チャプター10:「巨大な浸透」
時間はまた少し戻り、そして位置地点は、背後西側の丘の上へ。
一点にある浅い窪地のには、重スナイパーの美織の姿がある。眼下先の恋華達に向けて、監視支援を提供していた彼女。
「………」
しかし今。彼女は目を丸く剥き、その身を、思考を、フリーズさせてしまっていた。
その理由は、スコープ越しに眼下先に見える、恋華達の戦車『リングキャット』。それが、砲塔を捲り上げられ無様な姿と成り代わった光景が原因だ。
射線を阻害され。いやそれ以前にまったく予期していなかった信じがたい事態光景を前に、彼女の脳の理解は追い付かず、固まってしまっていたのであった。
指揮官である恋華からの指示通信も途絶え、ただ茫然とする美織。
「――……ッ!?」
しかし。突如として聞こえ来た爆音が、彼女の意識を揺さぶり現実へと引き戻した。
美織は一度スコープをから目を外して、顔を起こし音の発生源を辿る。
「嘘……」
そして驚き声を漏らす美織。視線の先――北東方向より目に飛び込んだのは、砲塔を巻き上げ爆発炎上する、味方戦車の姿であった。
「ムシャヒメが――……澪奈……っ!」
その戦車、『ムシャヒメ』の姿を目の当たりにし、美織はそれに乗る友人の名を思わず発する。
しかしそんな彼女をさらに煽るように、再び上がり届く爆発音。見れば今度は、味方の装甲兵員輸送車が同じように吹き飛び炎上していた。
「――ッゥ!」
眼下で巻き起こる味方の悲劇。それを受け、美織は自らの役割を思い出す。
再び取りつくようにスコープを覗き。相棒のバレットM82を抱き着くように構えたその身を、艶めかしく捩り動かし、照準を移動させる。
そしてスコープ越しに、美織は見る。
先んじて襲われた戦車、『リングキャット』の砲塔上。そこに姿を現し立った、醜く禍々しい存在を。
リングキャットに肉薄し襲った敵。ムシャヒメや装甲車を屠ったのも、ヤツでまず間違いない。
「……――許さない」
美織がその目に宿すは、普段静かな彼女が滅多に見せる事の無い、怒りの色。仲間を手に掛けた、憎き存在を仕留める意思の込められた、決意の色。
抱き着き構えるその長大な得物を、美織はしかし無駄の無い動きで正確に照準。スコープのクロス内に、その憎く禍々しい存在を覗き。今度こそは確実に仕留めるという意思の元――その引き金を引いた――
重々しい発砲音が響いた……が。
美織の身体を妙な浮遊感が襲ったのは、それとほぼ同時であった。
「――……ぇ?」
漏れた呆けた声は、美織の物。
スコープ越しに彼女の目は、一瞬前まで憎き敵を捕らえていたはず。しかし今、彼女の目に映るは、青く鮮やかに広がる光景――澄んだ大空であった。
それもそのはず。端から見ればなんと、バレットM82はその銃身先からおもいっきり持ち上げられ、斜めに傾いていた。それも抱き着き構える美織の身体ごと。
そしてその姿から想像できるように、撃ち出された12.7mm弾は、憎き敵には撃ち込まれずに、上空明後日の方向へと虚しく無駄弾となり飛び去っていた。
「――ヲーっとぉッ。ギリちょんだったずぇっ」
呆ける美織の背後から、唐突にそんな声が聞こえ降りた。
太く、しかしどこか陽気でふざけた声色でのそれ。
それを聞き受けた美織は、すぐさま半身を捩って自らの背後を確認する。
「……ッ!?」
そして美織は。普段喜怒哀楽の色の少ないその顔を、しかし目に見えて強張らせ、驚き眼を剥いた。
いつの間にか彼女の背後に居た存在。
それは身長が200㎝を優に超え、全身を深黒い褐色で彩り。そして全身に凄まじいまでの強靭な筋肉を備えた、あまりにも規格外の巨漢。
――他でもない、多気投の姿がそこにあった。
「おいたはメッ!だずぇ、おねぃちゃぁん」
その深黒い色彩と濃い造形の顔に、不気味なまでにニヤニヤとした色を浮かべ。ふざけた声色で声を降ろすは多気投。
彼はM82バレットの銃身先をその強靭な片腕で軽々と持ち上げ、その照準を明後日方向へと強引に退けている。そして眼下には、その持ち上げられたバレットM82に釣られて持ち上がっているという少し間抜けな姿を晒し、驚愕の顔で振り向いている美織。
――初動開始しばらくまでは、竹泉と一緒に敵戦車小隊の側面を突くために行動していた多気投。しかし敵戦車一輛を無力化した後、竹泉と多気投は、後方の丘の上で監視して来る偵察車の排除が必要であると判断。
それを実行すべく。多気投は敵の目の隙を突いて、後方へと迂回浸透。
幸いにも。敵の注意は、主にふざけたまでに暴れ目立っている制刻等の方へと引きつけられており、それは多気投の後方浸透を容易にした。
そして監視任務に着く敵の一隊の背後を、無事取った多気投。そこで彼は、対物ライフルによる狙撃行動を行おうとしている美織を見つけ。その狙いが十中八九制刻等であろう事に感づき、それを阻害すべくこうして行動に出たのであった。
「――……ッ!?」
一方、唐突な理解を上回る事態に、またしてもフリーズしてしまっていた美織。
しかし彼女は直後。現れた巨漢――多気投の太い右腕の内にある、〝それ〟に気づき見止める。
「……ぁ……ぉェ……」
「ぉぽぉ……」
多気投の右腕中にあったのは、二人分の女の体。
そのどちらもが、その首を多気投の太い右腕でまとめて締め上げられ、揃ってぶら下がっている。どちらの女もその美少女顔を、しかし白目を剥き、涙に鼻水、涎に泡を吐いて漏らし、台無しにしている。意識も最早ほぼ無いのが明らかだ。
その二人の女が纏うは、07式特殊防御装甲。
彼女達も偵察騎兵小隊の女兵士であり、そして美織の仲間。美織と同じく偵察員であり、周囲に監視要員として分散展開していたのだ。
しかし、今の光景からすでに明らかだろう。その彼女達は背後に回り込んだ多気投により立て続きに撃破され、今の姿へと成り果てたのであった。
「そうそう、コレを忘れてたずぇ」
そんなように女達を締め上げている多気投は、続いてそんな言葉を発する。そして女達を絞め圧する右腕の、その手中に持っていた何かの装置のボタンをおもむろに、太い親指で押した。
――瞬間。背後側面で爆音が上がった。
「ッ!?」
驚き振り返る美織。
見れば、丘の頭頂部に一度っていた。彼女の属する偵察分隊の中心である、偵察装甲車が。爆発炎上し、その砲塔を舞い上げていた。
多気投は偵察員の女兵士達を無力化すると同時に、偵察車に爆薬を仕掛けており。美織の行動を阻害するために後回しにしていた起爆を、今行ったのであった。
「ぁ……――ッゥ!」
立て続くき襲った衝撃的な事態に、目を向いていた美織。
しかし直後。ようやく思考の追い付いた彼女は、嘆くよりも叫ぶよりも前に、その身を跳ねるように動かした。
抱き着くように構えていたバレットM82の上より、素早くするりと抜け降り、片手を地面に着く。そしてそのままの流れて、身を捻り起こし、片脚を思いっきり振り上げ。目の前の信じがたい巨漢に向けて、一撃を繰り出した。
鋭く、急所を的確に狙った容赦の無い脚撃。命中すれば、例え大男といえども一発で沈められる。実際美織は、その体格差に驕る男共を、これまで幾度となく仕留め沈めて来た。
今もそれは疑われる事なく、目の前の巨漢の間近に迫る。
――しかし、美織の思い浮かべた未来予想は、幻想へと終わった。
「――ヒョーーーーッ!!」
上がるは、ふざけた気の抜けた声。
そして美織の脚劇は、虚しく空を切った。
見ればなんと、多気投はその巨体の上半身を捻り倒し、まるでリンボーダンスのような姿勢を取っていた。
美織の脚撃が襲い直撃する直前に、多気投はその巨体に反した素早い反応で、それを回避してみせたのだ。
「ぇ――ッぅ!?」
虚しく空を切り明後日の方向へ飛び去りかけた美織の脚は、しかし瞬間。むんずと掴まれ強引に引き留められる。
また見れば、先の回避姿勢からバネ仕掛けのように身を起こして復帰した多気投が、空いていた左腕で、美織の脚を捕まえ掴んでいた。
200㎝越え――正確には217㎝で、体重も100kgを優に超える常人離した巨体体躯で、どうしてそんな俊敏な動きができるのか。
「ぇ、ぅぁ――!?」
捕まえられた美織の体は、さらに引き戻され、その上でぐるんとぶん回され、一度真上へ投げ出される。
「――ァっ、こっ!?」
そして落ちてきた所を、再び多気投の空いていた左腕に捕まえられた。
美織はその首に多気投の太い左腕を回され、絞め上げられ始める。
「ぁ……放、ゃめ……!」
その瞬間こそ、美織は多気投の太い腕を自身の両腕で掴み、引き剥がしての抵抗脱出を試みようとした。
「ぁ……けぇ……」
しかし彼女の首は容赦無くメリメリと圧され、気道を圧迫。美織の口からは漏れるそれは、おかしな鳴き声へと変わる。
「……ぉ……」
そしてわずか数秒の内に。
美織は力を失いその両腕を垂れ。ぐりんと白目を剥き、舌をだらしなく垂れて泡を吐きこぼし。ほどなく全身より力を失い、多気投の太い腕中で気絶。先に締め上げられていた偵察員の女達の、仲間へと加わり無様な姿を晒した。
『死神の名の守護天使』の異名を持つ凄腕女スナイパーであった美織。しかしその姿は今や、畜生の如き無残な者へと、成り代わっていた。
「――ったくぅ。おいたはメッ、って言うたろうずぇ」
自らの腕中で美織の気絶、無力化を確認した多気投は、口を尖らせながらふざけた口調でそんな言葉を発する。
そして自らの両腕中で気絶しぶら下がっている、美織含め三人の女兵士を、腕を離して解放。というよりほぼ放っぽり捨てる。
「ほんでさて――ここはご馳走様したがぁ――」
丘の上に陣取り監視を行っていた、美織始め偵察騎兵小隊の偵察監視班は、多気投の手により完全に攫えられ無力化された。
自らの役目を一つ完了させた多気投。
それから彼は、足元に転がっていたバレットM82。美織の相棒であったそれを、おもむろに拾い上げる。
最早主を失ったそれを拝借して構え、そのスコープを覗きながら動かし、一帯を一望する多気投。眼下周辺の掌握のための行動だ。
「ほーぅほぅ――おっぱじまってらぁ」
観測行動を行いながら、そんな緊張感の無い言葉を零す多気投。
「――ほいじゃぁ俺っち様も、お邪魔しに行くずぇ」
そして観測掌握の結果から、多気投はここからの自身の行動を判断決定。
その巨体の一歩を踏み出し、行動を再開した。
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