第5話 告白
七尾はいつも多くの男女に囲まれていた。
整った顔立ち、日本人離れした容姿、そしてどこかの大企業のお坊ちゃん。
何人も彼女がいる遊び好きの七尾の噂はどんどん入ってきたが、私は噂をあまり本気にしていなかった。
七尾のつまらなそうが印象的だったからだ。
出会いは私が七尾を知っただけの一方的なもの。
一人が好きな私と大勢に囲まれる七尾ではクラスが同じ以外の接点はない。席は決まっていないので七尾たちは教室の後ろに陣取り、私は背が低いのもあって一番前の席に座っていた。
たまに大きな声が上がったときに反射的にそっちを見るくらいだった。
別にこの時点で好きではない、動物園で動物の大きな鳴き声がすれば見たかった動物でなくても反射的に見ちゃうのと同じ。
家にいたくないから毎日予備校やこの近くの図書館に通った。
お義父さんを避けていることにお母さんたちは気づいているようだったけれど、私が戸惑いを受け入れるのを待つことを選んで何も言わないでくれた。
私はその日の分の勉強が終わると本を読んでいた。
お母さんは読書が好きで、私もそれに倣うように本を読み始めて読書好きになった。テレビはあったけれどあまり点けず、同じ空間のそれぞれ好きな場所で本を読んでいることが多かった。
お義父さんも読書が好きだったから、読書好きと家に客は基本的に来ないという理由でお義父さんは客間に本棚をずらりと並べて図書室のようにした。
この部屋があったから読む本には困らなかったし、図書館では高価で重量物だから家に置いていない図鑑や写真集を見ることが多かった。
***
「同じ予備校の子だよね?」
その日、いつもと同じように図書館にいた私に七尾が声をかけてきた。
あのときは偶然だと思っていたけれど、後にこの出会いは七尾たちの賭けが生んだ出会いと分かった。
七尾たちの賭けの内容はゲスなもの。
同じ予備校に通う女子の出席番号が書かれたクジを奴らが引き、その女子とどこまでいったかで点数を競う。キスなら何点、その先なら何点という感じ。本当に下種い、ゲスゲスゲス。
その賭けで七尾が引いたのが私の番号、ゲスゲスゲス。
「初めて見かけたときから可愛いと思っていたんだ。彼氏がいないなら、俺と付き合ってよ」
この告白は断ったけれど、別にゲスな賭けに気づいていたわけでもない。
口元だけの笑顔で七尾が本気ではないことが分かった。
あとこのときまで七尾に何人も彼女がいることを信じていなかったが、この軽い口調に噂は事実かもしれないと思った。このときにも「顕仁の彼女」と言う女子が私の知るだけでも三人いた。
七尾にとって女の子との付き合いは暇潰しだったのだと思う。
よく本では「愛されなくてもいい」と言って献身をアピールする者がいるが、実際は無理ではないかと。だって想ったら想った分だけ「想いを返してほしい」、「報われたい」と思うのが自然だと思う。
七尾は彼女たちの期待に応えられなかったのだろう。
ぶら下がる様に七尾にくっついていた女の子が「顕仁の彼女」と周囲をけん制したあと、数日から数週間で七尾の周りからいなくなる。
これについては私も人のことを言えない。
告白されて「お友だちから」と言っている時点で告白してくれた相手の期待をごっそりとそぎ落としていたはずだ。彼氏未満に浮気されるのは私の男を見る目を含めて私にある、浮気は相手が悪いけど。
「残念」
告白を断られた七尾は大して残念そうではなかった。
七尾のほうも賭けに勝とうとはしていなかったのかもしれない。
でも断った理由は聞かれた。
それを覚えているのは嘘くさい笑みを浮かべる目に灯った好奇心が本物のように感じたから。
あれに私が何と答えたかは覚えていない。
確か驚いた顔をしていたから「馬鹿にすんな」くらいは言ったかも。
ボケナスとかクソッタレとかは言っていないはず……多分。
私の見た目に中身は合っていないが、世の中にはギャップ萌えという言葉がある。
しかし萌えには最低限の好意が必要。
つまり過去に告白してきて、「こんな女とは思わなかったから」と浮気した男たちにはこの最低限の好意がなかったのかもしれない。
浮気されたことに怒りはしても悲しくも残念でも私にも好意はなかった。
それなのに相手に求めるとは自分でも図々しいと思う。
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