第9話 隠家 ※顕仁

 ーーー私ともう一度付き合わない?


「は?」


 告白された。

 いや、告白というより提案?


 反応は返すべきだが何と言っていいか分からず素っ頓狂な声が出た。


「3ヶ月でいいから」

「なんで期間限定?」

「結婚するかもしれないから」

「は?」


 わけが分からない。

 結婚するのに付き合えって、浮気か?

 美玖、いや、花森が?


「遊び納め?」

「まさか、けじめよ」


 けじめ?

 何の?

 だめだ、全然頭が働かない。


 ただ一つ分かった。

 ここで頷かなければまた花森に会うことはできなくなる。


 それなら俺の選択はこれしかない。


「分かった、付き合おう。それじゃあ呼び名を美玖に戻してもいいか?」

「それじゃあ私も顕仁で」


 ***


「それでは後はよろしくお願いします」


 警察官二人の視線が突き刺さる。

 加害者の彼氏が被害者の彼氏になって面倒を看るなんて珍しすぎるのだろう。


「解放されたー」


 病院を出た美玖が解放感を満喫するように体をグッと伸ばす。

 よほど窮屈だったらしい。


「コンビニに行く?」


 いまは午後四時。

 夕食には少し早い時間だが、美玖も俺も昼を抜いているので空腹だ。


「腹減った?」

「空いているけれど、謝罪にいかないの?」


 ……ああ。


「菓子折りを用意して、アポ取って謝罪にいく予定」


 冷静になった今はコンビニに対して申し訳なさしかない。

 あの醜態をさらしたコンビニが職場や家の近くでなくてよかった。


「美玖の会社はあのコンビニの近くなのか?」

「近くないよ、出先だったの」


 それで会うって運がいいのか?

 よりにもよっての場面を見られるのだから運が悪いのか?


「どうしてあんなところで別れ話をしたの?」

「限界だったんだ」


 どれだけ限界だったかは見てもらえば分かる。

 ロックを解除した画面を美玖に向ければ、覗き込んだ美玖の顔が直ぐに青くなる。

 たった一人からのメッセージで未読通知が百を超えているのだから。中を見ていいかと聞かれたので頷く。


「怖いっ」

「本当だよ。朝から夜の10時までメッセージが届き続けるんだぞ」


 朝の挨拶から始まってメッセージはおおよそ5分間隔で届いた。

 朝食の内容、テレビの占いの結果、どの電車の何両目に乗るかなど事細かいがどうでもいいこと。


「何で夜の10時以降はないの?」

「寝ないと次の日の仕事に響くと言われた」

「中途半端に常識的。しかもこれ、仕事している時間じゃない。仕事しようよ」

「本当だよ」


 大量のメッセージに辟易して開くことすらしなけらば返事がないことを攻められ、さらに放っておくと【私のことがキライになった?】に発展する。

 そして最終兵器が【無視するなら死んでやる】。


「これが有名なヤンデレ」


 美玖の言う通りヤンデレの見本市のようなメッセージが並んでいるのだ。


「顕仁は別れようって送っているのに」

「口でも言っているのに聞く耳をもたない」

「なんでそんな異星人を彼女にしたの?」

「本当だよな」


 ***


「よくこの家に人を呼ぼうなんて思ったわね」

「……寝に帰ってくるだけだから」


 美玖から目を逸らしていたが、呆れた声から美玖がどんな顔をしているかは分かる。


 いつも週末に掃除している。

 だから散らかっているけれど汚部屋ではない。


「お祖母ちゃんの家だっけ?」

「そう。祖母ちゃん離婚したあとずっとここに住んでいて、少し前に亡くなった」


 祖父ちゃんは婚約者がいたが祖母ちゃんに一目惚れし、周囲の反対を押し切って結婚した。

 当時は世紀の大恋愛と騒がれたそうだが二人の結婚は三年で終わり、祖父ちゃんは元婚約者でいまの奥さんと浮気して祖母ちゃんと離婚した。


 祖父ちゃんの有責で慰謝料を上乗せさせた祖母ちゃんはこの家に戻り、最期まで独り身だった。


 祖母ちゃんの葬式で祖父ちゃんは自分のせいで祖母ちゃんが最期まで独りだったと、すまないことをしたと泣いていたが、俺の知る限り祖母ちゃんは祖父ちゃんへの未練なんて欠片もなかった。


 祖父ちゃんに対して淡々として悪く言うこともない祖母ちゃんに聞いたことがあるが、祖父ちゃんを悪くいう時間もエネルギーも勿体ないと言っていた。


「まったく、どいつもこいつも浮気して」


 祖母ちゃんたちの離婚の経緯を説明したら美玖が毒づいた。俺の浮気現場がフィードバッグしていたに違いない。


 あのときのキスの理由を説明しようと思ったが止めた。

 祖父ちゃんへの未練などないと言っていた祖母ちゃんと美玖が重なったからだ。


「片付ける間、悪いけどベッドの上にいて」

「何でリビングにベッドがあるの?」

「電気代が馬鹿にならないから。古い家だから気密性が低い」

「結局ワンルームじゃない」


 楽しそうに笑って美玖は俺のベッドにあっさり上る。

 警戒心のなさに口の中が苦くなる。


 美玖に男として意識されていないということは、美玖が提案したこのお付き合いの意味を否応なしに理解させられた。


 終止符を打つ、そのための3ヶ月なんだ。

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