第16話 異世界へと

 者よ、我を超えていくのか」


「そうだ。そして、女神も――」


 俺の言葉は最後まで届くことなく、竜はゆっくりと崩れ落ちていった。巨大な体が地に沈む様子を見届けた俺は、振り返ることなく出口へと向かう。古びた扉の先に何が待ち受けているのかはわからないが、少なくとも今いる場所よりはマシだと思いたい。


「ヴィル、行ってくるぜ」


 そう呟いて重い扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。その隙間から光が差し込み、眩しい太陽の光が俺を包んだ。久しぶりに浴びる暖かさが、肌に心地よい。


 小鳥のさえずりが響き、風が森の木々を揺らしてささやく音がする。草の香りが仄かに漂い、川のせせらぎも聞こえてくる。見上げた空には、まさに空の支配者たちが飛び回っていた。やっと、俺は異世界に辿り着いたんだ。


 森の中を歩いていると、突然、草がざわりと揺れる音がした。驚いた俺は思わず構えたが、草むらから現れたのは……美少女だった。漫画やゲームで見たことがあるような長い耳、整った顔立ち、そして異世界特有の衣装を身に纏い、その姿はどこか幻想的だった。だが、彼女は追われているようで、ところどころ斬られたような傷があり、息も荒い。


「どこの誰かはわかりませんが、助けてくれませんか……お礼は必ずします、だからお願い……」


 彼女はゼェゼェと息を切らして、大木に手をついて立っているのがやっとのようだった。その時、後ろから聞こえてきたのは荒々しい男の声。


「あのクソ女、どこに消えた!」


「おい、そこに隠れていろ」


 俺がそう言うと、彼女はゆっくりと頷き、大木に寄りかかるようにして倒れ込んだ。


「おい、こんなところで寝てるとは……それにしてもエロい体だなぁ」


 男がそう言いながら近づいてくるのを見て、俺は静かにスティックを握りしめた。


「暗殺者」


 音もなく、男に忍び寄り、とどめを刺す。倒れた男を見下ろしながら、まだ追手がいるのか、複数いるのか、判断がつかないが、しばらくは様子を見てみよう。今は彼を囮にすることにする。


「おい、大丈夫か?ゼビロ!」


 次に現れたのは、顎と口元に髭を生やした中年の男。剣を持っているが、この世界でいう冒険者か、それとも別の何者かはわからない。ただ、女の子が助けを求めている以上、何かしらの事情があるのは確かだ。


「くそっ、誰にやられた!」


「俺だよ」


 俺はその言葉と同時に、次の男にも一撃を加える。


「ぐあっ!」


 男はすぐに倒れた。さて、他に追手はいるのか? それとも、これで終わりなのか?


「……終わりか?」


 辺りは静かだ。誰も来ない。俺は少しだけ体を休めることにしたが、次の瞬間、急に揺さぶられた。


「おい、おい、起きろ、起きろって!」


「は、はい、今起きます!」


 目を覚ました瞬間、彼女が俺に向かって頭突きを食らわせ、驚きながら剣を構えた。


「囚人! 私に何をしたぁ!」


「何もしてねぇよ! あぶっ、振り回すなよ!」


 彼女が剣を振り回した拍子に、俺は思わず武器で防御する。カキンという音が響き、俺は剣を弾いた。


「なんですか? その武器は」


「これか? これはな、アイスホッケーのスティックだ」


「あいす、ほっけ、すていく……?」


「そうだ、俺はあんたを助けただけだ。誤解するな」


 彼女は少し冷静さを取り戻し、俺に向かって深々と頭を下げた。どうやら礼をする気になったようで、袋を差し出してきた。袋の中を見ると、金色に輝く金貨が山ほど入っている。


「ありがとうございます。では」


「いや、ちょっと待ってくれ……実はさ、この金の使い方がわからないんだよね?」


 彼女は冗談だろうという表情でこちらを見つめてくる。エルフらしい美しい顔立ちに、ほんの少し呆れたような色が浮かんでいる。


「……はあ?」

 

 やがて夜が訪れ、焚き火の音が静かな夜に響いていた。じわじわと火の温かさが体に染み込んでくる。彼女が袋から取り出した食べ物を食べている中、俺の腹が空腹を訴え、鳴り響いた。彼女は驚きながらも微笑みかけてきた。


「よ、よければ食べますか?」


「いいのか? 悪いな、助かる」


 俺は遠慮なく、彼女がくれた得体の知れない硬いパンのようなものをガツガツと食べ始めた。しかし、そのパンは驚くほどの硬さで、歯で噛み砕くのが困難だった。


「硬いな……」


「あはは、こうやって火にかざすと柔らかくなりますよ」


「そうなのか、ありがとう」


 パンを焚き火で温めながら、彼女と少し言葉を交わした。その間も彼女はじっと俺を見つめ、やがて尋ねてきた。


「ところで、あなたは囚人なのですか? なぜ囚人がこんなところに?」


「脱獄したんだ」


 俺があっさりと答えると、彼女の表情が一瞬にして変わった。やはり警戒していたのだろう、彼女は素早く立ち上がり、剣を抜いて俺の喉元に突きつけた。一歩手前でその剣は止まり、俺は冷や汗をかいた。


「それ以上近づけば命はないと思いなさい」


「はいはい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る