チャプター11:「剣の乙女達、その勇猛の末」

 制刻等の手により無力化沈黙した、戦車『リングキャット』より北東地点。

 そこに在るは恋華達の救出作戦を開始し、正面よりの突撃を担い展開行動を開始した、歩兵分隊『セイバーズ』の女歩兵達。

 しかし彼女達は、突撃を開始した矢先に、その足を再び止める事となった。


「ッ――!?」


 セイバーズを率いる分隊長の昌。以下5名の女達は、飛ぶように駆けていたその身を急遽止める。それを強要したのは、突如として背後側方より聞こえ来た、けたたましい爆音だ。


「……――なッ!?」


 そして昌始め女達は、振り向き目に飛び込んできた光景に、驚愕して思わず声を上げた。

 展開した自分たちの背後左側方。そこに位置して自分たちを援護していた戦車、『ムシャヒメ』が、爆発炎上していた。


「……ッぅ!?」


 驚愕していた女達の元へ、さらに爆発爆音は立て続いて襲う。

 今度は背後右側方に位置していた装甲兵員輸送車が、同じように爆発炎上していた。


「な……っ」


 唐突な事態に女達は身を硬直させ光景に目を奪われ、そして誰かから声が上がる。


「――!ムシャヒメ、ハニー・レオ、応答しろ!柚葉!樟ッ!」


 しかしそこで分隊長の昌は、真っ先に意識を取り直す。

 そしてその褐色に彩られた顔を険しく変え、纏う07式特殊防御装甲に装備される無線機をもって呼びかける。相手はもちろん今炎上した戦車と装甲車。そのコールサインを、それに搭乗する少女達の名を叫びあげる。

 しかし無線に返り聞こえるはノイズのみで、仲間達からの答えが返ってくる事は無い。そして目を凝らせば、残骸となった戦車や装甲車の中に、変わり果てた仲間と思しき〝物〟が微かに見えた。


「――!……くっ!……誰か、攻撃の出所を見たか!?」


 昌はその歯を噛み締めながらも。振り向き自身も先へと視線を移しながら、仲間達に向けて尋ねる声を発し上げる。


「……見えてるよ……前……嘘、だよね……!?」


 昌の問いかけに、明らかな戸惑う色で一つ声が返る。

 声の主は分隊員の一人で、情報作戦のサポートを担当する、少し小柄寄りなショートカットの少女。

 その彼女は今、目を剥いて自分たちの進行方向を凝視している。


「な……!?」


 その少女が見たものを、昌もまた同時に確認し、目の当たりにした。

 進行方向先。自分たちが恋華達を救出するために目指していた、戦車『リングキャット』。その地点から、こちらに向けて悠々と歩いて来る存在があった。――あろうことかその手に、リングキャットの物であった戦車砲塔を掴み持ち上げて。


「あれは……リングキャットの……?」

「そんなことが……」


 あまりに信じがたい光景。それに昌や、他の女から驚愕の声が上がる。


「――あんの虫ケラぁ……アタシ達にマジで喧嘩を売って来やがったなァ……ッ!」


 しかしそんな中で、明確な怒りに満ちたそんな声が上がる。

 分隊員の一人。アウトローな雰囲気が特徴の女、煉だ。

 彼女はその八重歯の目立つ歯を食いしばり、剥き出しにして、目を獣のように変えて明らかな強い怒りの色を露にしていた。仲間を殺されたことに、怒りが最高潮に達しているようだ。


「!――煉、待て!」


 その今にも飛び出して行きそうな様子を、しかし昌は発し制止する。


「アァん?ふざけんなよ昌ぁ、ビビったのかぁッ?」


 そんな昌の命ずる声に、しかし煉は睨む視線を寄こし。不服を露にした、そして煽り挑発するような言葉を寄こす。


「冗談を。アタシも今すぐヤツを殺してやりたいさ……だが、アタシ達はチームだ」


 だがそれに昌は、説くような言葉で返す。


「ヤツはなかなかの脅威と見える、無暗に突っ込んではダメだ。チームとして動き、連携し――確実にヤツを仕留め、仇を討つ!」


 そして分隊員全員に聞こえるよう、凛と透った声で、昌は言い放った。


「――へっ、わぁったよッ」


 その言葉に、煉も少しの落ち着きを取り戻したようで、ぶっきらぼうに返す。

 他の分隊員達も、昌の言葉を受けて怒りを戦意へと変える様子を見せる。


「作戦はそのままだ。三手に分散、敵を包囲し仕留める。――状況再開!」


 それ以上、多くの言葉はいらなかった。それぞれが役割を果たし、憎き敵を仕留めるのみ。

 昌の命ずる一声と共に、分隊の女達は陣形を再構築。そして飛び出し、飛ぶように駆けだした。




 憎き敵に目掛けて飛ぶように掛ける、歩兵分隊『セイバーズ』。現在彼女達は、分隊長の昌以下6名を有する。


「結里、ニナ、まずは対戦車攻撃を!夏佳と冬璃は左からバックアップ! 着弾と同時に、アタシと煉で強襲を仕掛ける!」


 駆けながら、分隊員達に向けて指示を張り上げる昌。

 まず、敵が持ち構える戦車砲塔を撃破すべく、対戦車火器による攻撃を敢行。着弾により敵の体制を崩した所を狙い、突撃し敵を仕留める算段であった。


「「「「「了解!」」」」」


 分隊の5名の女達から、一斉に了解の声が返される。

 そして瞬間、同時に。女達は二名ずつ、三手へと割れ分散した。

 分隊長の昌と、アウトロー女の煉は左手へ。双子の女兵士である、夏佳と冬璃は右手へそれぞれ二人一組で分散。

 そして対戦車火器担当のグラマラスな女、結里と。サポート担当のショートカット少女、ニナ。この二人は飛ぶように駆けていた身を停止、その場で対戦車攻撃の準備に入った。


「戦車の弱点は、上面の装甲が薄い部分――まっ、ボクから言うまでもないか」

「えぇ、承知しています」


 サポート少女ニナの補足の言葉に、結里は背負っていた対戦車火器を肩に担ぎながら、静かに声を返す。


「しかし……まさか仮にも、仲間の戦車を撃つことになるなんて……」


 それからニナは、起こした顔に苦い色を作り、先を見据える。そこに在るは、仲間の戦車、『リングキャット』の物であった砲塔を掴み持ち、歩み迫るとてつもない存在。


「不快なものです……この手を煩わせた悪しき所業――断罪させていただきます」


 結里も静かに言葉を紡ぎながら、構えた対戦車火器の照準越しに、先の存在を睨む。そしてそのトリガーに掛けた指に、力を込める。

 瞬間。砲身内の炸薬が炸裂。背後にバックブラストが噴射され、同時に砲口より対戦車榴弾が撃ち出された。

 一瞬の内に、先の憎き存在へ迫る対戦車榴弾。

 相手の持つリングキャットの物であった砲塔は、しかし適当に持たれているのか、その比較的薄い上面を晒している。

 対戦車榴弾はそれを貫き、その先の憎き存在を屠る物と思われた。

 ――しかし。

 その直前瞬間。その存在に持たれた砲塔を、急に角度を変えた。

 ――ガンッ。と、そして鈍い音が響き、結里とニナの耳にも聞こえ届く。


「なっ!」

「っ!」


 そして驚きの声を漏らすニナと、顔を顰める結里。

 とてつもない存在に持たれた砲塔は、着弾の直前にも持ち直され、その正面装甲をこちらへと向けていたのだ。そしてその被弾傾斜を利用され、撃ち込まれた対戦車榴弾は退け弾かれてしまっていたのだ。

 直後にそれを示すように、存在の後方。明後日の方向で、退けられ落ちた対戦車榴弾が虚しく爆煙を上げた。


「ッ……リングキャットの被弾傾斜を、利用された……!?」

「ただの力任せの怪物じゃない……!っゥ……昌、ゴメン!ボク達からの攻撃が弾かれた!」


 結里はその普段もの静かな顔を驚愕に変え、声を漏らす。一方のニナは慌て通信装備をもって、突撃を敢行した昌達に向けて、攻撃の失敗を伝え紡ぐ。


『あぁ、こっちでも確認したよ!ふざけてる……だが体勢は揺らいだはずだ。そっちは隙を見て再攻撃を、アタシたちはこのまま強襲を仕掛ける!』


 しかし昌からそれを咎める事は無く、攻撃継続の指示が。そして同時に、昌達がこれより攻撃を敢行する旨が、返された――




 攻撃対象である存在を正面に見て、左手側より回り込み接近した、分隊長の昌とアウトロー女の煉。二人は攻撃対象の存在まで、あと少しの所へと迫っていた。


「怪物だな……」


 昌が呟く。

 先に見える存在の、そのあまりにも醜く禍々しい歪な姿は、その距離からでも嫌がおうにも確認できた。


「ハンッ。まさかビビッてねぇよな?」


 そんな昌に、煉が荒く揶揄うような声を掛ける。


「当然――行くぞ!」


 それに、ニヤリと笑みを浮かべて返す昌。そして短く掛け合いの言葉を交わした瞬間、二人はそこからさらに二手へと割れた。

 煉が側面へと反れ。そして醜い敵に対して、正面から突っ込み行くは昌。

 彼女は自身の装備火器である小銃を繰り出し構え、駆けながらもフルオートで弾をばらまき始めた。

 生憎と撃ち込まれた銃弾は、敵の持つ戦車砲塔によって阻まれる。しかし昌は、構わず切り撃ちで幾度も銃弾を撃ち込む。

 そして同時に、そこから彼女の身は、特異な動きを見せ始めた。

 彼女は敵にまっすぐ突っ込むのではなく、ジグザグのステップを踏む運動行動を開始したのだ。大きくしかし目にも止まらぬ速さで飛び、相手の視線を翻弄する。そして直進していた身体を唐突に後ろ飛びで後退させたかと思えば、再び飛び出すようにその身を動かす。

 それらの動きは、彼女の纏う07式特殊防御装甲のサポート機能が。そして何より、彼女の身の備える、類稀なる身体能力が可能とするものであった。

 俊敏な動きと射撃行動を組み合わせ、敵を翻弄し、視線を引き付ける昌。


(――よし、ヤツの注意はこっちに向いてる――煉!)


 内心で、その効果を確信する昌。そして彼女は、相方のアウトロー女に願うように念じる。

 それに答えるように。

 醜き敵の背後に、飛び込むように煉の姿が現した。

 その身をほとんど逆さまにし、真上から落下するように現れた煉。

 彼女は、昌が敵の注意を引き付けている間に、敵へ接近。極めつけに跳躍からの降下でその背後へ周り、背を取ったのだ。


「よぉ、虫けらぁ」


 その八重歯、犬歯の目立つ口で、獰猛な獣のような笑みを剥いて作り。

 そしてその両手に持った二丁の拳銃を、敵へと突き出し。

 煉はそんな言葉を発する。


「念仏を唱える間もなく、くたばんな――」


 そして煉の口から告げ、叩きつけられた、無慈悲な最後通告。

 それと同時に、二丁の拳銃から発砲音が響きあがった――




「――?」


 敵を打ち倒すための発砲音は、確かに響いた。

 しかし、対して煉にはいくつかの妙な感覚が走り、そして光景が映っていた。

 まず、目の前の醜く禍々しい存在に、変化が見られない。微かに振り向きつつあるその存在に、傷は見られず未だ健在の見える。

 そしてその存在が翳した右腕。その手中には〝二本の束ねられた何か〟が掴まれている。よくよく観察すれば、それが補足も鍛え上げられた、〝女の腕〟であることが分かった。その片端には赤黒い物と白い何か――肉と骨が覗き。もう片方には、煙の上がる二つの何か――二丁の拳銃が見える。

 そして煉が覚えたのは、自分の腕の先のおかしな喪失感。


「ぇ――?」


 小さく、呆けた声を宙空で漏らす煉。

 そう。煉は、自身のその肘から先の両腕を失って――いや、もいで奪われていた。

 そして煉の目の前に引き続きあるのは。襲い来た女の両腕を、まとめてもいで千切り奪い、束ね掴んでいる、醜く禍々しく歪な存在。

 ――他ならぬ、制刻であった。

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