チャプター9:「超常的ガチ」
「――あぁ、了ぉ解」
時系列と場所は戻り、制刻がぶち壊し無力化した、戦車リングキャットの位置地点へ。
砲塔が捲り上がり風通しが良くなったターレットリングの内。そこに身を隠していた制刻は、淡々とそして冷淡な声で、インカムに一言発した。隣には同様に身を隠しつつも、眼を剥き驚愕と同様の様子を見せている鳳藤の姿。
制刻等は、今しがた寄こされた出蔵からの無線通信により、向こう側の状況。および発生した事態、その一連の経緯。――そして何より、顎が殉職した事を知った。
「――――頭麩菓子の連中だとは分かってたが――一線を越えやがったな」
制刻は一度インカムを口元から放し、そして淡々と言葉を紡ぎ零す。
「セーブして来たが、限度だな」
そして冷淡な色で一言零し、それから再びインカムを口元に寄せる。
「――各員各所。エピックヘッド、自由だ。今の通信は聞いてたな?」
制刻はインカムを用いて通信回線を再度開き、呼びかけ始める。その相手は竹泉や多気投等、一帯各所で行動中の味方各位。
「連中は、こっちの一線を越えた。これ以上、セーブしてやる必要は無ぇ」
静かに。重低音で淡々と。しかしそれでいて明瞭な確たる声で、制刻は発する。
「やり方は任せる。各所――〝やる事をやれ〟」
そして端的に。ただ簡潔に。制刻は、指示の言葉を口にする。
「返信もいい。とにかく、〝やれ〟――終ワリ」
そして返信不要の旨と、念を押す言葉だけを紡ぎ伝えると、制刻は通信を一方的に終えた。
「――さぁて」
通信を終えた制刻は、そんな一言を零しながら、その巨体をゆらりと持ち上げ立ち上がる。そして東北方向の先に見える、こちらへと迫る敵の一隊を一瞥。
「お、おい。どうするんだ……?」
おもむろに動き始めた制刻に。まだ顎の殉職の報に動揺冷め止まぬ鳳藤は、とまどう色を露にしつつ、問う言葉を掛ける。
「言ったろ。限度だ、これ以上セーブはしねぇ」
鳳藤のそれに対して、淡々と最低限のそんな言葉を寄こす制刻。
――その制刻へ、殺気が刺し。そして殺意が強襲した。
制刻の側方背後。その砲塔と車体の間空間の宙空に、その姿はあった。
その正体は、恋華。
持ち上がった砲塔の縁を掴んで下がり、宙空に身を置き、脚撃を繰り出す女の姿がそこにある。気絶状態より気を取り戻し復活した彼女は、一瞬の隙を突き、制刻に向けて襲い来たのだ。
鋭く殺意の込められた瞳が、制刻を刺し。
そして大きく、しかし鋭く回し振り出された恋華の脚は、憎く悪しき敵へ一撃必殺を叩き込むべく、恐るべき速さで突き出された。
「――ぇっ?」
しかし彼女の渾身の一撃は、虚しく空を切った。
手ごたえ無く。討つべく悪しき存在は、己が脚撃の軌道の先より消えている。
その事実に、恋華の口からは小さく呆けた声が漏れる。
「――びェッ!?」
そして直後、彼女の口から今度は、えげつない濁った悲鳴が上がった。
見れば、恋華の身体はすでに先の位置になく。その身、その上半身や横面は、引っぺがされ傘代わりとなっていた戦車砲塔の内側側面に、おもいきり叩きつけられていた。
そして視線を辿れば、その横には制刻の姿。
制刻は、その巨大で尖った特徴的な左腕左手で、恋華の両足を束ねてむんずと掴み、そして恋華を砲塔内壁に叩きつけていた。
制刻は、今の恋華の目にも止まらぬ襲撃を、しかし半身を捻るだけの動作で悠々と回避。そして続く動作で恋華の脚を掴み捕まえ、そのまま思い切りスイング。固い砲塔内壁へ、恋華の身を容赦なく打ち叩きつけ、撃退したのであった。
「ぇァ……っ」
それから恋華の身体は砲塔内壁をずり落ち、そして未だ制刻によりその両脚を掴まれているため、ぶら下がり逆さ吊りになる。
その姿は、まるで絞められた鶏だ。
「ぁ……き、貴様ぁ……私達は、貴様等を絶対に許さない……っ」
しかし恋華は逆さ吊りにされ、ダメージにその身を苛まれながらも尚。凛とした瞳を鋭く作り、制刻を睨み上げて発し訴える。
「私達は、悪には絶対に負けな……!……――っ?」
さらに続く言葉を訴えようとした恋華。しかし、直後に唐突に身を襲った感覚、動きにそれは阻まれる。
見れば、制刻は掴みぶら下げていた恋華の身体を、少し持ち上げている。同時に、開いていた右手で、恋華の両腕を両脚と同じように束ね掴んでいた。
「ぃっ……は、放せ!貴様何を……!」
身をよじり、訴え抵抗する恋華。
しかし制刻は、耳を貸さず淡々と。その不気味で歪な眼に、反した何の興味無いような色を浮かべて、恋華の身を見下ろしている。
「――っ!?……ぇ、まさか……」
瞬間。恋華の顔は一気に青ざめる。
それは、まるで〝物〟を見るような制刻の眼に恐怖し。
だが同時に、その制刻の行動の意図に気付いた事によるもの。
「――ヒッ!?嘘!?イヤッ、やめ――」
ボギリ――と。
短い悲鳴と、そして懇願の声。
恋華の上げたそれらを遮るように、残酷で背筋の凍るような、鈍い音がわずかに響いた。
それは複数の骨が、折れ曲げられ砕ける音。
見れば。制刻の手中には、まるで雑巾のようにその身を絞られ捩じれた恋華の身体があった。制刻に束ね掴まれていた両腕両脚が、身体の構造上あってはならない形で。それぞれの方向へ絞られ捩じれている。
雑巾。また別の例えをすれば、キャンディー包みのよう。
そんな無残な姿に。恋華は制刻の手中で成り代わっていた。
「――……っぽ……ぉこ……」
襲った激痛により、恋華は悲鳴すら上げることなく気絶していた。
その整っていた口元をだらしなく開口。最早声とは言えない音を、そしてブクブクと吐き出された泡を漏らし垂れ流し。ピクピクと痙攣しながら白目を剥いている。
美少女の端麗な姿は、すでに無い。
制刻は、束ね掴んでいた恋華の両腕側を先に放し解放。恋華の身体は再び絞められ鶏のように、逆さまにぶら下がる。
「あん?」
制刻はそんな掴み吊るす恋華の身体を白けた色で見ながら、しかし何かに気付き見止め、訝しむ声を零す。
そして直後。恋華の纏う迷彩服をおもむろに掴んだかと思うと、それを荒く乱雑に破き剥ぎ、無理やり剥いて脱がした。
するとその下からは、07式特殊防御装甲に包まれた、恋華の本来であれば見惚れる程のプロポーションが露になる。
しかし今の恋華の無様な惨状では、それも宝の持ち腐れだ。
おまけに恋華は四肢を折られ砕かれた激痛から失禁までしており、07式特殊防御装甲の股間部は汚水が染み出て汚れ。さらに逆さ吊りにされているせいで、汚水は恋華の身体や顔に垂れて伝い落ち、彼女の文字通りの意味で汚した。
「成程。それなりにガチに叩き込んだ割に、復活が早ぇと思ったが。このタイツがカラクリってトコか」
そんな無様な姿の恋華に、しかし制刻はさして興味は無いような色で。
垂れる汚水の被害が自身に及ばないよう、器用に恋華を吊る下げながら、淡々とそんな推察の言葉を紡ぐ。
先に一度気絶させた恋華は、しかし与えたはずのダメージに反した短時間で気絶から復活し、再び制刻に襲い来た。その短時間での復活の理由原因が、恋華の纏う妙なスーツの効果である事を察しての、納得の言葉であった。
「まぁいい」
敵の再襲撃の原因を把握すると、制刻はすでに恋華への用も興味も無いと言わんように。吊っていた恋華の身体を、戦車車体のターレットリング内の端へと放っぽり捨てる。
恋華の身体は隅にぶつかり。折られ砕かれた四肢を、糸の切れた人形のように統一性無く曲げて放り出して、ぐしゃりと床面に落ちた。
「お、お前……」
一連の、制刻の残酷でえげつない対応行動に、それを目の当たりにした鳳藤から声が零れる。彼女のその端麗な顔は、今目撃した光景への驚愕により、真っ青に染まっている。
「手加減は無しだ」
しかし当の制刻はそんな鳳藤に対して、先にも告げた旨を念を押すように一言だけ返し。それ以上鳳藤には取り合わず、そして隅で無残な姿を晒す恋華にはすでに一瞥もくれずに、行動を見せる。
制刻は、捲り上がっている砲塔の内側に、おもむろにその右腕を突っ込む。そしてそこから何かを掴み、引っ張り出した。
掴みだされたそれは、戦車の砲塔後部の弾薬スペースに積載されていた、105㎜口径のAPFSDS――装弾筒付翼安定徹甲弾。普通であれば成人男性が両腕でやっと抱えるそれを、しかし制刻はジュースのボトルでも持つかのような軽々しさで、その片手に持って見せる。
そして制刻は砲弾を片手に、ターレットリング内より上り出て、戦車の車体上のスペースへと立ち構えた。
制刻はそこから、先に観測の視線を向ける。
目を向けた北東方向に見えるは、先ほど見つけ掌握していた、戦車と装甲車を有する敵の一隊。それが引き続き接近し、こちらとの距離を詰めている様子。
「変わらねぇか――おぉし」
制刻はそれを視認し、一言呟く。
そして、右手に掴み持っていた砲弾をまるでペン回しのように。その手中で器用にぐるりと回転させ、向きを変えて持ち直す。
「お、おいッ。何を――」
一方の鳳藤は、制刻の動きの意図が読めず。制刻の背後足元のターレットリングの隙間から、問う言葉を上げかける。
――しかしそれより前に。その超常的行動は起こされた。
砲弾を持つその右腕を、少し掲げそして引いた制刻。
――そして瞬間。砲弾は、撃ち出すように投げ放たれた。
まるで軽やかに紙飛行機でも飛ばすような姿勢動きで。
しかし、その見た目に反した超常的力で。
――直後。制刻等の視線を向ける先で、爆炎が盛大に上がりそして爆発音が到来。
見れば、迫っていた敵の一隊に組み込まれていた戦車が、爆発炎上し、その砲塔を宙空高くに舞い上げていた。
戦車砲弾は、制刻のそのふざけたまでの豪腕により。
本来あるべき形である、戦車砲より撃ち出された時とまるで遜色無い。いや、それを上回る程の速度で投げ放たれ。
制刻が狙った通りに、敵戦車の正面ど真ん中に飛び込み直撃。戦車を撃破、屠ってみせたのであった。
「
命中を確認し、制刻はしかしさして誇るでもなく、淡々と零す。
「――んな……な……」
一方、ターレットリング内からそれを目撃した鳳藤は。あまりにも現実離れした一連の事実と光景に、眼を剥き、その麗しいまでの口元をしかしあんぐりと開けて、呆け立ち尽くしている。
そんな鳳藤をよそに、制刻は再び砲塔の内側に腕を突っ込み、そこからまたAPFSDSを掴み引っ張り出す。
そして再び、先の敵の一隊を観測視認。
今度は装甲兵員輸送車に狙いを定めると、先と同様の姿勢動作で。再び戦車砲弾を投げ放った。
結果は、二投目も見事に命中。
戦車砲弾は敵の装甲兵員輸送車の真正面に命中。その正面に大穴を開け、そして内側に侵入して炸裂。装甲兵員輸送車を真っ二つに千切り、吹き飛ばし転がして見せた。
「――車輛は沈めた」
敵の一隊に組み込まれていた、二輛の車輛の無力化を確認し、制刻は一言零す。
「……ぉ、おま……」
一方の鳳藤は、その一連の信じがたい出来事光景にほぼフリーズしかけながらも。それを何事かと問う言葉を、なんとか紡ごうとしている。
しかしそれを重ね重ね遮るかのように、三度目の爆音が両名の耳に届いた。
「っ!?」
「おん?」
今度のそれは、制刻等の成した物ではなく。鳳藤は若干の驚きを見せ、制刻は訝しむ声を零す。
音源は、背後西側に聳える丘の上からであった。
両名が視線をやれば、それまで丘の頭頂部におそらく監視役として陣取っていた、敵の偵察装甲車が。その砲塔を転がし、炎に巻かれ撃破された姿を晒していた。
「あっちが……!」
「あぁ。向こうも、ガチで始めたようだな」
鳳藤は驚き、制刻は推察の言葉を零す。
それは、別働を指示した竹泉や多気投等が、敵の背後に回り戦闘撃破行動を開始した事を察するもの。
「後ろや横っ腹は、あっちがなんとかするな――剱」
背後や側面は、竹泉や多気投等に任せて問題無い。そう判断の言葉を紡いだ制刻は、それから鳳藤へ視線を下ろして声を掛ける。
「オメェはまだキツいようなら、ここにいろ。自分の身を守れ」
そして、一応彼女の身を気にかけての、指示の言葉を発する。
「私は、って……お前は……?」
「俺ぁ、ちぃと連中を蹴散らして来る」
対して、それでは制刻はどうするのかと尋ねる声を返した鳳藤。それに制刻は、北東方向に未だ残る、敵の一隊を顎でしゃくりながら答える。
「後ろは向こうが叩いた。雨宿りの屋根は、これ以上いらねぇだろう」
続け紡ぐ制刻。それは、背後の丘から光っていた敵の監視の目が、味方――おそらく竹泉か多気投の手により撃破された事から、これ以上それを凌ぐ遮蔽物は必要無い事を示すもの。
「ぇ――」
それを聞いた鳳藤は、しかし直後。またも呆けた声を上げた。
その理由は、やはり制刻の行動。
同時に、鳳藤の頭上か明るく開ける。なぜならそれまで遮蔽物となっていた捲られた砲塔が、綺麗にその場から無くなっていたから。
――なんと戦車砲塔は、制刻のその片腕に持ち上げられていた。制刻は戦車砲塔の縁を掴み、何トンあるかも知れないそれを、しかし片手で軽々と持ち上げていたのだ。
まるで鍋がフライパンでも持つかのように。
「んじゃ、チト外す。オメェもうまくやれ」
最早言葉も上がらない鳳藤に向けて、制刻は変わらず端的にそう告げる。
そして鳳藤の返事も聞かずに、戦車車体の上から飛び降り。片手に持った戦車の砲塔を何か弄びながら。北東側に未だ位置存在する敵の一隊の向けて、悠々と歩き向かっていった。
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