雨上がり、僕はいつも涙。

桂木 京

雨上がり、僕はいつも涙。

大好きな人がいた。


その人は高校の時の2つ先輩。

僕と同じ、陸上部だった。

先輩はいつだって眩しくて、皆の人気者で……。

僕はその他大勢と同じように、先輩に恋をした。


「君さ、もっと自分のことグイグイとアピールしてもいいと思うよ。どうして実力があるのに隠しているの? 目立たないの?」


それは、僕が陸上部に入ってすぐのことだった。

中学まで運動部には所属せず、体力もなくクラスでも目立たない存在だった僕。

そんな自分を変えたくて、僕は陸上部に入った。

高校から球技と言うのも敷居が高い。


『体力づくり』という名目で、僕は陸上部に入部した。

頑張って続ければ、体力がついていくかもしれない。

そう信じて、僕はひたすら練習に励み、黙々と走り続けた。


そんな僕のことを、先輩は見ていてくれたのだ。


自分を認めてくれる人がいる。

今まで『陰キャ』と呼ばれクラスでも孤立しがちだった僕が、初めて学校で誰かに認められた、そんな瞬間だった。


先輩は、自分の仲間たちに僕のことを紹介してくれた。

あっという間に、実力のない僕でも部内で認知されるようになった。

このとき、僕は小学校からの学校生活で初めて、『一人の人間として』見てもらえて気がする。

そんなきっかけを与えてくれた先輩に、僕はいつの間にか恋に落ちた。


中学まで帰宅部だった僕が、運動部に毎日欠かさず出席し、きつい練習に耐えていく。

そんな姿、中学までの僕を知る人が見たら別人だと思うだろう。

そこまで人を変える、恋と言う感情に僕は不思議な力を感じた。


恋とは人間を変えるもの、とはよく言ったもので、今まで出来るだけ人と関わらないようにしようと日々を過ごしてきた僕は、部活中はもちろん、校内で積極的に先輩をはじめ陸上部員と話をするようになっていた。

そしていつしか、クラスの中でも積極的に話をするようになり、友達も増えていった。




先輩は、いつも僕には笑いかけてくれた。

僕も、たくさんの人と関わることで、そして少しずつ部活での記録が伸びるにつれて、自身をつけていった。


もしかしたら、先輩は僕のことが好きかもしれない。


そう思ったのは、梅雨も終わりかけの時期だった。

学校生活にも慣れ、五月病も乗り越え、夏休みに向けて心が浮かれてくるこの時期。

雨続きの毎日にうんざりはしていたが、そんなことよりも僕の気持ちは先輩に向いていた。


そして、もうすぐ7月になるある日、僕は先輩に告白をした。


「陸上部に入ってから、先輩に一目惚れしました。ずっと、先輩のことが好きです!」


元陰キャの僕にしては、かなり勇気を出した方だと思う。

先輩は、少し驚いた顔をして、苦笑いを浮かべた。


「君の気持ちは、本当に嬉しいよ。でもごめん。私……もう彼氏いるんだ。」


先輩の答えは、僕が予想していないものだった。

いや、今思えば、よく考えればわかったことなのかもしれない。


部活が終わると、そそくさと支度をして一番先に帰っていた。

部の仲間からの寄り道の誘いは、いつも断っていた。

日曜日の部活は、時々休んでいた。


思い当たる節は、いくつもあった。

それでも、僕は先輩が好意を寄せてくれている、そう錯覚したのだ。


『彼氏がいる』そう言われてからは、先輩のこれまでの行動にも全て納得がいった。

僕とは変わらずに接してくれたけれど、僕はそれが好意ではなく、後輩として優しく接しているだけだったのだと気づかされた。


それでも僕の心の中で、先輩に対しての想いは消えないままで……。


ある日の雨上がり、学校の昇降口で自分に向けたことの無い笑顔を彼氏に向ける先輩を見たとき、僕は人目をはばかることなく、泣いた。






―――――――――――――――――――




春になり、先輩は卒業した。

振られてから、どことなくぎこちない雰囲気だった僕と先輩。

このまま、挨拶も出来ないまま別れるのだろうな、そう思っていたが、式のあと先輩は、僕のことを待っていてくれた。


「よっ。最後に挨拶くらいさせろ。」


変わらない明るい笑顔で、先輩は僕に声をかけてきた。

僕は、どう返したらいいのか分からず、頷いた。

そんな僕に、先輩は小さなメモの切れ端を渡し、こういった。


「キミ、カッコよくなったよ。これからも私の自慢の後輩でいてね。」


ただ一言そういうと、踵を返し先輩は去って行った。

僕の返事を聞くこともなく。



渡されたメモには、先輩の連絡先が書かれていた。



――――――――――――――――――



先輩が卒業してからの高校2年間はあっという間に過ぎ、僕も高校を卒業した。

結局2年間、先輩にもらった連絡先には一度も連絡しなかった。

連絡したところで、先輩との距離が縮まるわけでもない。

先輩には、彼氏がいるのだ。

横槍を入れるような格好悪い真似は、したくなかった。


今思えば、意地を張っていたのだと思う。

あの時もし、先輩への想いが強く連絡していたら、少しは何か変わっていたのかもしれない。


高校卒業後、僕は大学に進学した。

地元にも大学があったし、偶然その大学が自分の受けたい学科があったので、そのまま地元の大学を志望し、受験。無事、合格を果たした。


自宅から通うことも出来たが、両親と相談した僕は、独り暮らしを経験し、独り立ちをしたいと、大学近くのアパートを借り、独り暮らしをすることにした。



―――――――――――――――――――――――――――――




それは、あまりにも呆気ない再会だった。


近所に実家があるのに、生活費を仕送りに頼ってなどいられない。

そう思った僕が始めた飲食店のアルバイト。

講義が終わった夕方から夜間にかけての仕事で、職場は半個室の雰囲気の良いお店。

人気店らしく時給もよく、待遇も良い。賄いもある。

一人暮らしの学生にとっては、天国のようなアルバイト先であった。


真面目にコツコツと。

それが僕の信条だった。

それは大学生になっても変わらず、僕はコツコツと仕事を覚え、そして社員からも評価されていき、短期間で時給も上がった。


「もう、バイトとか関係なくフロアリーダーやってもらってもいいくらいだな。」


「調理補助も出来るんだから、こっちに下さいよ。」


嬉しい声が社員たちの間であがり始めた、初夏。



「あ……久しぶり。」


先輩が、偶然来店したのだった。


先輩も驚いていたが、僕も驚いた。

そう、時間が止まったかと思うくらいに。


「この街にいたんだ……。なんだ、いるなら連絡くれても良かったのに~」


先輩は、昔と変わらない様子で、僕の顔を覗き込みながら苦笑いを浮かべた。

良い匂いがする。

髪の色も、少しだけ明るくなっていた。

化粧も、よく似合っている。


目の前に立つ女性は、すぐに先輩だと分かるほど変わらずに、ずっと女らしく変わっていた。


「僕も……知らなかったから。先輩がこの街にいるの……。」


あの時は、先輩に彼氏がいたから、連絡すると惨めだと思って連絡をあえてしなかった。

あれから3年、先輩はその時の彼氏とずっと仲良く付き合っていると思っていた。


「まぁ、いろいろあってね。」


「今日は、何名様ですか?」


「あ、2名。彼氏と来てる。」


僕の脳裏に浮かんだのは、あの日先輩が僕に見せたことの無い笑顔を向けていた、あの先輩だった。


「ごめん、お待たせ……。」


「遅いよ、もう……」


しかし、先輩の後から入ってきた『彼氏』は、僕が今まで見たこともない男性だった。


「先輩、同級生の彼氏とは別れたんですね。」


僕は、少し先輩に意地悪を言った。

目の前の男性が、自分の知る先輩ではなことで、別れたことなど当たり前のことだったが、その言葉には抗議の気持ちも含まれていた。


「うん、卒業してすぐにね。性格の不一致だったよ。」


悪びれることなくそう答える先輩に、僕は苛立った。

僕は、こんなにも一途に先輩のことを思い続けていたのに……と。

もっとも、そんな感情は先輩にとってなんら関係ないことなのだが。


「キミは? 彼女出来た?」


「……いいえ。」


「そっか~。大学生になって、イイ男になったんだけどね~。きっとすぐに出来るよ。」


自分のことは対象には含まれていない、そんな口ぶりで笑って言う先輩。


「なぁ、そろそろ……。」


そんな先輩に声をかける、『今の彼氏』。


「あ~ごめん。お腹空いたよね。行こ! また後でゆっくり話そうね!」


先輩は僕に手を振ると、彼氏の手を引き半個室へと入って行った。

その時僕が見たもの、それは……


彼氏の左手薬指に光る、結婚指輪だった。



「お前の先輩、既婚者と付き合ってたな。不倫かよ……」


店の仲間たちが僕のところに集まっては先輩の話をする。

お客様の噂話など、本当はしてはいけないことなのだが、そんな話が出てしまうほど、先輩は他の男性からも魅力的に映ったのだろう。


「そうみたいですね。僕も、知らなかった……。」


知らなかった、というよりも『知ろうとしなかった』が正しいだろう。

僕は先輩の卒業式の日に渡された連絡先に、一切連絡をしなかったのだから。

もし、連絡を取り合っていれば、今の彼氏のことも知ることが出来ただろうし、もしかしたら既婚者と付き合うこともなかったかもしれない。

僕が知っていたら、止めていただろうから。


その後、先輩は夕食を終え、彼氏と仲睦まじく退店していった。


「また来るね。キミがいるなら来やすいしね。」


そう笑顔で店を後にする先輩の姿を、僕は複雑な心境で見送った。




――――――――――――――――



それからも、先輩と『彼氏』は何度も僕の働く店に来た。

居心地が良かったのだろう。

ゆったりとした半個室、そして顔見知りの店員。

そういう店は、なんとなく常連感が出しやすい。


きっと、料理も二人の口に合ったのだろう。

1週間に1度のペースで、先輩と彼氏は食事に来た。



「お、この前休みだったよね。避けられたのかと思ったよ。」


「あぁ……先輩、いつ来るか分からないから……。」


「そうだよね。じゃぁ、今度から君に連絡してから来ようかな。連絡先、高校時代から変わった?」


「いいえ、変えてないです。」


「良かった~! じゃぁ、連絡するよ!」


彼氏の目の前で、僕とそんな話をする先輩。

しかし、彼氏はそんな様子など意に介していないようだった。

僕よりも立場が上だと思っているのだろうか。


そう思うと、少しだけイライラした。


その日の夜から、先輩から連絡が来た。

先輩と知り合ってから初めて、先輩とのやり取りが始まった。


それから、先輩は僕の出勤日を選んで彼氏と来店するようになった。

いつも楽しそうで、仲が良くて……。

こんな風に先輩と笑いあうことが出来たら、幸せなんだろうな、と彼氏を羨んだりもした。


そんな僕が、ずっと気になっていたのは、彼氏の左手薬指に光る指輪の存在だった。

先輩と婚約をしたのだろうか?

それにしては、ずっと先輩の指には指輪を見たことがない。

もしかしたら、そう思っていても、そのことを先輩に聞いてしまったら、僕と先輩のメールでのやり取りが終わてしまうような気がした。



『先輩、付き合ってどのくらいになるんですか?』


『もうすぐ2年かな~』


『結婚は考えてるんですか?』


僕は、こんな風に回りくどい方法でしか、先輩のことを訊ねることが出来なかった。

それでも、分かってしまった。


『きっと、結婚は出来ないと思う。』


この一言で、先輩が既婚者と付き合っているということを。





―――――――――――――――



梅雨が始まったあたりから、先輩と彼氏の雰囲気が変わった。

以前は仲睦まじく店を利用していた二人。

しかしその頃、二人の間の会話が少しずつ減っていったのだ。


「あの二人、喧嘩でもしてるのかな?」


「喧嘩してたら、そもそも夕食一緒には来ないだろう。」


「じゃぁ……もう仲が冷めきった?」


「それはあるかもな。既婚者相手に、彼女さんが重くなっちゃったかな?」


店の仲間たちが、それぞれ思っていることを口に出す。

そんなやり取りを聞きながら僕は不快感を押さえるのに必死だった。


(先輩が……相手にそんな態度を取るわけがない。上手くいかなければ次の恋を探す、そんな人だったじゃないか。きっと……先輩は好きなんだ……。)


恋愛を楽しむ、そんなところが先輩にはあった。

もっとも、僕が知る限りの彼氏は二人だけだが、付き合う相手には、常に本気だった先輩。


惰性で付き合い続けることなど、きっとしない。

何故か僕はそう確信していた。



―――――――――――――――




それからも、先輩と彼氏は店に来た。

少しずつ頻度が減り、少しずつ会話が減っていった。


その頃、僕は先輩に異変を感じていた。

梅雨時期の蒸し暑い日が続く毎日。

そんな中でも先輩はいつも長袖だったのだ。


僕が覚えている限り、先輩は長袖が好きなわけではない。

ノースリーブや半袖の私服をたくさん持っていて、そのどれもよく似合っていた。

夏の先輩の姿は、キラキラしていた。



だからこそ、不自然だったのだ。

ずっと長袖を着て、無理に笑顔を彼氏に見せようとしている、そんな先輩の姿が。


「ご馳走様。いつも美味しいからこの店、好き。」


お会計の時、いつも私に微笑みかけてくれる先輩。


「先輩、今度は一人で来てください。休みの日でも、僕……出てきますから。」


そんな先輩に、僕は勇気を出してそう言った。

今のままで、先輩は幸せなのだろうか?


このままでいいのだろうか?


それが、知りたくて。




冷やかすでもなく、先輩は翌日一人でやってきた。

蒸し暑い夕方。

僕は店長に頼んで早く上がらせてもらい、先輩と個室に入った。


「どうしたの? そんなに怖い顔して……。」


先輩は、僕が緊張しているのを察し、わざと僕を冷やかすように言う。

僕は、表情を変えないまま言った。


「先輩の彼氏さん、既婚者ですよね?」


一瞬、先輩の表情が凍り付いた。


「不倫は、良くないです。先輩だったら、きっともっといい人が……」


「貴方も、皆と同じことを言うのね。」


僕が話している途中で、まるで話を遮ろうとするように、先輩はいつもより少しだけ低い声で言った。


「不倫は良くない、ちゃんとした人を探せ。みんなそう言うわ。でも……どうして私があの人を好きになったのか、誰も聞かない。私が誰を好きになろうと勝手じゃない!」


僕はこの時、初めて感情を露わにする先輩の表情を見た気がする。




先輩は、僕の反応など気にせずに話を続ける。


「いつだって恋をしていたい。恋をすれば私は輝いて居られる。ずっとそう思って生きてきた。あの人は……私のことを初めて『輝いてる』って言ってくれた人なんだ!」


先輩の表情が歪む。

きっと、本人も今のままではいけないということなど分かっているのだ。


「先輩は、輝いているって、ちゃんと口で言って貰えなければ、納得できない人なんですか?」


先輩が現状を理解しているからこそ、僕は腹が立った。


「口で言うのは簡単です。でも、ずっと先輩が輝いているって思っている人が相手でなければ、先輩はきっとこの先も幸せにならない!」


僕の言葉に、先輩が逆上したのがすぐに分かった。

先輩の右手が、僕の左頬を思い切り張った。

燃えるような熱さ、そして痛み。

手加減などしていなかった。


「貴方に何が分かるの? あの人の何を知っていてそんなこと言うのよ!」


先輩は、僕に憎しみの表情を向け、思い切り叫んだ。



辛かった。

でも、そんなことはどうでもいいと思った。

このままでは、先輩の方がずっと辛くなる。そう思ったから。


「彼氏さんのことは知りません。でも、今は先輩のことを大切にしていない。それだけは分かってしまった。」


「まだいうの!?」


もう一度、先輩が右手を振り上げる。

僕は避けるでもなく、先輩の手首を掴んだ。


「僕は何度殴られたって構わない。でも、先輩を殴る奴は……僕は絶対に認めないし、分かろうとするつもりはない!!」


そのまま、僕は先輩の着る長袖の袖を捲った。


「やめて……。」


振り払おうとする先輩。

僕は必死に先輩の手首を掴んだまま、袖を完全に上げた。

先輩の腕は、痣だらけだった。


「彼氏さんから暴力を受けている。そうですね?」


僕が言った途端、先輩はぽろぽろと涙を零した。



「殴られたって……蹴られたって、別れたくなかったんだ。あの人のこと、好きだったんだよ……。」


長袖を脱いでくれた先輩。

その腕に、肩に、無数にできた痣。

それがどれほどの暴力を受ければ出来るものなのか、僕には想像も出来なかった。


先輩は彼氏とのことを話してくれた。

当初は僕が見たままの、楽しくて仲の良い関係だった。

しかし、先輩が結婚したいと言った日から、彼の態度は豹変したらしい。

別れたくないと付き従う先輩の存在を良いことに、暴力を振るい暴言を浴びせる日々に変わったそうだ。


「一回り以上も若い女だし、遊ぶのには丁度良かったんだろうね。暴力や暴言が原因で私が別れを切り出せば、それはそれで清算になる。私はもう用済みなんだよ。」


泣きながら、先輩が言う。


「でも、今あの人に離れられたら、私は一人ぼっちだ。もう、私のことを輝いてるって言ってくれる人には会えないかも知れない……。」


僕は、先輩の肩に先輩の長袖をかけた。


「僕は、高校生の時からずっと、あなたのことを見てきた。あなたは依然と何一つ変わらない……輝いてる人だと、僕は思ってます。」


本当に、無意識だった。

気が付くと、僕は先輩にそう言ってしまっていた。


「そんな、取ってつけたようなこと……。だって、最近まであなたは連絡くれなかったじゃない……。」


高校卒業から、僕は先輩に連絡をしなかった。しかし、その理由は先輩が嫌いになったからではない。


「僕とは違う異性が隣にいると思っていたら、連絡なんて出来ないですよ。悔しくて、悲しくておかしくなってしまう!」


僕だけの先輩だったら良かったのに。

ずっとそう思って今まで過ごしてきた。

高校時代に振られたときのように、梅雨時の雨上がりは、なぜか涙があふれてくる日も多かった。


「それでも、先輩が幸せなら、笑っていられるならいい、そう思ったんです。でも、今は違う。そんな先輩を見てるのは辛いし、僕なら……もっと先輩を幸せに出来る! 笑顔に出来る! 僕が知ってる、輝いてる先輩は、いつも笑ってたんだから!

!」



ずっと、高校時代から言えなかった言葉を、ようやく言えた。

高校の時、確かに告白したが緊張のあまり大していい言葉が選べなかった。

でも、今回は伝えたかった。


自分には、先輩がいつだって輝いて見えているということを。


「私と一緒に居ても、幸せにはなれないよ。」


「そんなことは僕が決めます。」


高校時代には勇気がなくて言えなかった言葉を、僕は勇気を出して口にした。


「僕はずっと、高校時代に先輩に告白したあの日からずっと、先輩のことが好きでした。そして、今も好きです。」


数年越しの告白。

そう、時に遠ざけたりもしたけれど、僕の気持ちの根っこの部分は何も変わってなかった。

先輩のことが、出会ったあの日からずっと、好きだったんだ。


先輩は、困ったように苦笑いを浮かべたが……。



「……まずは彼氏と別れる。順番はちゃんとしないとね。」


そう言って、僕に微笑んだ。

僕はその表情と言葉がOKだと悟った。


「ゆっくりでいいです。僕はずっと待ってますから。」


もう、何も不安はなかった。

僕が、先輩を幸せにしていこう。そう思ったから。


「ねぇ、どうして泣いてるの?」


先輩が指で僕の頬を拭う。

店内のテレビからは、梅雨明けを知らせるニュースが流れていた。



「あ、雨……止んだね。」


店の外に出た僕たち。

先輩が嬉しそうに両手を広げる。

そんな先輩を見ながら、僕は呟いた。


「まったく……。僕は雨上がりにはいつも、泣いてばかりだ。」


悔しくて泣いた。

辛くて泣いた。

後悔して泣いた。

心配して、泣いた。

毎度毎度、梅雨の終わり、雨あがりの時に。


でも、今回は違う。

心から嬉しい、幸せだと思った涙。


これからは、ずっとこんな涙を先輩と二人で流していけたらと思う。



「ねぇ、これから付き合うんだから、私のことはもう名前で呼んでよ。」


「え……名前、ですか……。」


「あと、敬語も禁止。学校の2年は大きいけど、社会人になってからの2年なんて、同じようなものだよ。」



これからは、先輩の笑顔を守り続けていこう。



もう、悲しい思いはさせない。

一緒に、幸せになろう……。

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