第8話 提案
「ごめん」
最後に聞いた言葉と再会して最初の言葉が同じとは笑える。
「うん」
警察沙汰にもなっているし、仕事のことで何人かに迷惑かけているから気にしないでとは言わない。
「彼女は……」
「説明はいらないよ、聞いたからといって何もできないし」
悪気はなかった、こんなつもりではなかった。
過去の浮気男たちの言い訳にもよく出てきたが、どんなつもりでも結果が全て。
迷惑をかけられたのだから加害者の彼女にはきっちり責任を取ってもらう。
それに寄り添うかどうかは七尾の自由、私には関係ない。
「全ては警察と弁護士に任せるから」
痴話喧嘩の後始末なんて警官も弁護士も慣れたものだろう。
「分かった……何をしているんだ?」
「帰る準備。異常はなさそうだから帰っていいって」
「迎えは?」
「いない。大丈夫、タクシーで帰るから」
「いや、家族……とか呼べよ」
しまった、家族は今いない。
お母さんはいま名古屋、お祖父ちゃんとお義父さんは揃って博多に出張中。
「どうした?」
「呼び出せる人がいないことに気づいた」
「流石に怪我した当日に一人はまずいんじゃないか?」
数少ない友だちは遠方か子育て中。
淡白な人付き合いが悔やまれる。
退院はしたい。
汗もかいたし、他人にあちこち触れられただろうからシャワーを浴びたい。
「今夜看る奴がいないなら、俺の家に来るか?」
「は?」
何、そのドラマっぽいセリフ。
「調べたらこの病院ってうちの近所だった。その怪我は俺の所為でもあるし、その怪我が原因で万が一なんて考えたくないし」
死ぬのは嫌だな、異世界転生の可能性があっても嫌だな。
しかし男の家に行くのは抵抗がある……行ったことないし。
「一人暮らし?」
「そうだけど客間がある」
客間があるということはキッチンを除く部屋が二つ以上あるってこと?
私もここから比較的近いけど家賃いくら?
「祖母さんの住んでた家に一人暮らし、いま流行りの昭和レトロ」
「縁側は?」
「ある。小さいけれど庭もある」
いやいや、家のことより男の一人暮らしに行って大丈夫?
終電逃したと言われて家に泊めた後輩の女の子と浮気した奴がいた。
いや、あれは女の子のほうが乗り気だったのか?
「据えなきゃ、食われない?」
「……据えられても食わない。そもそも頭を怪我した奴を襲わない」
死にたくないから今夜はお願いするかな。
正当防衛ライン内か分からないけれど痴漢撃退スプレーもあるし。
「第二の彼女が現れて、また修羅場に巻き込まれて、また怪我する可能性は?」
「それはない。友達含めて誰も俺の家を知らないから」
認識が甘い。
「油断大敵だよ」
「何が?」
「気づかぬ間に家が知られているかもしれないから気を付けて」
七尾のストーカーはほぼ女だろう。
痴漢撃退スプレー自体が過剰防衛になるかもしれない。
「大丈夫、力で勝てる」
「何に?」
「ストーカー」
顕仁が呆れた顔をする。
「ストーカーなんてレアだろ」
「そうでもない、私にも一号と二号がいる」
「は? なんだ、それ?」
「ストーカー。盗聴が好きな一号と、尾行が好きな二号」
「危ねえよ!」
「部屋では独り言も言わないし、いるって分かっているから自衛もしてる。いつもは正当防衛ライン内の痴漢撃退スプレーを持ってるし」
「いまは持ってないのか?」
「正当防衛ライン内か分からない痴漢撃退スプレーを持っている」
「危ねえよ!」
七尾は大きく溜め息を吐く。
「それなら尚更だ。俺の家に行くぞ」
「浮気相手だと思われてまた怪我したら困るって話だったんだけど」
「そもそも彼女はいない」
「ああ、別れたばかりだもんね」
彼女二号がいるかもしれないけどね。
過去の彼氏未満たちもそうだけど、どうして浮気なんてするのか。前と別れて身綺麗になってから付き合えば……ん?
頭に浮気男たちがズラッと並ぶ。
あちこちに目の前にいる七尾との類似点がある。
気づきたくなかった。
お母さんの言った通りだ。
あの予備校をやめるときお母さんは反対しなかったけれど、中途半端は後で苦労すると言われた。
お母さんの言葉が身に染みる。
殴り飛ばして制裁を下したことも、スマホを着信拒否したことも自己満足で縁を切っただけだった。
七尾……ううん、顕仁への気持ちに終止符が打てていない。
ガンガン、めり込むほどに終止符を打ち込まなければ!
昔の彼氏に似ているところをいいと思って告白を受け入れて、違うところに勝手に失望して友だちから先に進まない女。
最低、私こそ浮気女。
こんな状態でお見合いをしてはいけない。
きっとお見合い相手にも同じことをする。
浮気しながら結婚する奴なんて地獄に落ちるべきだ。
お見合いをやめる?
だめだ、意味がない。
今回の出会いがなくなるだけ。
この葛藤は続く、過去の恋に終止符を打ってきちんと膿んだ恋心を消すまで永遠に。
よし、終止符を打とう。
「ねえ、私ともう一度付き合わない?」
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