第10話 夕食

「台所借りるね」

「本当に作るのか? いまからデリバリーでも……」


 小学生の頃から料理をしている私。

 材料とやる気があればご飯なんてすぐに作れる。


「エプロンはある?」

「祖母ちゃんのでいいなら」


 割烹着が出てくるかもとワクワクしていたら普通のエプロンが出てきた。やる気が少し減った。


「料理好きなの?」

「読書の次の趣味、一石二鳥だし」

「食わなきゃ生きていけないもんな。俺は米の準備をするよ」


 顕仁はよく米を炊いて、主菜・副菜をお惣菜やテイクアウトで揃えるらしい。炊飯器にも拘りがあるとか。


 顕仁は高校卒業後からこの家でお祖母さんと暮らしてきたらしい。

 いまは使っていないと説明された調理器具の数々はお祖母さんが料理好きだったことを物語っている。


 使いやすい台所、お祖母さんは小柄だったのかな。背の高い顕仁は腰を曲げないといけないから使いにくそう。


「台所、リフォームしないの? 洗面所は新しい感じがしたよ」

「風呂、トイレ、洗面所をリフォームしたから金欠。いま少しずつ貯めてる」


 お祖母さんがいなくなってもここに住み続けるらしい。


「お祖母さんのこと、好きだったんだね」

「まあね。祖母ちゃんとの生活は適度に放っておかれるから好きだった」


「どういうこと?」

「俺、五人兄弟の年の離れた末っ子。家族全員すごく可愛がってくれるんだけど、十五歳になっても五歳と同じ熱量でさ」


 物理的に距離取りたかったってわけか。

 なんか分かるなあ、それって好きとか嫌いとかじゃないんだよね。


「一人暮らしも考えたけれど、祖母ちゃんいい歳で心配だったし。実家も駅二つ分でそれなりに近いから」

「適度に一人ってことか」


 私も自分の部屋から実家まで駅三つ分、気が向いたときに帰れる距離にある。


「距離感って難しいよな」

「家族でも理解しにくいよね」


 相手との距離感は性格の影響もあって人それぞれだし、互いの関係性によって変化する。


 子どもの全てを把握しておきたいという母親もいれば、子どもを放任している母親もいる。

 どっちの母親が良いとか、優れているとかはない。母親と子どもが互いにいいならいい距離感。


 あのスマホ画面からは加害者の篠原さんが顕仁の全てを把握したくてメッセージを送り続けているように見えた。

 それを好む人もいれば嫌う人もいる。


 私を把握しようとされるのは嫌。篠原さんよりいまのところ距離をとっているストーカーたちのほうがマシだと思う。


「うん。ストーカーは構わないでいいし」

「何の結論か分からないけど、ストーカーは警察に相談一択だから」


「警察は実害と証拠がないと動かない」

「実害って難しいよな。俺にとってはあの死んでやるも実害なんだけど警察は動けない」


「放置できずに反応すると自分のことがやっぱり好きだってなるんだよね」

「本人は駆け引きのつもりらしいけれど、俺にはあれは脅迫だ」


 脳内お花畑のお姫様か、ご苦労様でした。

 ……過去形でいいのかな?


「篠原さんとは別れたの?」


 現在進行形なら二股。

 この場合私のほうが後だし、知った上でだから浮気幇助で共犯になってしまう。


「別れた。接近禁止命令も出してもらった。彼女は派遣だったから契約打ち切り」


 頭の中に大量のメッセージが浮かぶ。


「派遣ならなおさら真面目に仕事しようよ」

「本当だよ」


 顕仁のは溜め息が重い。

 六十歳になるお義父さんみたい、あ、お義父さんは今年還暦だ。


「もともと勤務態度も悪かったからあのメッセージ画面を見せて派遣会社に苦情を入れていたんだ。会社同士の今までの付き合いで見逃されていただけ」


 あの大量のメッセージには警察もドン引きし、顕仁は同情されたらしい。

 痴情のもつれ慣れした警察をドン引きさせるとは。


「それより、めちゃくちゃいい匂い。生姜焼き?」

「疲労回復、ニンニクを大量に入れた」

「米が進みそう」

「たんとお食べ」


 映えなど一瞬、料理は味が大事。

 短い時間で作れて、誰かに食べさせるとなれば生姜焼きが一番


「エコバッグの中、豆腐とって」

「手慣れてんな。その味噌汁、乾燥ワカメ入れていい?」


 そういう顕仁も手慣れてる。


 失敗したかな。

 顕仁との生活が絵にかけてしまう。


 他の人みたいに料理が趣味だって言ったら「作って」と言ってよ。おさんどんにする気だと幻滅できるから。


 一緒に作るかなんて、当たり前みたいに言わないでよ。


 ***


「風呂溜まったから、先に入って」

「やっと病院の消毒薬の臭いが消える」

「ニンニク臭がすごいけどな」


 そう言いながら顕仁は財布をポケットに入れている。


「なにか買い忘れ?」

「ん……まあ、そんなとこ」


 顕仁の気遣いだ。

 お義父さんも家族だけど異性だからといって、私がお風呂に入るときは気を使って書斎にこもったり、顕仁みたいにどこかに出かけてくれる。


「ありがとう。1時間くらいで出るから」

「鍵閉めて出るけど、戻ったらインターホン押す。カメラで確認して俺なら出て。知らない奴なら無視していいから」


「宅配の人は?」

「玄関先に置いておいてもらって」


「隣で火事が起きたら?」

「俺のパソコンとゲーム機を持って逃げてくれると嬉しい」


 あまり会話は好きではないのに、こんな馬鹿なやり取りをしちゃうのはなんでだろう。


 期間限定の3ヶ月、1日目でこの状態だ。

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