第6話 一緒に行こう

 俺の問いに彼らは顔を見合わせ、がっかりした様子。


「そうです。私たちは今日初めてザ・ワンに入りました。探索用の装備を整えて」

「リアナ様」

 

 俺の疑問に応えたのは後ろで控えていた人間の方の少女だった。金色に黒い目をした少女はビスクドールのような整った顔立ちでどこか気品を感じさせる。

 見る者によっては冷たい印象を受けるかもしれない。

 彼女をいさめたのは髭の男だった。

 首を左右に振り「いいのです」と髭の男に伝えた少女は続きを語る。


「10階か20階のパスを早く得たかった私たちはA級探索者に飛ばしてもらったんです」

「あー、理解」

 

 俺を飛ばしたあいつに1階で出会ったんだな。引き受けるあいつもあいつだよ。俺と違って彼女らのことは「気に入らない」対象じゃないってのに。

 新米探索者のような装備の彼女らを二つ返事で飛ばす、なんてことはベテラン探索者の風上にもおけねえ。戻ったら俺の分も含めて一発かましてやる。


「今申し上げたことだけでお分かりになるのですか! ソロで19階まで来られる方はモノが違うのですね。感激です」

「転移してきたのに、19階にいることが分かるの?」

「はい、ディレクトの魔法で階層は分かります」

「すげえ、言霊魔法? 精霊魔法? どっちにしてもすげえ」

「言霊魔法です」


 彼女は魔力持ちなのか。見た目からして術師ぽい格好だったものなあ。ん、風かなにかでモンスターを倒していたのはもう一人の素手で耳の長い少女だった気が。

 もう一人も術師ぽい格好なので二人魔力持ちなんだろうな。術師二人とはなんと豪勢な。

 探索者の中でも魔力持ちは5人に1人くらいしかいない。

 内心感動していた俺に対し、リアナと呼ばれた言霊魔法を操る少女が両手を前に組み懇願してくる。


「不躾なお願いだとは承知しております。私たちと20階のフロアボスを倒していただけないでしょうか」

「20階のボスは確実に毒攻撃を受けるぞ」

「それなら、心配ない。儂が治療しよう」

「へ?」


 髭の男が治療する? 思わぬ言葉に変な声が出た。

 髭の男まで魔力持ちなの? それも、毒を治療できるとなれば貴重な聖魔法持ちだってえええ。

 なんというパーティなんだよ。とんでもねえぞ。

 俺が毒が心配だと彼らに言ったのは自分が行きたくないからとか危ないからじゃあない。さっき倒したばかりのヒュドラを俺が恐れる理由はないだろ。俺が一人で戦うにしてもヒュドラのポイズンミストで毒を喰らって下手したら死んでしまうからだった。

 おっと、ワザとらしく咳払いをして言葉を返す。

 

「俺は別に構わない。あの二人はそうじゃなさそうだぞ?」


 目線の先には長髪の男と薄緑の髪をした素手の少女である。彼らは突如俺に依頼をしたリアナに対し物申したい、といった顔をしていた。

 見ず知らずのソロ探索者を信用するなど、ってところだよな。

 俺が彼女らの立場だったとしたら、俺だって訝しむ側だ。まして、彼女らは飛ばされる依頼をしたことで痛い目にあったばかりだろ。

 彼女らからすれば深層のソロ冒険者とか怪しいにもほどがある。

 

「私たちには後がないのです。ここは私を信じていただけますか? い、いえ、決してあなたが信用できないと言っているわけでは」


 リアナの目線が二人と俺と慌ただしく移動していた。

 対する長髪の男の方が苦笑し、俺の方へ向きなおる。


「すまん、あんたを信じる信じないとかじゃなくてな。イアナ嬢があまりに……」


 と言ったところで口をつぐむ長髪の男。ポリポリと頭をかき、改めて口を開く。


「俺はギリアン。あんたさえよければ一緒に来てくれないか」

「クラウディオだ。20階のボスなら俺にとっても行ってみる価値はある。毒の治療ができるとなれば乗らない手はない」

「助かるぜ。こっちの髭の旦那がヘクトール。そんでこっちがカティナだ」

「ヘクトールじゃ。改めてよろしくの」

「カティナよ」


 お互いに自己紹介し、彼らと共に20階に向かうことになった。

 毒の治療うんぬんは彼らを安心させるための方便だけど、価値があると思ったのは本当だ。

 下から来た場合、エレベーターへ続く道は出なかった。改めて正規のルートである上から入るとエレベーターに続く道が出るかもってさ。

 出ないとなると彼らも出ないんだろうなあ。その場合、エレベーターを期待してボス討伐へ向かわせることになってしまう。

 まあ、彼らとてそれくらいのリスクは織り込み済みだろ。

 長髪の男ギリアンは同行すると決めたのだから、と割り切ったようであるが、カティナの方は仕方なくって感じだな。

 お、そうだ。

 

「これ、万が一の時は使ってくれ」


 パーティの要になりそうだ、と俺が独断で選んだ髭の男ヘクトールへ巻物を手渡す。

 巻物を見た彼はすぐにそいつが何か分かったようで、俺に巻物を突き返そうとしてきた。


「『転移の書』ではないか。危機に陥った時の切り札ではないのかの? 儂らが頂くわけにはいかん」

「保険さ。お互いの信用の証として。使わなかったら返してくれればいい」

「儂らが一方的に頼んでおる。いや、相分かった」

「預けるだけさ」


 気障ぽく言ったはいいのものの、恥ずかしかったぞ……。慣れないことはするもんじゃあないな。

 彼ら全員、転移の書がどういうアイテムなのか理解しているし、使ったこともあるだろ。

 彼らはザ・ワンに初挑戦なので、万が一があり20階で転移の書を使ったとしたら1階、19階になる。

 1階に出れば無事脱出。19階でも20階で死ぬよりはマシだ。

 とまあ、転移の書はピンチの時に使うとその場から確実に逃げることができる。これが転移の書の本来の使い方じゃないかなあ。

 決して、行ったことのない深層へお手軽に行くためのものじゃないと思う。

 彼らに渡したのは、俺が彼らを害そうとした時とか、ボスとの戦いでピンチになった時には遠慮なく転移してくれ、という意思を示すことで、俺は彼らを裏切ったりしないと伝えたかったのだ。

 ヘクトールが言うように頼んだのは彼らの方だから、俺からわざわざ信頼してもらうためにアイテムを渡すのはおかしい。

 それでも、パーティ内の不和の種を潰したいという俺の意思を彼が汲み取り転移の書を受け取った。


「ごめんね。わたしが」

「気にするでない。先ほど騙されたばかりじゃからな」


 小声でカティナがヘクトールに耳打ちしているのが聞こえてくる。

 うん、これなら大丈夫そうだな。

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