チャプター13:「鋼の乙女達、その快進から」

 場所は一帯の南側。丘の連なり続く地帯へ。

 歩兵分隊『フルメタルス』の少女達は、一斉に突撃行動を開始。

 横転大破した大型トラックの影を飛び出して、チームごと三手に分散。それぞれが稜線を目指し、丘の上り坂を飛ぶように駆けていた。


「――ッ」


 その内の、真ん中を担当する1チーム4人組。その先陣を担当する黒髪ショートの兵士が、丘の頭頂部に何かを見止める。

 それは、わずかに窪みを掘って場を設け、そこより突き出された黒い物体――銃身。


「丘の上、重機ッ!」


 瞬間、黒髪ショートの女兵士が発し上げ。それとほぼ同時にチームの4人は一斉に散開。それぞれは近くに見つけた地面の窪み等に、飛んで飛び込みその身を伏せる。

 直後。彼女達の頭上へ、激しい機銃掃射の銃火が飛び来て、掠め始めた。


「うっひゃぁッ!」

「怖ぇーーっ!」


 間一髪の所で掃射を逃れた女達は、一歩間違えば自分達を貫いていたかもしれない銃火火線を頭上に感じながらも。しかし、そんなどこかふざけた声を上げて見せる。


「手洗い歓迎だね……飾、やれる?」

「オーケー」


 黒髪ショートの少女は伏せた姿勢で先の様子を確認し、それから少し後ろで同様に這い身を隠す、仲間の女に尋ねる。

 それに答えた仲間の女は、当然と言うように返しながら。纏う07式特殊防御装甲の胸元に下げた手榴弾を掴み下げ、ピンを抜き投擲。

 手榴弾は宙で弧を描いて丘の頭頂部の向こうへと飛び込み落ち、炸裂した。

 爆炎が上がり一体の土が、そして重機の破片と思われるものが舞い上がる様子が見え。頭頂部からの銃火が止む。


「よっしゃっ!」

「沈黙!行こう!」


 それを見た女達は、それぞれ歓喜の声や確認の言葉を紡ぎ。そしてそれぞれの遮蔽地点を飛び出し、また隊伍を組んで飛ぶように頭頂部を目指して走り出した。



「あっちはうまくやったな!」


 三手に分散したチームの内、左手を担当する1チーム。勇深と蒼菜を含む4名もまた、隊形を組んで飛ぶように丘を駆け上っている。

 そしてその最中、真ん中のチームが敵銃火を沈黙させた様子を見止め、それを評する言葉を零した。


「一曹、左手に火点ッ!」


 しかしその時、勇深達のチームの女兵士の一名が、声を張り上げ寄こす。


「伏せろッ!」


 同時に勇深は殺気を感じ取り、そして指揮下の兵達に向けて発し上げ、直後には進路上目の前にあった浅い窪地に、突っ込み飛び込んだ。

 勇深に倣い、4名全員が窪地に飛び込み身を隠した瞬間。彼女等の頭上をまた、激しい機銃掃射が飛び来て襲い、掠めだした。


「っゥ!」


 間一髪の所でそれを回避し。しかし襲い来た忌々しいそれに、勇深は顔を顰める。

 丘の登頂部、先とは別の一に見えたのは。やはり突き出された黒い物体、機関銃の銃身のそれであった。


「あれをなんとか黙らせて……ひぁッ!?」


 そして対抗策を巡らせようとした彼女だったが。そんな彼女から一転、艶を含む可愛らしいまでの悲鳴が上がったのは、その瞬間であった。

 それは、それまでの勇ましい様子であった彼女のそれからはうって変わるもの。


「はい、ゴメンねー」


 その勇深の背に掛かる、どこか気の抜けた声。

 見れば蒼菜が。勇深のその07式特殊防御装甲に強調された肉感たっぷりのヒップを、遠慮なく己を支えるクッション代わりにして。己の装備であるカービン銃を構えていたのだ。


「ちょっ!」


 顔を赤らめ、少し狼狽える勇深。しかし蒼菜は構うことなく、カービン銃の照準に集中。

 そして、その引き金を引いた。

 甲高い発砲音が一つ響き。瞬間直後に見えたのは、丘の頭頂部に据えられた機関銃の向こう、そこに微かに見えた影のようなそれが、打ち倒され稜線の向こう消える様子であった。

 そしてそれをもって、頭頂部からの機銃掃射は収まりを見せる。

 そう、蒼菜はカービン銃のわずか一射一撃で、機関銃の射手と思しきそれを仕留めて見せたのだ。


「はい、お掃除かんりょーっ」


 それを見止め確認した蒼菜は。また気の抜けた、しかしどこか得意げな色で言葉を発した。


「まったく……再開、行くぞ!」


 一方。己の尻肉をクッション代わりとされた勇深は、顔を赤らめつつ不服そうに漏らしながらも。次には気を取り直し、そして指揮下のそれぞれに指示を発し。

 勇深達4名はまた、窪地を飛び出し頭頂部へ向けて、飛ぶように駆けだし始めた。

 優美なまでの跳躍のような走法で駆け、勇深達は間もなく頭頂部の目の前まで迫る。


「このまま突っ込むぞッ!」


 そこで勇深は仲間達に発する。それは頭頂部、稜線の向こうへそのまま突入し、敵の潜むであろうその向こうに強襲を仕掛けて制圧する算段を告げるもの。

 蒼菜達、仲間がそれをすぐさま理解した事はその気配だけで分かった。彼女達はそれほどの戦場を共にしてきたのだ。

 そして、ついに勇菜のチームは頭頂部へ到達。その飛び駆ける勢いをそのままに、稜線を飛び越えてその向こうへと突入急襲した。


「――っ!?」


 しかし、その直後。勇深達は意表を突かれ、目を剥く事となった。

 丘の向こうへと飛び出た瞬間に。勇深達は一瞬の内に視線を走らせて、その鍛え洗練され尽くした判断速度で、周辺の状況を掌握したのだが。


 その向こうには――誰も居なかった。


 それまでの苛烈な攻撃から、少なくとも複数名の敵が待ち受けているとの想定をしていた彼女達であったが。越えた丘の向こうには、人っ子一人居なかったのだ。


「ッ!?」


 想定外の状況に不意を突かれながらも。勇深達は稜線を越えた先で互いを守り合うように展開配置。警戒の姿勢を取る。


「誰も……いないっ!?」

「何で……!?」


 しかし取るべく行動を取りながらも、チームの女達から聞こえるは戸惑う声。


《フルメタルス・リーダーへ、こちらは敵を確認できずっ!》

《っ、こっちもよぉ》


 さらに勇深の耳に届くは、無線通信越しの声。それは凛音や他チームの兵からのもの。

 延びる稜線の向こうを見れば、勇深達のチームと同じように稜線を越えて展開した、他のチームの姿も見えた。さらに援護追従して来た装甲兵員輸送車の姿もある。

そして、居ると想定されていた敵の姿がどこにも無い事に、また同じように戸惑う様子が見て取れた。


「勇深」


 多分に疑問を浮かべる勇深に、蒼菜から声が掛かる。そして振り向いた勇深に向けて、蒼菜はその視線を流して一点を示す。


「っ!これは……?」


 視線で示された先にあったのは、少し掘り下げた地面に置かれた機関銃であった。

 それは、今先に蒼菜が狙い撃ち無力化したはずの敵の銃座。しかしそれを操る銃手の姿は無く、代わりに近くには被る主の居ない鉄帽だけが落ちている。

 そして何より勇深や蒼菜が気付き目を留めたのは、その機関銃の引き金周り。引き金には何かワイヤーの者が括られて延び、それは機関銃の側面に無理やり取り付けられた、モーターを有する小さな、お手製感満々の機械装置に繋がっていた。


「無人の……機関銃……?」


 詳細こそ未だ不確定だが、見た目や作りからその正体を漠然と掴み察した勇深。

 だが――その勇深を始めその場の全員が。

 掻き消える寸前までの微かな電子音のようなものを。そして、無機質な殺気を覚え気付いたのは瞬間だった。


「ッ――逃げろぉ!!」


 直後に、勇深が怒号の勢いで発し。同時かそれより早いかの反応で、その場の全員がその身を打ち出すように飛んだ。


 ――衝撃と爆音が発現、巻き起こり。

 その女兵士達の背を震わせたのは、わずか一瞬後であった。


「っ゛……!?」


 それに背を煽られながら、勇深達は飛び退いた先で転がる様に着地。そして背後を振り向き驚愕に目を剥く。

 巻き起こっていたのは、その場の地面をこそぎ巻き上げる程の爆発。それもその気配様子は一つではない。

 また稜線を沿って向こうを見れば、稜線を伝うようにその各所で、同様に爆発が巻き起こる様子が見える。

 その各所に展開していた他の各チームは、奇跡的に退避が間に合ったのだろう、爆発の影響外ギリギリへ飛び退き逃げた姿を見せていたが。しかし、


「シュガーウルフが……っ!」


 勇深のチーム員の内の一人の女兵士が、泣き叫ぶ勢いの声を漏らす。

 丘の頭頂部近くの一点では、フルメタルスに追従していた装甲兵員輸送車が、爆発炎上していた。


「瑠衣と彩がっ!」


 さらに別の女兵士が張り上げる。

 炎上大破する装甲兵員輸送車の上には、炎に巻かれ緩慢に動く何かが見えた。それこそ装甲兵員輸送車シュガーウルフを担当する乗員達。大切な仲間。

 その、焼かれ朽ちて行く姿であった。

 一番近場に居たチームから、それを助けに行くためであろう飛びさんとする動きの女兵士が見えるが。それを別の女兵士が抑え止めている。

 シュガーウルフ乗員の二人が、すでに助からない事は明らかであったからだ。


「……――っゥ!」


 待ち伏せ、そして爆薬の罠――

 一連の出来事をそう判断するのに、最早迷う事すら愚かであった。

 そしてその悪辣な行いに。怒り、激情に色を歯を食いしばり犬歯を見せて表す勇深。


「いた」


 その勇深の背後で、小さく冷たい声色が響く。

 見れば蒼菜が、そのいつもは気だるく眠そうな顔を一転した冷酷なそれに変貌させ。己の装備火器であるカービン銃を構えて一方向に向けている。

 そして次には。そのカービン銃に備わるアンダーバレルグレネードランチャーが、乾いた発砲音を上げた。

 蒼菜が見ていたのは、そしてグレネードが撃ち込まれたのは、丘を下り少し離れた一点にある木立茂み。

 直後にはその木立茂みにグレネードが飛び込み、爆炎に包まれる。

 そして――その同時か一瞬速いタイミングで。それに追い立てられ逃げ飛び出すように、木立茂みから一人分の人影が姿を現した。

 蒼菜、肉食狩猟動物のような感の鋭さが見つけたそれ。

 最早、その現れた者が元凶。大切な仲間を奪った、憎むべき存在である事は火を見るよりも明らか。


「麓に敵を確認……――全員、攻撃!決して逃がすなっ!!」


 勇深は冷徹に、しかし確たる声で命ずる声を発し上げる。

 そして、フルメタルスチームの全員の装備する火器が一斉にその憎き者に向けられ。

 無数の銃火が上がり鳴り響き始めた――

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