チャプター6:「衝撃の一撃目」
わからせ(物理)開始。
――――――――――
「――ぇ……な……っ」
未だ地面に身を投げ出し、満足に身を動かせない状態にある鳳藤。
しかしその表情は、先程までの恐怖に染まった物から一変。目をまん丸にして、口をパクパクとさせて言葉にならない声を漏らしている。
そんな彼女の視線の先にあるのは、まさに自分の踏み潰さんと迫っていた戦車の車体。しかしその戦車は、キャタピラをただ空回りさせるだけで、まるで前に進む事ができていない。
それもそのはず。
戦車は、突如として歩み割って入って来た、常識外れの存在――他でもない制刻に、その車体先端を踏みつけ抑えられ、完全にその動きを封じられていたのだから。
「――ちぃと、大人しくしてろ」
その制刻は、ヤクザ蹴りで戦車を踏み抑えながら、淡々と一言を紡ぐ。
最早説明するまでもないが、制刻はまさに鳳藤が戦車の餌食になろうとしていたその瞬間、その所へ。その中へ踏み込み割って入り、戦車を叩き踏みつけ抑えるという超常的ムーヴで、鳳藤を救ってみせたのだ。
「んな……な……」
一方、制刻の踏み込みのおかげで、九死に一生を得た鳳藤。しかし目の前の光景に、彼女からはそれまでの恐怖が吹っ飛んだのはもちろん、救われた事による安堵すらもそっちのけになっていた。
一方。まさに獲物をいただこうとしていた獅子のようであった戦車は、しかしその姿を一転させていた。
制刻は戦車を蹴り押し留めているだけでなく、伸びるその105㎜戦車砲の砲身を、片手の指先で押し退けて砲塔を強引に明後日の方向へと逸らしていた。これにより主砲はもちろん、同軸機銃も制刻等を狙う事はできなくなっている。
戦車のキャタピラはただ虚しく空回りして地面を滑り。退けられた砲塔は身じろぎでもするように、僅かな動きだけを見せる。
40t近い重量と、雄々しいまでの火力をその身に宿す鋼の獅子。陸戦の王者――しかし制刻を前に、その獅子はまるで躾を受けているかのような姿を晒していた。
「んな、ふざけた事が……」
そんな常識はずれな光景を前に、ただどこか力の抜けた声を零してしまう鳳藤。
「剱、立て。いつまでへばってんだ」
しかしそんな所へ、制刻が振り向き鳳藤にそんな促す声を飛ばす。それを受け、そこでようやく鳳藤は、ハッと意識を取り直す。
「っ!――っゥ……無理、言うな……!まだ、体が思うように動かない……!」
そして鳳藤は、意識を一度自身の身体に巡らせて、コンディションを掌握。それから、いつもの不躾な調子で要請を寄こして来た制刻に向けて、苦悶の滲む声で行動が難しい旨を伝え返した。
「ったく、しゃぁねぇ」
そんな鳳藤の回答に、制刻は面倒そうな色を隠そうともせずに零す。
その間も、戦車の方はと言えば、制刻をどうにか轢き潰そうと、キャラキャラとキャタピラを鳴らして藻掻いている。
「やかましい」
だがそれが鼻に付いたのか、制刻は一言零す。
そして瞬間、戦車の車体を踏みつけ抑えていた脚を、一瞬で素早く浮かし動かし。直後、ベギリッ――という鈍い音が響いた。
見れば戦車車体の前片側、そこにあった前部転輪が――なんと制刻の脚撃により、踏み抜き蹴り飛ばし、ぶち壊されていた。
蹴り抜かれた前部転輪は面白いほど簡単に脱落し、そのまま明後日の方向に弾け飛んでしまう。同時にキャタピラは千切れ、導く転輪を失った事で、機能を失い絡まり出す。
「メッ、だ」
キャタピラの悲鳴を上げだした鋼鉄の獅子に向けて、制刻は端的に一言発して見せた。
(ふぇ……――?)
眼下のあり得ない光景。醜く禍々しい存在が、少女達の相棒である鋼鉄の王者を、いとも容易く抑え留めている様子。
そんな信じられない光景を目の当たりにした恋華は、心の内で思わず呆けた声を漏らしてしまい、そして状況の理解処理が落ち着かずに、少しの間フリーズしてしまっていた。
『――な、なんでっ!?う、動かない……進まない!?』
『ほ、砲塔も動かないよっ……!た、隊長!』
『三尉!恋華さんっ!』
そんな彼女の耳に、次の瞬間身に着ける通信機より飛び込んできた、乗員の少女達の悲鳴のような声。それを聞き、恋華はようやく意識を取り直す。
「っ!――みんな、落ち着いて!とにかく――」
それを受け、恋華は乗員達に向けて、落ち着かせ指示の言葉を発し上げようとした。
「づっ――!?」
しかし瞬間。それを遮るように再び振動が、そして金属がぶつかる鈍い破壊音が、戦車と恋華達を襲い揺さぶった。
「!?――」
揺られながらも、恋華は眼下にその原因を見る。そして再び驚愕に襲われる。
戦車の左前転輪部が、戦車を踏み留めている存在によって、踏み抜き破壊されている。切れたキャタピラの上げる悲鳴が、上がり恋華の耳に届く。
しかし恋華の意識は、別に取られていた。
戦車を踏み留めている存在。その顔を、容姿を、そこで恋華ははっきりと目に留める――そして恋華は、その顔を青く染め、身を震わせた。
「っ……!?」
あまりにも醜く、嫌悪感を煽る顔。人の物とは思えない、異質で大きな怪物のような左腕。
存在としてあまりに歪なその姿が、恋華の背筋を凍らせた。
(なに……こいつ……こんな、醜い……)
青ざめた顔で、心の内でただ同様の声を漏らす恋華。
(ッ――美織!)
しかし、また取られてしまった意識を再び取り直し、毅然とした表情を作る。
そして内心で、願うように言葉を紡ぐ。それは、背後の丘の上に配置し、こちらを支援している重スナイパーの美織に、襲撃者への対応を願うもの。
直後――恋華のその心内をテレパシーで読み取ったかのように、呼応する重々しい銃声が響き渡った――
丘の上に配置する、重スナイパーの美織。彼女も、恋華の乗る戦車に起こった事態に驚愕していた。
普段は静かで揺らぐ事の無い冷たいその眼を見開き。スコープの先に映る、戦車が破壊される光景に、目を奪われていた。
「――ッ」
しかし、美織は直後に意識を取り直す。今の自らの役割は、恋華達の乗る戦車を援護し、危機から救う事。
抱き着くように構えた自らの相棒――バレット M82を動かし、そのスコープのクロスの中心に、戦車を襲う禍々しい存在を捉える。
「肉薄できたことで安心して、隙ができる――」
照準を安定させながら、静かに声を漏らす美織。
「そこが命取り……そして、チャンス――!」
照準が安定し、スコープ内に禍々しい存在が完全に収まった瞬間。美織は引き金を引いた。
響く、大口径対物ライフル特有の、重々しい発砲音。
そして撃ち出される、12.7mm弾。
一瞬後には、それが相手の身を粉砕する。それは確定事項――かと思われた。
だが――
「――……はぇ?」
冷たい表情と雰囲気が魅力的であった美織の口から洩れたのは、そんな間の抜けた声。
スコープに収めていたはずの、醜い相手の姿が、突如として視認できなくなった。
視界を遮りスコープいっぱいに映ったのは、何か緑色の〝壁〟。
それは――〝持ち上げられた〟、〝戦車の砲塔〟だった――
ボキリ――という鈍い音が響いた。
それは、戦車――リングキャットの砲塔と車体を接続する部品類が、壊れる音。
見ればリングキャットの砲塔は、まるでめくった畳のように。鍋の蓋でも開けたかのように、〝持ち上がって〟斜めに傾いていた。
「――え?」
「ふえ?」
「ひぇ?」
そうなれば当然、砲塔内側に設けられ下がるバケットも持ち上がる。そして、そこに登場配置していた、恋華始め砲手や装填手の少女搭乗員達も、同時に持ち上がり、外気に晒される事となる。
唐突な。理解の及ばぬ妙な事態に、搭乗員の少女達からは一様に、何が起こったのか分かっていないという、素っ頓狂な声が零れ聞こえる。
そしてほぼ同時に、持ち上がった砲塔の外側向こうから、ゴン――という何か鈍く叩かれるような音が届く。
それは、重スナイパーの美織が撃ち込んだ12.7mm弾が、しかし虚しくも狙った相手に届かず、持ち上がった砲塔に当たり阻害された音。
「――残念、はずれだ」
その狙いであった醜く禍々しい存在――制刻は、その音を聞き留め、淡々と煽る言葉を零した。
見れば、制刻は戦車の車体前部に乗って上がり、そして片手で砲塔の縁を掴んで持ち上げている。まるで砲塔を傘代わりに、雨宿りでもしているような姿。
そう、戦車の砲塔を持ち上げていたのも、また制刻であった。
制刻は、こちらを狙う重スナイパーの存在気配にとうに気付いており、そして撃ち込まれたその弾を、砲塔を持ち上げ障害物代わりにして、防いで見せたのであった。
「ヨォ――」
そして制刻は、晒され露になった砲塔内の少女達に向けて、その醜い顔に不気味な笑みを浮かべて、片手間といったように声を投げかける。
方や、搭乗員の少女達は、未だ状況理解が追い付かずに固まっている。
「……ッ――!」
しかしその中で恋華は、いち早く意識を取り直す。そして瞬間、彼女はその身を動かした。
恋華はまず、キューポラ上に出していた半身を即座に引き込み、砲塔内へと潜り戻る。
そして滑るように車長席を外れ、その先の、105mm砲の閉鎖機のとっかかりを両手で掴む。そして、まるで鉄棒技の大車輪のような動きで、己の身を振り捻り、突き出し。襲撃者に向けて蹴りを繰り出したのだ。
この間、わずか2秒以下。
砲塔を持ち上げられた事で空間が広がったとはいえ、その動きは容易く成せる物では到底無い。
恋華の、美しいまでの素早く正確な動きは、襲撃者に必殺の脚劇を叩き込む――
「――ゲブェッ!?」
そして上がった、鈍い悲鳴。
「っ!や、やった!」
「さすが、隊ちょ――」
聞こえ来たそれに、そこで遅れてようやく意識を取り直した搭乗員達が声を上げる。彼女達は、それが恋華が襲撃者を仕留め、上げさせた悲鳴を信じて疑わなかった。
――砲塔内の搭乗員達の間を、何かの物体が飛んで抜け――ボデッ、と。鈍い音を同時に聞くまでは。
「――え?」
一人の搭乗員の少女が、間の抜けた声を上げる。
そして砲手と装填手の少女達は、その物体の気配と音の発生源を、無意識に追って振り向く。
「ぉっ……ぉご……ォぇ……」
音の発生源は、砲塔を収めるための、車体に設けられるターレットリング内。その床面の後ろ隅。
そこにあったのは、彼女達の戦車長。
まるで放り出された人形のように叩きつけられ。
ぐりんと白目を剥き、鼻水と胃液吐瀉物を垂れ流し、舌を突き出し。
声とも音ともつかない苦し気なそれを口から漏らして、凛とした端正な物であったその顔を台無しにして。
ピクリピクリと不自然に全身を痙攣させる、恋華の姿であった――
「おいたは、アウトだ」
聞こえ響く、淡々とした声。
それは外ならぬ襲撃者――制刻のもの。
制刻は片腕で戦車の砲塔を持ち上げ続けつつも、その身を微かに捻り、そして空いたもう片方の腕で、拳を作っている。
最早言うまでもないだろうが、恋華をこの無残な姿に変えてみせたのは、制刻だ。
制刻は、達人の域で繰り出され襲い来た恋華の脚撃を、しかし軽く身を捻るだけで容易に回避。そして攻撃を失敗して隙を晒した恋華の腹部に、その拳をえげつないまでの威力で叩き込んでみせたのだ。
「隊、長……? 」
状況がまたも飲み込めずに、転がり痙攣する恋華の姿を、しばらく振り向き眺めていた搭乗員達。しかしやがて、彼女達は何が起こったのかを理解。
「――ぁ……あああ……ッ!?」
そして内の一人、装填手の少女が、狼狽えそして絶叫の声を上げた。
衛美という名である装填手は、恋華率いる部隊の中でも特に恋華を慕い、憧れを持っていた。
そんな彼女のまざまざと見せつけられた、憧れの女の無様な姿。それに彼女は狂乱し、砲塔側面に備わっていた機関けん銃を、掴み取って目の前の襲撃者へと向ける。大切な人の仇を打たんと。
「――ごびゅぅッ!?」
しかし、持たれた機関けん銃が憎き相手に牙を剥く前に、衛美の口から鈍く濁った悲鳴が零れた。 同時に銃口のぶれた機関けん銃から弾が飛び出し、砲塔の天井を虚しく叩く。
見れば、衛美の顔面には何か黒い鉄の塊がめり込んでいる。その正体は、戦車のキャタピラの一片。
「おいたすんなっ
そして飛び来て響くは、制刻の言葉。その片腕は、何かを投げ放った直後の形を作っている。制刻は、戦車の車体正面に備えられていた予備キャタピラを、得物として利用。投擲し、衛美の顔面に叩きつけたのであった。
「びゅッ……びェっ……」
いくらかセーブされた力での投擲であったが、それでもキャタピラ片は、衛美の顔面に見事にめり込み潰していた。そして衛美は装填手席の上で崩れずり落ち、憧れの恋華と同様、ビクリビクリと身を痙攣させる姿を晒す事となった。
「お前ぇぇッ!!」
「た、隊長ぉ!」
二つの声が同時に響いたのは、直後。
見れば、砲手席からは勝気そうな少女が、席より滑り繰り出て。車体の操縦席からは清楚と言った言葉の似あう少女が、機関けん銃を手にハッチを這い出て。それぞれが制刻に、向けて敵意を向けていた。
勝気そうな砲手の少女は、先の恋華とはまた別種のしなやかな動きでの回し蹴りを。這い出てきた操縦手の少女は、機関けん銃を構え向け、それぞれが制刻に向けて牙を剥く。
「――げゥッ」
しかし、儚くもそれは蛮勇に終わった。
先んじて勝気そうな砲手の少女から、濁った悲鳴が上がる。見れば少女の脚撃が届くよりも前に、制刻が迎え撃ち放った脚撃が、少女の腹に綺麗なまでの狙いで入っていた。
勝気そうな少女は胃液を吐きながら打ち飛ばされ、一度背後の砲塔内壁に叩きつけられた後に、ずるりと車体の床面に落ち、敬愛する恋華と並び無残な姿と変わる。
「びょぎッ――!?」
ほぼ同時に、妙な悲鳴が上がる。それは操縦手の少女の物。
ハッチ上に這い出し、憎き敵を狙おうとしていた彼女。しかしその脳天には、制刻の降ろした拳が落ちていた。
制刻は脚撃で砲手の少女を退けながら、器用にも、同時に操縦手の少女に拳を落として、双方を同時に無力化してみせたのだ。
操縦手の少女は脳天に落ちた拳に、目を剥き口を剥き、鼻血を噴き出し。清楚なその顔立ちを面白いまでに崩壊させながら、失神して崩れ落ち、操縦手ハッチの底へと沈んでいった。
「トコトンこっちの言う事を、聞かねぇ連中だな」
恋華を筆頭とする、戦車、リングキャットの搭乗員達をえげつないムーヴで全員無力化して見せた制刻。その制刻は、戦車車体上から一度戦車の内外に視線を流すと、呆れた様子で淡々と一言零して見せた。
「剱、雨宿り先は出来た。這って来るんだ」
戦車乗員達の無力化を確認した制刻は、それから背後。戦車の先で未だ地面で這いつくばっている剱に向けて、促す言葉を飛ばす。
「っゥ……!」
それを受けた剱は、全身を未だ苛む痛みに。そして不躾な制刻からの言葉に、その端麗な顔をひどく顰めながらも。戦車に向けて這い進み始める。
それを一瞥し確認した制刻は、それから戦車の砲塔内側に腕を突っ込み、そこに備わる同軸機銃を掴む。そして同軸機銃をほぼ壊しもぎ取る勢いで取り外し、それをつっかえ棒代わりに、持ち上げていた戦車の砲塔を支える。これにより、突貫の身を隠す所が完成。
「っぁ……ハァっ……!」
その一手間の間に、鳳藤は無力化された戦車の元に這い到達。どうにか戦車車体の正面装甲部に乗って上がると、そこにベタリと体を伏して、苦し気な息を漏らした。
「見るぞ」
制刻は、そんな鳳藤の首根っこを掴んで、自らの足元に彼女の身体を引っ張り寄せる。そして、荒々しく彼女の身体の診断を行う。
「――骨折は無ぇ、内臓破裂の様子も無し――ヤベェ事にはなってねぇ。対物ライフルクラスを食らってこれとは、摩訶不思議はなかなか大したモンだな」
診断の結果、鳳藤の身体に命に係わる負傷は無かった。
鳳藤の身に起こった一連の出来事をすでに制刻は掌握していたようで、制刻は鳳藤を守った魔法結晶の効果を、どこか他人事な色で評する。
「そろそろ動けるか?」
そして制刻は鳳藤に尋ねる。
「一応……だが、まだ全身が悲鳴を上げている……!」
「今は気張れ。後でよくケアしろ」
鳳藤は一応の肯定の言葉を返すが、同時にまだ体は不完全なことを訴える、しかし制刻は、端的にそんな促す言葉を返した。
「っ……というかお前、ここまで全部見ていたのか……?なら、私が彼女達に対応を試みた時、何をしていた……ッ?」
鳳藤は、苦悶の色を顔に浮かべながらも、どうにか戦車車体上で体を起こし、立て膝を突く。そして遮蔽物変わりとなった持ち上がった戦車の砲塔を影にしつつ、制刻を問い詰める。それは言葉通り、鳳藤が単騎行動を試みていた間、制刻がどこで何をしていたのかを問う物。
「あぁ、ちょいとコレを見つけるのに手間取ってな」
そんな鳳藤の言葉に、制刻は悪びれもしない様子で発し、そして片手で何かを翳して揺らして見せる。
それは鉈。制刻が近接戦闘の際に、主力装備としてよく用いている得物。
「ねぇと、ちと都合が悪ぃからな」
どうやら得物の鉈を探していた事が、制刻が遅れて駆け付けた理由らしい。
悪びれもせずに淡々と言う制刻に、鳳藤は苦い顔を作って返す。
「ッ……――しかし、この子達は……」
納得いかない心情を覚えた鳳藤だったが、彼女はそこまでで意識を切り替える。
そして足元眼下、砲塔内部を見て、複雑そうな声色で零す。砲塔内部各所には、目も当てられない姿で気を失った、無残な女搭乗員達の姿があった。
「殺しちゃいねぇ」
そこへ制刻から、淡々とした言葉がまた飛んで来る。どうやら制刻なりに、まだ状況が曖昧である事を鑑みての、一応の手加減はしたらしい。
「さて。一発ぶっ込んだが、どうすっか」
制刻は続けて零す。
なんとか危機を凌ぎ、形成をわずかだがこちらに傾けたものの、未だ多くの敵は健在である。その上での、続く行動を考える言葉。
「おい、ここでもう一度呼びかけるべきだろうッ。やり過ぎれば返って彼女達を……」
それに鳳藤が、意見の言葉を上げて挟み掛ける。が――
「――ッ、避けろッ」
「ぇ――ほぎゃぁッ!?」
制刻が突如として発し上げ、同時に鳳藤の尻を蹴飛ばしたのはその瞬間であった。
蹴り飛ばされた鳳藤の身体は、戦車車体のターレットリング内へと叩き込まれる。
そして制刻は、ターレットリング内に鳳藤を蹴り入れると同時に、自らも続き内部へ飛び込み降りる。
――複数の何かが、風を切るような音と共に飛来。カカカッ――と連続して、戦車砲塔の側面に〝突き刺さった〟のは、その直後であった。
「む゛ぇッ!」
戦車内部の床に顔から落ち、尻を突き上げた締まらない姿勢で、おかしな悲鳴を上げる鳳藤。
「チィ」
一方の制刻は舌打ちを打ちつつ、ターレットリング内で身を引くくし、カバー体勢に入る。
「むぉ……おまっ……何をするんだ……ッ!」
締まらない体勢からどうにか身を起こした鳳藤は、制刻を睨んで抗議の声を上げる。
「一瞬遅かったら、蒲焼んなってたぞ」
しかしそんな残念な姿を晒した王子様に対して、制刻は視線を寄こさず声だけで淡々と返す。
「何を……――」
最初その言葉の示す所が分からず、引き続き抗議の声を上げかけた鳳藤。しかし直後、鳳藤は視界の端に映った〝それ〟に気が付く。
持ち上げられ斜めに傾いている、頭上の砲塔の裏側側面。そこに見えたのは、一本の矢。外観からこの異世界で用いられる物では無く、和弓により用いられる物と思われるそれ。
しかし、今問題なのはそこではない。なぜならその矢の先端は、鋼鉄のはずの砲塔内面に突き刺さっていたのだから。
「んな……!?……矢……しかもこれ、和弓の……?」
頭上のそれを目の当たりにし、驚愕の声を上げる鳳藤。
そう、今しがた襲い来たのは、複数の矢。
砲塔内に刺さったのは、その内に零れ飛び込んだ一本であり、外部では同様に複数本の矢が、どういう理屈か砲塔側面に突き刺さり立っていた。
「ど、どうなって……」
「確かなのは、連中からのいらんお便りってコトだ」
困惑の様子を見せる鳳藤に、淡々とそして白けた口調で返す制刻。
そして制刻は、ターレットリングから視線を最低限出して、双眼鏡を構え外部を観察している。
方向は東北。剱もそれに倣い、視線を最低限出して肉眼で目を凝らす。
「……っ!」
そして鳳藤は、その顔を強張らせる。
先に見えたのは、一輛の戦車に一輛の装甲兵員輸送車。そして展開した、多数の歩兵と思しき影。おそらく先にジープで陽動を行っている際、回り込み包囲を仕掛けてきた敵の一隊。
それ等が隊伍を組み、こちらへと迫っている様子が見えた。
「なにぞ弓を構えてるのも見た。そいつが迷惑メールを寄こしやがったんだろう」
相手方隊伍の内に、矢撃の主を観測したのだろう、制刻がそんな言葉を呟く。
「悠長に言ってる場合か!おい、さっきも言いかけたが彼女達に……」
そんな制刻に苦言を呈し、そして鳳藤は再び意見の言葉を紡ごうとする。
《――……蔵です……誰か……聞こ……ますか……》
しかし今度は、それぞれが着けるインカムに、唐突に入ったノイズが。そして続いて聞こえ来た音声が、鳳藤のそれを遮った。
《……こちらは出蔵です……誰か、応答して……》
さらに立て続いて、今度は明確に名乗り、そして応答を求める声が聞こえ来る。それは、先に敵の砲撃によって吹き飛ばされて転覆した、73式大型トラックに同乗していた衛生隊の女隊員、出蔵の声。
「出蔵か?自由だ。そっちゃ生きてんのか、状況伝えろ」
制刻はすぐさまインカムを用いて呼びかけに返答。同時に、向こう側の状況を尋ねる言葉を、最低限で端的に送る。
《――自由さん……顎さんが……輸送科の顎さんが……先ほど、亡くなられました……――》
その問いかけに、弱々しくどこか苦し気な声で帰って来た、報告の言葉。
それを聞いた瞬間、制刻はその顔を微かに険しくし、そして鳳藤は目を剥いた――
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