第3話 病院

 見覚えのない天井。

 これは、もしかして?


「花森」


 視界一杯に広がった男の顔は、日本人離れした美形だけど知っている。

 顕仁似の異世界人を期待したけれど、服装はさっき見たスーツ姿。


 残念、異世界転生ならず。

 別に死にたかったわけではないしこの世界にもそれなりに満足しているから残念でもないか。


 駄目だ、頭が混乱している。


「ここは?」

「病院。痛みは?」

「あなた、医者になったの?」

「なっていないけど?」

「それならお医者さんを呼んで」


 顕仁は納得して直ぐにナースコールを押してくれた。

 いや、この男のせいだから「くれた」はないな、感謝は不要。


 ***


「花森さん、目が覚めたんですね」


 待っている間、暇を潰すために数を数えていた。

 289のところで若くて可愛らしい看護師さんがやってきた。


 顕仁をチラチラ見ているなあ。

 これは誰がここにくるか争っていた可能性があるな、療養は家でしよう。


「気分はどうですか? 気持ち悪くありませんか?」

「気持ち悪くありません。寝呆けているような感じがします」


 看護師さんは戸惑った表情を見せる。

 そうなんだよね、私って昔から口を開くと「なんか感じが違うね」と言われる。


 勝手に妙な期待を持たれても困るのに。


「ここに来るまでの状況を説明してもらいたいのですが」

「あ……それなら警察官をお呼びします。いいですか?」


 頷くと看護婦さんは名残惜し気に顕仁を見て部屋を出ていく。

 顕仁はいつの間にか入口近くの壁に寄り掛かっていた、背が高くて顔がいいから絵になる。


 ***


「……と言います」


 しまった、警察手帳をドラマみたいに開いたところで興奮して自己紹介を聞いていなかった。名札していないかな。


「加害者の女性は花森さんに暴行したということで署にいます。えっと……」

「タザワさん、あちらに」


 若い女性の警察官が顕仁を指し示した。

 おじちゃんのほうの警官はタザワさんというのか。


「何か?」

「加害者の女性が彼氏、つまり七尾さんを呼んでほしいと……花森さん、この七尾さんが加害者の女性と揉めていたので間違いありませんね」


「はい」

「そしてあなたも七尾さんとお付き合いをされていたと」

「は?」


 なぜそうなる?

 加害者の彼女がそう言っているのかな、それを警察が鵜呑みにしたと……顕仁も驚いた顔をしているから初耳なのね。


「お付き合いしていましたが十年前の話です」

「それでは居合わせたのは偶然ですか?」

「はい。加害者の女性に突き飛ばされる直前に彼が誰だか分かったくらいです」


 そんなことあり得るのか、という目で見られる。

 私も彼らの立場なら同じように思うだろうから責めやしない。


「計画的ではないと?」

「なんのために?」

「いや、それならそれをこれから確認します」


 朝から雨でイライラしていていた。

 午前の段階で残業決定でイライラしていた。

 そしてコンビニで面倒に巻き込まれて、しかも三角関係を疑われてこの事故が自演だとでも?


 一度昼に切れかけた堪忍袋の緒が完全に切れた。


「お言葉ですがお二人は十年以上前に付き合った人を覚えていますか? ちなみにお付き合いしたのはたった三カ月。最後は彼の浮気で、平手打ちして終わりました。そんな元カレと会いたいとでも? 会いたいどころか、記憶から抹消してもいいではありませんか」


 ほーら、黙った。

 誰も得しない暴露話だけど黙らせたことを勝ち誇りたい。

 そして穴があったら入りたい。


 幸いにして警察官たちの視線は顕仁に向かった。


 そういえばもう彼氏じゃないから七尾というべきか。七尾も「花森」と呼んでいるし。


 七尾、気まずそうな顔をしているなあ。

 ざまあみろ。


「彼女のいうことは本当です。別れたあとは連絡も取っていません」


 連絡先はスマホに残っているけれど、着信拒否・受信拒否したままで忘れてた。

 別にもう関係ないけれど。


「気づかれないのも仕方がないかと。あの頃の私はパーマをかけていなかったので髪がくるくるしていましたから。髪で印象は変わりますからね、その頃の写真を見せましょうか?」


 違和感はそれか。

 好きだったのにな、あのくるくる。


 チョココロネが食べたくなった。


「分かりました。余計な詮索をして不快な思いをさせてすみませんでした」

「いいえ」


 私からすれば余計なことだけれど、彼らの仕事には必要な確認なのだろう。

 気まずさはあるけれど、かなりあるけれど、彼らを責めるつもりはない。


「花森さんは被害者として加害者を訴えられます」

「大ごとにしたないので示談にしたいです。弁護士を介して賠償金を払っていただければ結構です」

 

 連絡先として名刺を渡そうとして鞄がどこにあるか分からないことに気づいた。

 財布、家の鍵、そしてスマホ!


「これ」


 鞄が目の前に出てきた、ミラクル!

 え、何で顕仁……じゃない、七尾が持っているの?


「救急車に乗ったときから、ずっと預かってた。落ちていたスマホも鞄の外ポケットに挟んである」

「……ありがとう」


 感謝はするけれど家族でもない他人に鞄を預けるって、セキュリティは大丈夫?


「あの、もう少し七尾さんにお聞きしたいことがあるのですが」


 あっちはまだ聴取が続くのか。

 喧嘩の原因だから無関係とは言えないもんね。


 警察官二人の後をついていく後ろ姿を見ていたら眠気がきた。



 見覚えのある天井。

 異世界ではない。


「目が覚めた?」

「仕事は?」

「流石に休みをとった。目を覚ましたら医者を呼ぶように言われているから」

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