チャプター12:「捩じ折り、蹴り散らかす」

 引っぺがした戦車砲塔を片手に、敵に向けて進行を開始した制刻。

 対して敵の歩兵分隊は、接近から散開。そして包囲からの攻撃を仕掛けて来た。

 予想通り、まずは対戦車攻撃が飛んできたが、しかし制刻は戦車砲塔を利用して、これを悠々と退けた。

 続け、一人の女兵士――昌が仕掛けて来た強襲攻撃。

 しかし制刻はその動き様子から、それが陽動である事を見抜いていた。

 それを適当にあしらっている所へ、案の定背後より別働の女兵士――煉が強襲。

 何か言葉を吐いて漏らすと共に、拳銃を向けて来たが、制刻はその引き金が引かれるよりも早く、自らの右腕を繰り出し。その豪腕をもって煉の両腕をもぎ取り千切って奪い、攻撃を退けて見せたのだ。


「ぁ――?」


 その間、1秒足らず。

 煉の身は未だ宙空を落下する途中であり、そして彼女はまだ何が起こったのかを理解できていないのだろう、その口から呆けた声を漏らす。


「――ビョごォッ!?」


 しかし直後。その煉の身を、叩き下ろすような衝撃が襲う。

 そしてそれは、まだ宙空にあった煉の身体を、重力に引かれるよりも早く。それ以上の衝撃を伴って、地面へと思いっきり叩きつけた。

 煉の口から漏れるは、妙な鈍い悲鳴。

 見れば、顔から沈んだ煉の横面には、足が――戦闘靴を履いた制刻の片脚が、踵が叩き込まれめり込んでいた。

 制刻は、188㎝のその巨体でどうしてそこまで俊敏で、そしてしなやかな動きを可能とするのか。煉と両腕をもぎ奪うとほぼ同時に、自らの片脚を跳ね上げ、そして煉の踵落しを叩き込んで、沈めて見せたのだ。


「――ェぁ……っ」


 制刻がそのまま跳ね上げるように踵を解放すると、煉の身体は消え切らなかったエネルギーでバウンド。彼女は白目を剥きながら、再び宙空へ浮かび上がる。

 その間に、制刻はその右手に束ね掴んでいた煉の物であった両腕を、邪魔と言わんように放して地面に落とし捨てる。

 そしてバウンドにより自身の胸の高さまで再び浮かんできた煉の、その頭部を。空いた右手を伸ばして、鷲掴みにして捕まえた――そして。



 ――ブヅリ、と。

 嫌な、肉の千切れる音が響く。



 見れば制刻は、その右腕を掻っ攫う様な動作で、少し曲げて翳している。

 そして制刻の手前には、勢いを失いまた落下しつつある、煉の身体。しかしその煉の身体には、何か大事なものが足りなかった。首から上、そこにあるべく物が無く、何か赤黒い切断面がそこに覗いている。

 煉の身体は、その頭部――〝生首〟を失っていた。

 当然だ。煉の頭は制刻の手の中に、まるでハンドボールのように掴まれていたのだから。その獣の獰猛さと麗しさを兼ね備えていた美人顔を、白目を剥いて舌を垂らした、凄惨な物に変え晒して。


「まず、一匹だ」


 首を奪われた煉の身体が、再び地面に落ち沈んだと同時に。

 その煉の身体を白けた様子で見降ろしつつ、制刻は端的に発した。


「――でだ」


 制刻はそれから。首から盛大に血を噴き出して、血溜まりを作り出しながら痙攣を始めた煉の身体には、一瞥くれただけで視線を外し。続く行動に移ろうと考える。

 ――そんな制刻の左右より、気配と人影が。そして同時に、貫き刺すような殺意が発現し襲ったのは、その瞬間だ。


「ッ――!」

「ッゥ――!」


 制刻の両端に現れたのは、二人の女兵士。

 歩兵分隊『セイバーズ』の所属であり、双子の姉妹でもある、夏佳と冬璃。髪型こそツインテールとロングでそれぞれ分け区別しているが、その整った顔立ちは瓜二つ。

 しかし今、その双子姉妹は。その瓜二つの顔立ちに、揃って悪鬼の如き様相を浮かべ。その鋭い視線で制刻を刺していた。

 双子姉妹は、昌と煉のサポートに回っており、不測の事態の際にはその補佐と、離脱援護のための二次攻撃の役割を担っていた。

しかし、その援護対象の片割れの煉は、今まさに衝撃的で凄惨な最期を迎えた。それを目の当たりにした双子姉妹は、驚愕し、そして感情に突き動かされ。仲間の命を奪った悪しき敵を討つべく、強襲を仕掛けたのだ。

 今まさに飛び込んできたばかりの両者。内の夏佳の両手には二丁の機関けん銃が、冬璃の手には小銃が持たれ構えられている。そしてそれぞれの銃口が睨み向くは、もちろん制刻。

 双子が成せる技か。寸分違わぬタイミングでの双方向からの同時強襲。これに同時に対処することは、まず不可能と考えられる。

 そして、双子それぞれの持つ火器より、発砲音が響き上がった。



 ――ガガン、と。



 火器からの発砲音が響きあがった僅差の直後。

 金属の衝突音が、流すように響きあがった。


「……ぇッ?」

「ッ……!?」


 そして、瞬間目の当たりにした事態出来事に、双子は同時に目を剥く。その視線の先には、変わらずの禍々しい仇敵――制刻の、健在な姿があったから。


「っとぉ」


 制刻は、何か気だるそうに声を零す。そしてその片手に掴まれ持たれた戦車砲塔は、少し持ち換えられていた。

 端的に言えば、双子姉妹の射撃攻撃行動は、失敗に終わった。

 制刻は、双子双方の火器が火を噴いた瞬間。その手の戦車砲塔を、その信じがたい豪腕で薙ぐように一流しして。双方向より襲い来た銃弾を、連続的に流すように弾き退けてみせたのだ。

 常人の身体能力、反射神経ではまずもって不可能なその手段行動。しかし、それを悠々と成して見せた制刻は、だが変わらぬ涼しい顔を浮かべていた。


「くッ――!」

「ッ――!」


 双子の初撃は、失敗に終わる。

 しかし姉妹は、すぐさま次なる行動へ転換しようと、その脚を踏み切ろうとした。

 が――


「――よぉ」


 双子姉妹の内の姉。夏佳の目の前に、制刻禍々しい姿があった。

 先までは、少しの猶予距離があったはず。しかし制刻はその巨体からは信じがたい瞬発力で、脚を踏み切りその身を撃つように飛ばし。一瞬の内に夏佳の目の前まで踏み込んで見せたのだ。

「ッ!?」

 迫った醜く禍々しい仇敵の姿。それを目の前に夏佳はその目を剥くが、しかしほぼ同時に両手に持つ機関けん銃を突き出し構え、目の前の存在を迎え討とうとした。


「――ゴュぇッ!?」


 ――しかし。彼女の両手の火器が、唸り声を上げる前に。

 何か鈍い衝突衝撃音が上がり。そして濁った悲鳴のような、何かが潰れるような音が上がり漏れた。

 見れば、制刻の手にあった戦車砲塔が、縦に持ち替えられて、その側面角が地面に叩きつけられるように落ちている。

 そしてその戦車砲塔と地面の間には――挟まれ潰された、夏佳の身体があった。

 夏佳はその胴から頭にかけてを、見事に戦車砲塔の側面角に押し潰されている。そしてその四肢を、四方へ揃って突き出し浮かせ、わずかに痙攣させていた。

 ほぼ即死であった。


「――ッ!?ぁ……お姉――!」


 一方、その姿様子を目の当たりにしたのは、双子の妹である冬璃。

 彼女は姉の凄惨な姿に目を剥き、思わず声を上げ。そして驚愕と激怒の感情に駆られ、その手に構えた小銃の引き金を、再び引こうとした。


「――ギュェッ!?」


 だが、それよりも前に。冬璃の口から、またえげつない悲鳴が上がった。

 見れば冬璃の身体、上体は、おもいっきり仰け反りもんどり打っている。そしてさらに注視すれば、その冬璃の頭部には何か黒い金属製の棒状の物が、叩きつけられている。

 それは、12.7㎜重機関銃だ。

 重量のある金属の塊であるそれが、冬璃の頭部に縦方向で命中。彼女の鼻面を潰し凹ませ、額をかち割って深く埋まるようにめり込んでいた。

 その重機関銃の飛び来た元をたどれば、そこに立つはもちろん制刻。

 重機関銃は、戦車砲塔上に据え搭載されていた物。制刻はそれをもぎ取って、自分を狙う冬璃に向けて投擲。彼女の発砲よりも早くそれを叩き込み、銃撃攻撃を阻んで見せたのだ。

 鼻から額にかけてをほぼ埋没させられた冬璃は、その口から舌を突き出し、両眼を剥き出し零し。仰け反った方向にそのまま引っ張られて地面に沈み、沈黙した。


「ハ。武器科の面子に知られたら、ブチ切れられるな」


 制刻は、挟撃を仕掛けて来た双子姉妹の無力化沈黙を視認すると。敵の物とは言え、隊員としてあまり褒められた物ではない銃火器の使用法を用いた事に、そんな皮肉気な言葉を零す。


「――ッ」


 しかしその直後。制刻は、別方より殺気を感じ取る。

 そして地面に落としていた戦車砲塔を、すかさず片手で持ち上げ、その被弾傾斜を利用するように、角度を取って突き出し構える。

 ――ガンッ、と。

 強力で不快な衝撃が、戦車砲塔を襲い叩いたのはその瞬間。そしてコンマ数秒遅れて、制刻の背後明後日の方向で、またも爆音と爆煙が上がった。

 襲い来たのは、対戦車攻撃。

 先にも一度あったそれの二射目が、再び制刻を狙い飛び来たのだ。


「ウゼェな」


 襲い来た敵からの二射目を、容易く退けて見せた制刻。

 しかし当人は、敵対戦車攻撃を。そしてその射手の存在を少し煩わしく思い、そんな一言を零す。


「――あれか」


 制刻は、対戦車攻撃が来た方向を辿り視線を向け。その先に、配置した敵の対戦車チームであろう、二人分の人影を見つけ発する。

 そしてそこから、その片手に掴み持っていた戦車砲塔を、軽々と器用に縦に持ち換えると。ドシン、と音を立てて。戦車砲塔を地面に突き刺すように立てて置き、手を離した。

 さらに制刻は、その置いた戦車砲塔の内側内部におもむろに手を突っ込み、その内からAPFSDS――戦車砲弾を掴み取り出す。

 そして、その片手手中で戦車砲弾をぐりんと回して持ち直すと。

 先程、敵車輛を仕留め葬った時を同じ要領で――その豪腕をもって砲弾を、撃ち出すように投げ放った――




「――そんな……煉達が……?」

「ッゥ……!」


 戦いの場より少し距離を取った地点に位置取る、二人の女。対戦車火器射手の結里と、情報サポート担当のニナ。二人はその顔を驚愕に染め、あるいは険しく顰めていた。

 先に見える醜く禍々しい存在。

それを仕留め討ち倒しに掛かっていった仲間達が、しかし退けられ屠られたと思しき事。そして、今しがた敢行した二射目の対戦車攻撃が、またも悠々と跳ね退けられた事が、その理由であった。

「ニナ。敵の行動予測は、現時点で可能ですか?」

 結里は焦りの険しい色を浮かべながら、しかし対戦車火器への再装填行動を始め。同時に隣のニナに向けて、尋ねる言葉を向ける。

「っ……待って。ここまでで得られた、ヤツのパターンからなんとか……――」

 それを受け。ニナは手元のタブレットに視線を落とし、求められた情報を伝え返そうとした。



 ――パヒュッ。



 視線を落としたニナが、そんな何か軽く叩き鳴るような音を聞いたのは。同時に、何かが側を通り過ぎたような気配を感じたのは、その瞬間であった。

 その気配に引かれ、再び顔を起こして視線を横に向けるニナ。


「……?」


 彼女が横を向いた瞬間。

 バタン、と。その横に居た人影が、音を立てて地面に倒れ伏した。

 07式特殊防御装甲に覆われ、しかしより一層引き立てられたグラマラスなその身体は、間違いなく結里の物。

 しかしどういうわけか彼女の身体は、持ち担いでいた対戦車火器を離して放り出し。四肢を放り出す無防備な姿勢で天を仰ぎ、おまけに何か不規則に細かく震え跳ねている。


「……へ?」


 ニナはその結里の身体を、視線で顔の方へと辿る。そして、その口からそんな呆けた声を漏らしてしまう。

 そこにある――いや、あるはずの物。結里の頭部、それが何かおかしく見える。

 顎より上にあるべき物。結里の鼻や目など、主要な構成部分が見つけられず、かわりに赤い色の液体と欠片がそこから広がり存在を主張している。

 ――結里の頭部は、ほぼど真ん中に大穴が開き、ほとんどがごっそりとなくなっていた。

 まるで三日月のように。

 頭が円形にほとんどを喪失し、両耳の付随する側頭部のみが、申し訳程度に微かに残っている。

 飛び来た物体――APFSDSが結里の頭部に直撃し、その勢いで彼女の頭部の大半を、奪い消し去ったのだ。


「……ぇ……」


 それを理解した一方のニナは。

 小さな呆けた言葉だけをまた発すると同時に。支える力を失ったかのように、地面にストンと身を、その尻を落として座り込む。

 手にしていたタブレットを落とし、呆けた顔で隣の惨劇を見つめるニナ。

 そしてそんな彼女の股間より、生暖かい液体が漏れだした。

 それは恐怖によるもの。

 その表れである彼女の体液は、07式特殊防御装甲の股間部を染み出し、地面へと広がり汚す。

 しかし、その当人であるニナは最早恥の感情も何もなく。ただその身から力と戦意を失い、茫然と座り込むのみであった。




「おぉし、命中はいった」


 投擲の姿勢から復帰する動きを見せながら。制刻はそんな一言を呟く。


「これでチットは、静かんなるか」


 三度行った戦車砲弾の投擲は、敵対戦車火器チームの片割れに見事命中したようで、遠目にも敵の姿が地面に伏す様子が確認できた。加えてもう片割れの敵が、おそらく戦意喪失したらしい姿も確認。

 それ等を視認した事から、敵対戦車チームの無力化の手ごたえを感じつつ、零す制刻。

 しかしその制刻は直後に、またも新たな自分への殺気に気付く。

 そして視線をまた側方へ動かせば――そこ、すぐそ側に。肉薄した敵、セイバーズ分隊長の昌の姿があった。


「ッァ――!」


 昌は、その褐色に彩られた端麗な顔に、しかし肉食獣の如き険しい表情を浮かべている。

 配下である分隊員の大半を無残に屠られ、散らされた事。それを為した仇敵に対しての、怒りと殺意が有り余らんばかりに込められた表情だ。

 そして、その手に握り構えられ突き出されるは、銃剣の着剣された小銃。

 明かせば銃剣技こそ、昌の最も得意とする戦闘術。

 昌は、憎き敵が攻撃直後に見せたわずかな隙を見逃さず。それを狙い、その身体能力を持っての突撃襲撃を敢行。一瞬の内に、その懐まで踏み入って見せた。

 その速さ、そして勢いはまるで闘牛の如く。憎き敵がその存在に気付いた時には、すでにその間合

いは50㎝以下。

 そしてその果敢で雄々しいまでの突進の果てに。仇敵はその脇腹を、銃剣に貫かれ切り裂かれる――

 かに見えた。しかし。


「――ッ!?」


 唐突に。

 昌の目の前から仇敵の巨体は消え。闘牛の角の如き突進を体現した銃剣は、しかし虚しく空を切った。

 唐突な仇敵の消失に、昌はその目を剥く。


「――っとぉ」


 その仇敵。制刻の姿身体は、昌の身体の側方に移動していた。

 見れば制刻の身体は、片脚を軸にその身を捻り引いた直後のようだ。


「ほれ」

「ごゥ――っ!?」


 そして瞬間。淡々とした一声と、濁った悲鳴が同時に上がる。

 再び見れば、制刻の片手に作られた手刀が。目標を失い身の隙を晒した、昌の後ろ首に落ちていた。鈍い衝撃の後に、昌はその手刀の勢いで、そのまま地面に叩きつけられ沈む。


「か――ぅぁ……ぁ……!?」


 そして昌の身を襲うは、全身の感覚の喪失、麻痺。彼女は全身を意思に反して震わせ、口から言葉にならない声が漏れる。

 落とされた手刀の衝撃は、彼女の主要な神経感覚を完全麻痺させて、その身の動きを奪ってみせたのだ。

 昌の突進を察知してから、回避して彼女を無力化沈めるまで。その間、3秒以下。

 言葉にして並べるのは簡単だが、実際問題、ただでさえ巨体である制刻の身体で、どうしてそこまでの常人は離れした動きが可能なのか。


「これは、頭クラスっぽいな。一応、取っとくか」


 しかし、ここまでそんな超常的な動きを立て続けに見せた当人は。変わらずの淡々とした様子で、悶える昌の姿を見下ろしながら、そんな言葉を零している。

 それは、昌が指揮官クラスの人間である事を推察し、その身を捕縛確保しておく考えを言葉にした物。


「ぅく……ぁッ……!?」


 そして制刻は、そんな悶える昌の身体を、首根っこを掴んで摘まみ上げ。片手間といったように、自身の手先に釣る下げた。




「ぁ……ぅぁ……」


 先の対戦車チームの位置した地点。

 無残な姿を晒す、結里の死体の隣で。ニナは己の体液で汚れた股間まわりの感覚を漠然と感じながら、しかし変わらず茫然と、言葉にならない声を零している。

 しかし直後――ヌッ、と。そんな彼女に何か影が差した。


「?……――ひっ!?」


 最初はその正体が分からず、茫然としたまた首を向けて上げたニナ。だが次の瞬間、彼女は己が目が見たものに悲鳴を上げた。

 そこに在るは、巨大で、信じられぬ程に醜く禍々しく歪な存在。先程まで、自分たちが遠方に見て。そして討ち仕留めるべく狙っていた存在。

 それが今、目の前に立っている。

 そしてあろう事か、その片手の中には大切な仲間の変わり果てた生首姿があり。さらに大きく尖った指先には、信頼する上官の身体が、捕まえられた猫のように釣り下がり、苦し気な顔を晒している。

 恐ろしく、絶望的な光景。一人の少女が悲鳴を上げるには、十分であった。


「ぁ……ぁぁあっ!?」


 しかし彼女は狼狽える声を上げながらも。肩より下げていた小銃を慌て寄せて構えようとした。己が身を護り、そして仲間の仇を打たんとする。最早反射、本能の動き。


「――ぎょぷッ!?」


 だが。そんな彼女の必死の行動は、儚くも直後には徒労に終わった。

 ニナから上がる妙な悲鳴。眼を剥き出し、鼻血をその可愛らしい鼻周りからしかしえげつなく噴き出す。

 見れば、彼女の脳天には靴が――制刻の履く戦闘靴のその踵が、容赦なく落とされていた。


「いらんコトをするな」


 抵抗を試みようとしたニナは、容赦なく無力化し。そんな彼女へ一言を投げて降ろす制刻。

 そして落としていた片足を上げて避けると、気を失ったニナの身体は支えを失いぐらりと倒れ、地面へ崩れる。


「これも、まぁ取っとくか」


 殺さないよう加減したのは、先の分隊長の昌捕縛の、物のついでであった。


「これで、一塊り蹴っ飛ばしたか」


 それから制刻は周囲を軽く一度見渡し、まずは敵の一隊の無力化を完了した事を確認する。


「あん?」


 しかしその確認の終わり際。制刻は背後先での光景を見止め、訝しむ言葉を零す。

 それは、先に無力化し、自分等が一時的に遮蔽物としていた敵戦車の方向。そのすぐ側。

そこで、相方の剱であろう人影が、複数の人影と対峙。というかほぼ包囲されている姿様子が確認できたからだ。


「あぁ、ったく」


 それを見止め、そんな呆れの言葉を零す制刻。

 そして制刻は、足元に崩れたニナの身体を、易々と摘まみ上げて拾うと。

 身を翻して、元の方向へと歩き始めた。

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