第3話 出発のカナタ③
翌朝、カナタはタリアとの面会のためアドホリック商会本店へと出向いた。
もっとも店の開店後を指定されていたので、昼といっても差し支えない時間ではあったが。
ともかく、カナタはタリアに指定された店の裏手へと回り込んだ。
裏側は商品の搬入出が行われるため、業者が直接馬車などから荷下ろしできるように専用の停車場がある。
表の華やかさとは異なる質素な作りだが、商会の規模に見合ったなかなかに大きな施設である。
カナタが呼び出された場所はその一角にある小屋。
そこはタリアが個人の取引先を受け入れるために用意した場所である。
もっとも小屋とは言っても馬車が入る程度の車庫を備えており、下手な家屋よりは大きい。
扉の閉じられた車庫の前を通り過ぎ、カナタは小屋の戸の前に立った。
呼び鈴に取り付けられた紐を引き、手を離すと紐が巻き戻るのに合わせてベルが鳴りひびく。
しばらくすると戸の奥からパタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえ、戸が開く。
戸の奥、玄関にはタリアが立っていた。
ただ、その姿はいつもの豪華なドレス姿ではない。
質素なツナギに作業用の厚手のエプロンと言った出で立ちであった。
「あれっ? え〜と、タリア……さんですよね??」
普段からドレス姿を見慣れていたカナタは思わず確認する。
「私に決まってるじゃない。 今までドレスしか目に入ってなかったの?」
少し不機嫌な顔で聞き返すタリアに、本人だと確信したカナタは慌てて、手と顔を左右にブンブン振って否定する。
その姿を見たタリアが思わず吹き出す。
カナタに背を向け、両膝に手を乗せた状態で肩を震わせる。
「そんなにおかしいですか?」
カナタが憮然とした表情で尋ねる。
それを聞いて振り返るタリアは目尻に浮かんだ涙を拭いながら答える。
「ごめんなさいね。 あなたが面白いとかではなくて、人は一面で判断するものだなって思ったらおかしくなって。」
「やっぱりバカにされてません?」
なおも憮然としたままのカナタに対し、ようやく落ち着いたタリアが、頭を下げる。
「改めて謝罪するわ。 不快にさせてごめんなさい。」
突然の真摯な言葉にカナタが焦る。
「いやあの、怒っているとかじゃないので……、こちらもゴメンナサイ!」
タリアに負けずに深々と頭を下げるカナタ。
しばらくそのままの姿勢が続くが、お互いに同じタイミングで顔をあげる。
思わず合う視線。
一瞬、唖然とした表情の2人だったが、どちらからともなく笑いだしていた。
その時、カナタはタリアに対するわだかまりが溶けたような気持ちになっていた。
「こっちに来て。」
ひとしきり笑ったタリアは用事を思い出したとばかりに、近くにある車庫へと繋がっているドアを開いてカナタを招く。
その誘いを受けて車庫へ入るカナタ。
大型の馬車が2台は入りそうな広い車庫はがらんとしていた。
「ここに何が?」
もの珍しそうにキョロキョロと見回しながらカナタが尋ねる。
「あなたに用意した物が有るのよ。」
そう言いながらタリアは車庫の奥へと向かう。
その後をついて行くカナタにタリアは続ける。
「大型免許取得まで、キャリーの代わりが必要でしょ?」
部屋の奥にあったホロがかけられた物の前まで来ると、タリアは横にズレ手招きでカナタを前に呼ぶ。
見ればタリアはホロを取るような仕草をしている。
カナタは恐る恐るホロの端を手に取り引く。
ホロは思いの外、大きく重い。
少し引いた程度では取り払えないので、思いっきり引っ張る。
勢いのついたホロは宙を舞い、その中に隠されていた物が姿を現す。
それは
その名の通り馬に似せた機装だが、より高速移動に特化した姿で前後の脚の内側には車輪が取り付けられている。
普段は安定のために脚を開いた状態で車輪を使い走行するが、高速移動形態として左右の車輪を合わせた2輪形態とすることも可能な機装だった。
「キャリー君の代わりって、使っていいんですか?」
思わずカナタが聞き返す。
ただでさえキャリーの整備費用は国持ちである。
そこに加えて仕事の足を用意されるとは思わなかったからだ。
「当たり前じゃない、
当然とばかりに答えるタリア。
「あ、ありがとう、タリア!」
感極まり頭を下げて礼を言うカナタ。
「わたし……、免許取得がんばるね!」
そして、そのままの姿勢で決意を表明する。
その姿にどこか気恥ずかしさを覚えたタリアが、顔を紅潮させながら窓に顔を向け、ボソリと返す。
「……、ま、まぁ、がんばりなさいな。」
空気に飲まれたのか、普段の調子とは異なる雰囲気の言葉が口をついた。
それを聞いたカナタは顔を持ち上げ、一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、満面の笑みを浮かべた。
カナタはこんな笑顔を向けたのは、この街で2人目。
つまりカナタはタリアのことをアリス同様の友だちと認識したのだった。
「もちろん足を用意したからには、仕事もしてもらうわよ。」
タリアは直視するには恥ずかしい、その笑顔をなるべく見ないようにしながら言葉を続ける。
「書類を少し急ぎで届けたいの。」
少しだけ普段の調子に戻りつつ依頼内容を話し出す。
内容は単純な書類の輸送。
電波を使い音声や画像は遠方に送ることができる世の中であるが、送信した画像を紙へ転写する技術は失われて久しい。
そして電波を送受信できる機材は帝国時代からの
復元された品物は市販されるが高価であり、誰もが簡単に持てる代物ではない。
そのため、専用機材を必要としない紙の書類は今でも重要なのである。
「それに機装馬の慣らし運転には丁度いいはずよ。」
そう言いながら、近くの机に置かれた配送物である書類を収めた封筒と記入済みの契約書を持ち上げる。
「なんだかんだ言っても用意周到なんですね。」
喜びの余韻の中にあきれのようなものを含ませつつ、カナタは契約書に目を通す。
「ん?」
その目がある一点で止まる。
それは配送先の所在地。
『教区街』と書かれていたその一点。
教区街といえば、電波塔を崇拝対象とし、また生活必需設備として整備を行う技術的宗教団体、アルバート教会のこの地方での最大の活動拠点である。
元より電波塔の整備から派生した宗教ゆえ、一般信徒の戒律はゆるく、また生活に必要な電波塔を崇拝しているため信徒は多く、教区街はその信徒や巡礼者目当ての業者が集まる一大都市である。
そこには様々な国の出張機関や、大商店の支店があり国際都市としての側面もある。
そのため、そこにある支店へ書類を届ける事自体はあり得る話だ。
問題はケルンステンからの距離だ。
つい先日もカナタは
「教区街へ2日後にって、本気ですか?」
思わず聞き返す。 前回より1日短いのだ。
「大丈夫よ、この機装馬はキャリーより速度は圧倒的上だから休憩を取りつつでも十分よ。」
そう言われてカナタは考える。
前回は諸々の事情から街道から外れた荒野を荷物を満載して向かったのだ。
必要な荷物だけ積んで街道を直進すれば間に合うかもしれない。
もちろん、そのためにはタリアが言うようにキャリーより機装馬が圧倒的に高速で疾走できればである。
そう考えるカナタにタリアは依頼の説明を続ける。
「本当は荷物の配送を頼んだ
そう言いながら、タリアは書類を振る。
カナタはそれを見て、雑な扱いに見えるが大丈夫かと思った。
「でも荷物の受け渡しには必須な書類だから隊商が教区街に到着する明後日までには届ける必要があるのよ。」
なおもパタパタと書類を振りながら話すタリア。
その書類の雑な扱いはカナタから見ればこれ程に説得力のない話しはない。
「とっ、とりあえず、準備しないと……。」
本当に重要書類なのか不安になりつつも、カナタは出発の準備に取り掛かろうとするが、その後ろ姿にタリアが声を掛ける
「必要な物は
「え、いいんですか?」
驚くカナタ。
商会から持っていっていいということは、必要経費も商会持ちと同義だった。
通常、必要経費は依頼完了後に協会から支払われるのが通例であり、依頼を受けた直後は持ち出しが通例だ。
これは経費が不当に安くされないようにする、業者保護のためだ。
しかしアドホリック商会ほどの規模となれば経費を安く買いたたけば、逆に不正を疑われる。
つまりは言い値で経費を使えるのだ。
もっとも、経費をちょろまかして得られる収入などたかが知れている。
せいぜい、数日は良い食事にありつける程度だ。
カナタもそんな小銭稼ぎをしたいとは思っていない。
さらにこれから機装馬を全力で走らせようと言うのだ。
必然的に選べる物は、必要な物を適量だけだ。
そこまで考えての、品物持ち出し許可だろう。
「なら有り難く使わせてもらうよ。」
カナタは少し考えた後、タリアの言葉に甘えることにした。
宿に戻れば仕事に必要な物は大体揃うとは言え、全てではない。
そのため、買い足しが必要になる。
それに時間的制約も大きい。
ならば使い慣れた物に近い品物を見繕って、直ぐに出発したほうがよい。
カナタは小屋を出ると、勝手知った商会の倉庫へと向かった。
しばらくしてカナタは選んできた品物を持って小屋へ戻った。
そして、機装馬の後ろ脚の脇に取り付けられたラックに荷物を取り付けていく。
取り付けるのは寝袋と、携行食品、水が4日分。
それらを左右バランスよく設置すると、右前脚の脇に護身用の狩猟用長銃を収める。
街道を行くとはいえ、野盗や
万が一に備える必要はある。
「だいたい準備は終わったみたいね。」
ふと後ろを見ると、いつの間にか席を外していたタリアが戻ってきていた。
その手には黒い薄手の衣服を持っている。
「機装馬の動力炉は両足の間だから長時間、素足のまま乗ったら低温やけどになるわ。」
そう言いながら手に持った服をカナタに手渡す。
それは身体にフィットした上下のインナースーツだった。
「要所に
そう言いながら、タリアは部屋の奥の仕切りを指差す。
あんに「早く着替えろ」との指示だ。
カナタは古い衣服を直しながら使うタイプなので、新しい衣服をいきなり着るのには抵抗があった。
しかしタリアの好意(おそらく製品モニターも兼ねてるのだろうが)を無下にもできない。
カナタは渋々、インナースーツを持って仕切りの中へと入った。
「へぇ、なかなか……。」
インナースーツを身に着けた感想は驚きだった。
上下合わせれば首から下、手足以外の全身を覆うインナーなので、締め付けによる閉塞感を危惧していた。
しかし、その適度に締め付ける着心地は程よく身体に緊張感を与える。
また鋼糸に魔導鋼を使用しているので、本人の
ひと通り軽く身体を動かしたあと、カナタは普段着ているシャツとホットパンツをインナースーツの上から着込むと、仕切りの外へと出た。
仕切りの中から姿を現したカナタを見たタリアが満足そうにうなずく。
「やっぱり、カナタの普段着ならインナーは白が正解ね。」
「気にするとこ、そこですか……。」
機能を気にしているカナタに対し、タリアはコーディネートを気にしている。
その落差に思わずカナタは脱力した。
「何言ってるのよ、私が勧める以上、性能は折り紙付き。 だから、その次は見た目よ。」
勝ち誇るように告げるタリア。
そして、ハンガーにかけられていたフード付きマントをカナタへ投げてよこす。
カナタは投げられた愛用のマントを掴むと、そのまま身に纏った。
「準備は万端ってとこかしら?」
そう問いかけながろ近づくタリアに、カナタは無言でうなずく。
「なら、これをしっかり届けなさい。」
書類を入れたカバンを手渡す。
カナタはそれを機装馬の後部にくくりつけ、軽く最終確認をする。
必需品に過不足なし。
早速カナタは機装馬へまたがる。
当然ながら座り心地も操作感もキャリーとは異なる。
それも次第に慣れるだろう。
そう考えながら意識を集中させる。
身体の中で魔力が循環するイメージ。
十分に全身に満ちたことを確認したら、手足からそれを放出する。
その魔力が機装に流れる。
それは機装が身体の一部になっていく感覚を伴った。
スマートキーを入れ、ペダルを強く踏み込む。
機体内に満ちた魔力を燃料に、動力炉が始動する。
このタイプの機装は魔力そのものを動力として使用できないため、動力炉でエネルギー転換を行っているのだ。
始動からしばらくして、動力炉の稼働が安定したことを計器で確認したカナタは、機装のハンドルに引っ掛けておいたゴーグルを手に取る。
そのゴーグルを手早く装着すると、カナタはタリアの方を向いた。
「それじゃ、行ってきます!」
元気よくあいさつすると、スロットルをひねり機装を発進させる。
動力炉が動く低音と車輪が地を駆ける音の二重奏を奏でながら、カナタは出発した。
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