第4話 出発のカナタ④

 タリアは速度を上げつつ走り去るカナタを見送った。

 その姿が見えなくなると、手早く通話装置に手を伸ばした。

「ええ、手筈とおりよ。」

 相手に手早く指示を出すと、「すぐにそちらに向かうわ。」と告げその場を後にした。


 アドホリック商会、機装整備工場。

 先日までは静かだった最奥の整備台が、にわかに慌ただしくなっていた。

 そして作業を続ける整備士を、白衣をまとった雰囲気の異なる集団が見守っている。

「首尾はどおかしら?」

 工場へ着くなり、タリアはその集団へ声を掛ける。

の解析は予定通り進めております。」

 一団の中で頭一つ大きい男が答える。

 その前で作業を進める整備士が「外装外すぞ!」と声をあげる。

 その声に反応した男は整備台の方へ視線を戻す。

 報告を途中で止めた男を咎めるでもなく、タリアも整備台へと目を移す。


 巨大な整備台の上から垂れ下がる鎖に繋がれた機装。

 カナタの相棒であるキャリー。

 その大きく膨らんだ背部の外装が取り外されていた。

 外装の中には、その装甲を支えていた骨格フレームがあり、さらにその奥には2本の柱状の物体が収められていた。

 整備士たちは手早くむき出しの骨格を外すと、整備作業用の軽機装を呼ぶ。

 呼ばれた軽機装は物を上げ下げする力作業用の機体だった。

 その作業用途ゆえ、手は簡易型の3本指タイプである。

 軽機装はその3本指を操り、キャリーの背部を下から支えるようにつかむ。

、外すぞ!」

 再び整備士の声が響く。

 その声に合わせて、軽機装がキャリーの背部ユニットを取り外す。

 それはまるで大型機装の下半身を逆さまにした様な形状。

 いや、それは間違いなく聖剣と呼ばれる大型機装の下半身であった。

 キャリーの正体、それは聖剣キャリバーの擬態、もしくは移動形態。

 聖剣は魔導帝国時代末期に人類と戦った魔物たちの主、魔王と戦うために作られた大型機装の1つである。

 その中でもキャリバーは魔王討伐を果たした名もなき『英雄』の搭乗機であった。

 キャリバーを解析することで聖剣に使われている技術を回収する。

 これがアドホリック商会がキャリバーの整備を引き受けた理由である。

 ただ、カナタがどのような経緯でキャリバーを入手したのかは不明だが、彼女はただの機装以上の感情をキャリバー、いやキャリーに抱いている。

 同志、もしくは友だち、仲間とも言える感情を抱く彼女が見ている手前、キャリバーの解体整備は実施しにくかった。

 そこでタリアが実施した策が、免許取得問題の顕在化だったのだ。

 無論、策を取るまでもなくキャリバーの操縦免許問題はあった。

 しかし、仮にも国難を救った者を無免許で違反切符を切るのもいかがなものかと、特例扱いに傾きかかけていた。

 そこへ本人のためにも特例は良くないと、タリアは免許を取らせる方へと主張したのだった。

 これによりケルンステンの議会は、これまではキャリーを自作機扱いとして免許問題は不問としつつ、整備後は正規の大型機装として操縦にしかるべき免許を取る必要があるとした。


「さて、いよいよね。」

 タリアがそう言いながら見上げる。

 そこにはキャリーの背部パーツを外したことで露出したキャリバーの操縦室の後方が見える。

 すでに白衣の男たちが操縦室内に入り、何かを探している。

「有りました!」

 やがてその声とともに捜索していた1人が顔を出す。

 その手には小さなブロック状の物体が握られていた。

「思ったより小さいのね。」

 タリアが小さく驚きの声をあげる。

「ええ、コレで間違いないかと。」

 脇に立った背の高い男が返す。

 その声からは感情は感じられないが、表情はどこか嬉しそうであった。

 まるで念願のオモチャが手に入ったのに、喜びを隠す子どものようである。

 そんな男を無視しタリアはクレーンでユックリと降ろされる物体に視線を固定している。

「これが、聖剣キャリバーの思考装置……。」

 小さなつぶやきがこぼれる。

 タリアは騒がしい工場の中でも響くわたったような気がした。


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