第2話 事故

「俺と別れて欲しい」


 ……は?


 ビジネス街のコンビニに発生する昼の行列に並んでいたら、突然前にいた男にそんなことを言われた。


 誰、こいつ?

 一方的に付き合っていると思い込んでいるヤバイ奴?


 ストーカー?


 いや、よく見ると目が私に向いていない。

 背が高くて顔が分からないってことは私を見ていない。 


 脳が動き始めたところで背後から歯が軋む音がした。


「最低! やっぱりトモミと寝たのね?」


 ええ?


 首だけ回して後ろを見れば知らない女。

 金切り声を上げる女とも目は合わない。


 この二人は私を挟んだ状態で、私越しに別れ話をし始めたのか。

 背が低いにしても子どもじゃない、この二人は私を挟んでいると分かっていて別れ話……痴話喧嘩をしている。


 迷惑!

 特に別れ話を切り出した男!


「おい、こんなところで騒ぐな」


 彼女の非常識を咎めているつもりだろうけれど、彼氏も十分非常識!


 しかし彼女すごいな、ずっと喚いてる。

 店内にいる人の視線を集めて、店員さんも仕事を忘れているから列が進まない。


 彼氏と彼女の会話も進まない。

 彼氏は喚く彼女の息継ぎの間を狙って「別れよう」というだけ。


 その間にも彼氏と彼女の別れ話は進む。

 別れ話と言っても、彼女が10個喚いたら彼氏が1個淡々と返す感じだけど。


 しかしこの彼氏、かなり背が高い。

 身長差と急角度で顔が分からないけれど、彼女が二股を責めても別れに応じないということは顔がいいか稼ぎがいいか。


 しかし彼女の言っていることが真実なら二股していたんだよね。

 堂々としているな、歴代の彼氏未満みたいに問い質されてオタオタしていない。


 いや、過去に堂々としている奴がいた。


 付き合って3ヶ月くらいで他の女の子とキスしているところを発見して別れた彼氏。


 説明しろと詰め寄る私に深くため息を吐いていたなあ、あの頃は若かった。

 浮気を責めるくらい若かった。


「ふう……いい加減にしろよ」


 溜め息吐きたいのは私、居合わせてしまった私たち!

 ビジネス街のコンビニ、昼時間、みんな忙しいのに。


 うっかりこの非常識カップルの知り合いだと思われては困るので、赤の他人アピールのためにスマホを弄り続ける。

 また昼の休憩時間が1分減った。


 限界!


「あの、いい加減して……って、ええ!?」


 耐えかねて抗議しようと後ろを見たとき、目に入ったのは鞄の底。


「嘘でしょ!?」


 陳列棚の間で鞄を振り回すなど正気!?

 しかも浮気した彼氏を殴りなさいよ!


「やめろ!」


 彼氏の手が私の頭の両側からシュッと飛び出て鞄を止めてくれた。

 危ない、鞄の底は私の鼻先30センチ。


「すみません」


 謝られたけれど「いいえ」と許すべき?

 でも下手に抗議してこれ以上昼の時間を拘束されるのは――。


「未、玖?」

「え?」


 お知り合い?

 あ、元カレだ……って、この状況ってまずくない!?


「あんたも顕仁あきひとの女なの?」

「「違う/違います」」


 ひー、ハモった!

 焼け石に水、違う、火に油だ、これ!


「私をバカにしてっ!」

「おい、やめろ!!」

 

 七尾顕仁あきひと

 同じ予備校に通っていて、告白されて一度は断ったけれど二度目に……とにかく浮気した奴!


 ガツンッ!!


「痛っ」


 反射的に痛いと言っちゃったけれど、脳が揺さぶられる感覚しかなくて痛みは分からない。

 痛みがないってヤバいんじゃなかったっけ……死ぬの?


「未玖!!」


 決めた!

 来世は浮気しない男と恋愛結婚してやる!

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