第2話 はじまり②
早春月……
その日は、早朝まで降り続いていた雨が止み、辺りは水滴により昇り始めた陽の光で、大地が眩く照らされていた。まだ肌寒い風が吹き、身構えてしまいそうな空の下、広大な峡谷に足を運ぶ2人の人の姿があった。
2人のうち、1人は背丈が高く、長い髪を垂らした女性だった。彼女の背には大きな赤茶色の翼が生えていた。
彼女の後ろには、女性よりも少し背丈の低い少年が歩いていた。彼の背中にも大きな白い翼が生えている。
女性は、断崖絶壁の前に立ち、少年の前に佇み遥か遠くを指した。
「さあ、お行きなさい。旅立つのですよ」
その言葉に少年は、少し戸惑う様子を見せていた。
「どうしたのです?」
「ぼ……僕は、先生見たいにまだ上手に飛べません……もう少しだけ時間を頂けませんか?」
彼女は、戸惑いを見せる少年を見て、怒りはせず少し笑みを浮かべた表情を見せる。
「先月も同じ事を言いましたね。私は貴方に強制させるつもりはありません。ただ……私達は羽根人……その背中の大きな翼で大空を飛び回る事、これが我々が生きる意味でもあります。空を飛び回る事に抵抗があるなら、その背中の大きな翼を切り落として、人間として生きて行くのが良いでしょう」
女性の厳しい言葉に少年は反論出来なかった。
少し厳しい言葉を投げ掛けた女性は、少年の側に近付き、優しく抱きしめ彼の頭を撫でる。
「大丈夫です。何時も教えている様に、まずは助走して翼を大地に打ち付ける様に羽搏かせるのです。上空に舞い上がったら……後は上昇気流に乗って、上手く飛行するだけ」
「何時も簡単に言うけど……難しいよ」
少年の言葉に、女性は溜息を吐く。
「良いですか、よく見ていなさい」
それを聞いた少年は女性から離れた位置へと移動する。
断崖から離れて、女性は背中の両翼を大きく広げる。彼女の身の丈よりも大きい赤茶色の翼、その翼を羽搏かせながら、彼女は助走する。
バアン!バアーン!
大地を撃ち付ける様な轟音と、強い疾風が巻き起こる。離れた位置に立つ少年の場所まで砂煙と石粒が飛んで来た。
その直後、ブアアーン!と、舞いがる音が聞こえると同時に、大きな翼を広げた女性の姿は、大空の彼方へと舞いがっていた。
「全く……慣れて居るから……簡単に言うけど……」
少年は、峡谷の下に見える景色を眺めた。落下したら無事では済まされない光景に、彼は震えあがる。
「ぼ……僕も羽根人だ。やってやせる!」
彼は自分の背中の両翼を広げる。女性と同じ様に助走付けて、白翼を羽搏かせて、大空に向かって舞い上がって行く。
ブアン、ブアアーン。大地を叩き付ける様な加速と助走で少年の身体は、空高く上昇して行く。更に翼を空中で激しく舞い上がらせる、前方に雲が見え、濃い霧の様な中を突き抜けて行く。
灰色に染まった様な視界を抜けて、更に少年は上昇し、雲の中から抜け出すと周囲は青く染まった世界へと抜け出した。
バアアー!
翼を大きく広げ、空高くゆっくりと広げて周囲を見渡すと、見渡す限り青色に染まった景色が視界一杯に広がる。遠くに太陽が見え、眼下には真っ白な雲がゆっくりと流れて行く。その隙間から、自分達が居た大地が小さく見えた。
海に囲まれたファーラル、それを上空から見下ろすと、球体の様な形をしている事に気付く。「わあ……すごい」と、彼は呟くと同時に、先生を追って飛んだ事を思い出す。
「先生飛べましたよ!」
彼は女性である先生を探そうとするが、見当たらない。
「あれ……先生?」
彼は、女性を探す事に気を取られてしまって、翼を羽搏かせるのを忘れてしまう。その直後、彼は激しい気流に呑み込まれてしまう。
「や……やばい、態勢を整えなければ!」
そう思ったが、急降下した状態からの態勢の直しが難しく、落下速度に追い付かない。翼を広げようとするが、激しい気流に飲み来れた状態では、下手に翼を広げると、急降下の勢いで翼が危険だと、彼は直観で感じた。
「ま……まずい、このままでは……」
遥か遠くに見えた地面がもの凄い勢いで近付いて来るのが見える。
「あわわー!」
少年は、叫び声を上げながら崖に真っ逆さまに転落して行く。
*
ハッ!と……少年は目を覚ました。
目を覚ました少年は、自分が薄暗い室内のベッドの上に居る事に気が付く。
「お目覚めかね?」
男性の言葉に気付き、目の前を見ると、鉄格子の反対側には体格の大きい男性と、その背後に複数名の男達が立っている事に気付く。
「ああ……」
大きな翼を背にした少年は、ベッドから起き上がり周囲を見渡した。自分が現在居る場所は何処までも続く大空の下では無く、薄暗い空間に囲まれた場所の中だと改めて知る。
「ところで、僕は……ここに閉じ込められて、今日で何日目になるのかな?」
「3日目だ、全く……首都の上空を飛行して捕まる者なんて初めて聞いたぞ」
「まさか、翼竜で追われるなんて思って居なかったから……」
彼は鉄格子の向こう側に居る男性達に向かって愛想笑いしながら答えた。
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