方が強くて当たり前と言われればそうなのだけど、ヒュドラは一応ボスなのである。

 話が逸れた。

 ヒュドラは巨体だけに一撃の威力が高い。首の数だけ同時攻撃してくる。しかし、21階でも戦うことができる探索者なら鈍重にも思えるだろう。

 しかし、ポイズンミストを喰らうと話は別だ。

 ヒュドラの脅威はポイズンミストで弱ったところに火力の高い連続攻撃を喰らわせることにある。


「俺には毒耐性がある」


 さあ、来いよ。得意のポイズンミストを吐き出してこい。

 奴を挑発するように得意気に手招きをしてみた。俺の態度が気に入らなかったのか、ヒュドラが大きく息を吸い込み咆哮する。

 

『グラアアアアア』


 耳をつんざくような音に眉をひそめるもヒュドラからは目を離さない。

 奴の叫び声をと共に紫色の毒々しい煙が吐き出され、視界が曇る。

 待っていたぞ、この時を。

 初撃で必殺のポイズンミスト。ヒュドラの行動として最も確率の高い選択肢だろうな。

 煙で視界が悪くなるが、ポイズンミストを吐き出した直後、ヒュドラに隙ができる。ポイズンミストを喰らっても平気な俺にとってはチャンスタイムって奴だよ。

 拳の先から爪を出し、奴の胴体をズバズバと切り裂き、留めとばかりに深々と突き刺した。

 まもなくヒュドラは光の粒と化す。

 

「す、すごすぎ」

「クラウディオさん、あれほど巨大なヒュドラを軽々と」


 カティナとリアナはあっけにとられた様子で呆然とこちらを見ていた。

 ギリアンも開いた口が塞がらない様子。

 だが、ヘクトールだけは動きが異なっていた。

 

「クラウディオ、お主の腕前に感服したぞ」

「ヒュドラは俺と相性がよくてさ。隙をついて全力で攻撃したらうまく倒しきれただけだよ」

「まともに毒を喰らっていた。すぐ治療を施させてくれ」

「相性がいいって言っただろ。俺は毒に耐性がある」


 心配して真っ先に治療にきてくれたんだな。ヘクトールは探索者を始めたばかりなのかもしれないが、集団での戦闘経験が豊富なはず。

 もう一人、ギリアンもまた集団戦の経験はわからないけど実戦経験は積んでそうだ。

 噂をすればなのか今度はギリアンが握手を求めてきた。


「すげえな、あんた。毒耐性ってやつか。固有スキルの一部かそのものか。もちろん他言はしねえ」

「そんなところだ。話は変わるが、エレベーターが使えるようになるか調べたい」


「こちらです」


 リアナが最初に気がつき、指し示す。彼女の示す先に目立つ四角いボタンが出現していた。壁に四角いボタンがあるわけだが、派手な原色赤色で目立つ。

 知ってたらすぐに発見できるな、あれ。話が逸れるけど、ザ・ワンの中は天井が光を放っていてどこにいても明るい。といっても直接天井を眺めても眩しいってほどじゃあないんだ。

 ともあれ、10階のボスは倒してなくとも19階から入りボスを倒すとエレベーターに続く道は出ることが分かった。

 やっと俺も外に出られるとホッと胸を撫で下ろしたところで、ある懸念が生まれる。

 もし俺が無事に帰還したらブルーノたちはどんな反応をするのだろうかって。

 転移の書はランダムな階層に飛ばすわけだから、2階に行く可能性もある。当時の俺でも2階からなら生還可能だ。ダンジョンの中だと誰も見ていないから、外では犯罪と言える行為を犯してもお咎めなしである。しかし、いくらなんでも殺意を持って転移の書を使い、対象である俺が無事に戻って来たとしたら……。

 大っぴらに喧伝するつもりは無いが、彼らからしたら俺の口をふさぎたい。短絡的な奴らのことだ。事あるごとに俺の命を狙ってくるだろう。


「彼らと出会えたのも天啓か」

「ありがとうございます」


 一人つぶやいた俺に向け深々と頭を下げるリアナに笑顔で応じる。


「一つ、頼みたいことがあるのだけど、できればでいい」

「私にできることなら」

「外に出て数日分の食事をリュックに詰めてここに戻ってくるとかできるかな?」

「構いませんが……それではお礼として」

「代金は先に払う。頼まれてくれないかな?」

「外に出てなるべく早く戻ってきます。お金は私たちで出します!」

「助かる」


 言ってみるもんだな。20階から出なきゃボスは再度出現しないはず。出たとしても即仕留めればいいだけだ。

 数日分の食事があれば、もっと深い階層まで行くことができる。ブルーノたちを圧倒する力を身につけ、帰還すれば奴らなど恐るるに足らず。

 と言ってもより深い階層を進むには危険がいっぱいだ。慎重に慎重に進まなきゃ。

 エレベーターで外に出て、買い出し後、エレベーターで20階に戻るだけの変な依頼だなと彼らが訝しむ気持ちは分かる。俺だって依頼されたらわけわかんねえ、となるわな。自分で行って戻ってくりゃいいだけの話だもの。

 しかし、彼らは何ら詮索せずボタンを押し、奥へ続く細い路地の奥へ消えて行った。

 確実に戻ってきてもらうために、誰か一人をここに残すなんてことはしない。そのまま帰って来ないなら来ないで彼らの人柄が分かるからね。戻って来ないなら彼らを注意する人物だと見るだけ。もっとも、戻って来ない可能性は極めて低いと見ているけどね。短い間だったけど、彼らの誠実さはひしひしと感じた。信頼に足る人たちだと思う。

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