チャプター14:「最初は拳」
グレネードの炸裂爆発に見舞われた木立茂みから、紙一重のタイミングでそれを逃れて来た一人の人影。
その正体は、他ならぬ竹泉であった。
「――ッ、冗談だろッ!見つかったァッ!」
悪態を荒げ発しながら駆ける竹泉。
ここまでを明かし説明すれば。セイバーズを迎え討った無人の仕掛けを施した機関銃に、その先の爆薬の罠まで、全て竹泉が仕掛けたものであった。
まず適当に攻撃を仕掛けて敵の注意を引き、誘い込んだ所で待ち伏せしかけた爆薬により一網打尽を図る。
そんなプランだったのだが。
生憎とそれにより無力化できたのは装甲兵員輸送車の一輛のみ。散開展開していた歩兵戦力は、その誰もが獣の如き甲高さから飛び退き退避する姿を見せ、爆発を逃れて見せた。
おまけに内の一人がまた獣のような感でも持ち合わせているのか。丘の麓の木立茂みに身を潜めていた竹泉を見つけ出し、グレネードを撃ち込んで来たのだ。
それを紙一重の所で木立茂みを飛び出し、逃れて見せた竹泉。あと一瞬遅れていれば、炸裂に巻き込まれていただろう。
「ふっざけてやがるッ!」
悪態を張り上げながらも、竹泉は周囲に視線を走らせ状況を掌握。続け取るべく考えを走らせる。
グレネードの炸裂を逃れるために、竹泉は後先を考える間もなく飛び出す羽目になった。ただちに他の遮蔽箇所を見つけ、再び身を隠さなければならない。
右手に伸び走る丘の斜面を見れば、散らばった敵の兵士達が態勢を取り直し。それぞれの銃火器を、そして殺気を。一斉に竹泉へと向け集中させる姿を見せた。
「ッ!」
竹泉はその光景に顔を顰めつつ。進行方向の少し向こうの丘の麓に、遮蔽箇所に適当そうな岩場窪地を見つけ。ともかくそこを目指して駆ける速度を上げた。
その竹泉の背後で、周囲で。いくつもの銃火の着弾が始まったのは瞬間だ。
敵の兵士達が、竹泉を狙っての一斉攻撃を開始したのだ。
竹泉のここまでの後方進路から進行方向から、そのすべてを塞ぎあるいは追い立てるかのように。周囲で無数の銃火着弾が、地面を耕す勢いで上がる。
「――でぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ、ざっけんなッァ!!!」
その脅威に。瞬間的に浮かんだ感情を盛大に張り上げ発しつつ。必死の様相で駆ける竹泉。
しかしその最中でもチラと見れば、右手に走る丘からは散会展開した敵兵達が、追いかけ駆け下りて来ながら射撃行動を行う姿が見える。
そしてまた、竹泉の足元周りの地面が無数の着弾で削げ弾ける。
「ふざけマジふざけ畜生がぁッッ!」
一瞬でも違えば最期の究極の状況に、最早口に出るワードをただ思うままに発し上げ、我武者羅に全力疾走で地面をただただ蹴る竹泉。
――その彼の背後で、爆音爆炎が巻き上がったのはその瞬間であった。
「のォっ――あァあッ!!?」
対戦車火器の類か、いや最早何であるかは細事。
その上がった爆炎の爆風衝撃にブワッ追い立てられるように。駆けていた竹泉の身体は押し上げられ、同時に態勢を大きく崩し。
「――ぶぇッ!」
そして次には、吹っ飛ぶ勢いで地面に転がり叩きつけられた。
「っぁ……ぅおェ……ッ!」
身を打ったことに寄る少なからずの痛みが、竹泉を苛み悶える。
「……ッ!」
しかし、直後に竹泉は自分を囲う多数の気配に気づき、視線を上げた。
そして眼に移ったのは、自身を包囲して一様に銃口を向ける、女たちの姿であった。
すかさず追いかけ集結してきたのであろう女たち。
いずれもその眼は背筋の凍るほどの冷たいそれ。それが漏れなく竹泉へ向けられ刺している。
気の弱い人間であれば、背筋を凍らせ悲鳴を上げるレベルのそれだ。
「ふふ、オイタはここまで。オシオキの時間よぉ、子ネズミちゃぁん」
そして、代表するように竹泉の正面に立った一人の金髪の美女――凛音から、艶めかしい声色でそんな言葉が降ろされる。
口角こそ上がっているが、その眼は笑っていない。こちらを本当に屠るべきものと見ているそれだ。
(ッ)
それを前に、竹泉は一瞬だけ視線を外し、そして思考を巡らせる。
「……ヨォぉ、ちょいとソッチとコッチに行き違いがあったみてぇだ。互いに愉快じゃねぇ事になっちまったが、ここでワンクールタイムとしねぇかッ?」
そして次に竹泉が発したのは、そんな弁明して休戦を求める言葉だった。
腕を軽く上げて宥めるような動きで、そして引き攣った笑みで取り繕って、そんな訴えを宣う竹泉。
「「「……」」」
しかし。女たちから向けられるは、くだらぬ物を見下ろすような冷酷な視線。
そして、それぞれの装備する銃火器が構え直され、鳴り響く鉄の音。
こちらの言葉に耳を貸す気など一切無い。「お前はただ屠られるのだ」という宣告のような動きと音。
「ふふ――ダ・メ――」
そして、代表する凛音の。
艶めかしい口調での、しかしあまり冷たくかつサディスティックな色の含まれた、判決の一言が下され。
彼女のその手に握られ、竹泉へと向け降ろされていた拳銃の引き金が。無慈悲に引かれる――
――ドグギュァッ。
直後に響いたのは、銃声――ではない。
何か、肉、骨同士がえげつなく強烈に衝突したような音。
「――ぐゅ゛ぎぇェッ!?」
そして、酷く濁った。一聞きしただけでは声とも判別できぬ〝悲鳴〟。
その主は、凛音。
見ればなんとその凛音は、その体は。真横宙空へ吹っ飛んでいた。
美麗なその顔を、しかし頬をえげつなく凹ませて不細工に歪め、白目を剥き。おまけに歯がいくつが抜けて飛び散っていた。
「……え?」
「……は……なっ!?」
「!?」
そして一拍置いて、周りにいた女たちはその事実、事態に――〝襲撃〟に気づく。
同時に、女たちは作る包囲のその中心に、それまでは居なかった別のシルエットを見た。
凛音を退け、竹泉を庇う様にその場で堂々の仁王立ちで構え。
まさに今、凛音に一撃を打ち込んだ凶器たる拳を真横に突き出している、一人の存在のシルエット。
比類なき、只ならぬオーラを纏った――策頼の身姿がそこに在った――
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