第4話 過去

 私は母子家庭で育った。

 

 お母さんは弁護士で堅実な人だから生活費には困らなかった。

 でも私は望まぬ妊娠だったのだろう。愛情はあったし邪険にされたわけではないけれど、お母さんはよく一人でいたがった。


 そういうお母さんに育てられたから母とはそういうものと思っていたが、客観的に見れば不安心な育児に見えたらしく先生に何度も「大丈夫?」と聞かれてしまった。

 要らぬ心配は面倒だど、あれは子どもの虐待予防に必要なことだから文句は言わない。


 お母さんに似て成長するとお母さんとの不仲、悪い見方をすればネグレクトを疑われることはなくなったが、別の心配が生まれたらしくよく一人でいることを心配された。


 自分を語ることが好きではないから誰かと話すことがあまり好きではなく、それより本を読んでいたいというだけだったのだが。


 私は女二人の静かな生活に満足していたが、中2のときにお母さんから最近の気配を感じた。


 お母さんがいまのお義父さんと再婚したのは中学の卒業式直後。

 義父ができたことを必要以上に周りから詮索されないように気遣ってのタイミングだったのだろう。


 お母さんたちは私をきっかけに出会った。


 私の生物学上の父親は桜田グループの現CEO桜田辰治の末息子。

 お母さんたちは周りに結婚を反対されて駆け落ちし、私が生まれたわけではない。


 私は父親に認知されなかったし、物心がついたときにはお母さんと二人暮らし。

 幼い頃は父親の不在理由をお母さんに聞いたかもしれないけれど成長すれば父親はお母さんにとって話したくない男だと気づき、戸籍を見て父親に認知されていないことを知って無責任なロクデナシだと理解した。


 四角四面で真面目なお母さんがあんな男とどこで出会ったのか。

 どうして私を作るまで仲を深めたのか……父親はお母さんのヒモだったのかも。真面目な優等生がワルに惹かれるのはテンプレな展開だし。


 とにかくお母さんがメソメソ泣いて男を想う悲観的なヒロイン気質ではなく、愛されなかった怒りを娘に当たる悪役気質でもなかったことに深く感謝。


 父親はすでに亡くなっている、交通事故だったらしい。

 父親は死の間際にお祖父ちゃんに私の存在を告白、行動派のお祖父ちゃんは顧問弁護士に私のところに行って死後認知をするように依頼し、その顧問弁護士は部下のお義父さんにその仕事を押しつけた。仕方ないよね、嫌な役目だもん。


 死後認知の書類を私に見せたお義父さんは嫌そうじゃなかったけれどね。

 それどころか熱い視線をお母さんに送っていた。


 後に知ったけれど一目惚れをし、合理的に死後認知を私の得と判断したお母さんに本気で惚れたらしい。

 学校があったからこの最初の出会いにあとから合流したのだけれど、ソワソワする空気に居た堪れなかった。「この年で恋するなんて」と照れ臭そうにはにかむイケオジのお義父さんは可愛かったけれど。


 お義父さんから二割ほど美化された報告を受けたお祖父ちゃんは持ち前の行動力でこの三日後に我が家を突撃。父親の件の詫びを淡々と受け入れるお母さんに「こんな娘が欲しかった」とよく聞く台詞で惚れ込んだ。


 私は戸籍上は桜田家の一員だが、進んで公にしていないこともあって祖父ができた程度の感覚。再婚したときのほうが苗字が変わって、引っ越しもしてビッグイベントだった。


 母親の再婚による環境の変化を甘く見ていた。

 お祖父ちゃんとお義父さんが私に構ってくるのだが、あまり干渉してこないし同性のお母さんとの生活しか知らない私は、事あるごとに構ってくる二人との生活の仕方が分からなかった。


 言葉を飾ればこんなものだが、簡単に言うとウザかった。

 思春期真っ只中の十代だったから許してほしい。


 許容量を超えた干渉を往なす技術もなく、嫌いと突っぱねる度胸もない。

 結局は私は家にいずらくて、父親の二の舞にはなりたくないし好きでもないから遊び歩かずに自宅や学校とは違う地区の予備校に通うことにした。


 私はその予備校で七尾に会った。

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