第2話 出発のカナタ②
深夜、作業員もいなくなり、明かりを落とされた機装格納庫は僅かな星明かりすら届かない闇の中だった。
整備台に固定された
それらの再奥、なかば隔離された区画に2体の機装が格納されていた。
一方は他の機装と同じく整備台に固定され、肩などの装甲が取り外されている。
その反対側には両脇の下に通された鎖により天井から吊るされており、よく見ると脚部が外されていた。
直立しているのは『聖剣』アーメスダイン。
国家守護、竜殺しなどの二つ名で呼ばれるこの国の守護神とも言える機装。
そして、もう1体がキャリーである。
2体ともに先の反乱未遂及び、
この2体は怪竜種の女王である、
今は動力を落とされ静かな機体、その側に人の影が現れる。
この様な時間に現れる人間は侵入者以外ない。
だが侵入者は、周囲を物色することもなく吊るされた機装に近づく。
そして機装の腕に触れると、ゆっくりと抱きしめた。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう、依頼を受けなければよかったかな?」
小さい声だったが、人のいない格納庫では思った以上に反響していた。
「とっとと出発していればこんなことにならなかったんだけど、キャリー君が『報酬として整備を依頼したら』とかいうから……。」
侵入者、カナタは動かないキャリーに不満をぶつける。
確かに整備の話を持ちかけたのはキャリーだ。
だがそれは、すでにカナタの素人整備では限界が近いためであり、もし整備を受けずに立ち去っていたら、キャリーは程なく行動不能になっていただろう。
それは分かるが、カナタにとって数ヶ月におよぶ長期滞在は
正確には発掘したキャリーの再起動するまでの間、半年近くは拠点を定めていたのだが、その頃は人との接触を最低限としていたので、今ほど特定の人間と濃密なやり取りはなかったのだ。
それに対しカナタは戸惑っているのが本音だった。
「こんなことなら……。」
キャリーを見上げるカナタの目には涙が浮かんでいる。
[こんなことなら依頼を受けなければよかった?]
不意に近くから声が聞こえた。
カナタは驚きながらも、身構え声の方を向く。
そこには1台のスピーカーが置いてあった。
[慣れないことの連続だから、辛いかもしれないよね。]
スピーカーから優しい声が響く。
「アリス?」
スピーカーの近くにマイクがあることに気づいたカナタは、それに向かい問いただす。
[そう、あなたの友達。 今は工務店の店主アリスよ。]
声の主が返す。
アリスは工務店々主という設定で配信を行っている女性だ。
以前は定期的に配信をしていた人気配信者だったが、今は本業が忙しくなり配信も不定期になっている。
もっとも
そんなアリスはカナタにとって、ケルンステンで最初の依頼主にして始めての友人だった。
明るく面倒見もいいアリスは友人も多く、今のカナタの交友関係は彼女の紹介が中心だ。
[本当ならそっちに行って話しを聞くところなんだけど、さすがに深夜の格納庫に侵入は出来ないから。]
少し笑いながらアリスは話しを続ける。
「そ、そんなことないよ。」
涙を拭いながら答えるカナタだが、涙声だけは隠せていない。
「アリスの方こそ大変だし、わたしを構ってる時じゃないんじゃ……。」
[関係ないわ。]
気づかおうとするカナタに、アリスはピシャリと言う。
[私が大変なことと、あなたの辛さは関係ないわ。 例え原因が同じところにあっても。]
冷静に話しをするアリスに、カナタは言葉を紡げない。
確かに2人の抱える問題は共に同じ事件が原因だ。
だからといって、それぞれの悩みに優劣は無いとアリスは考えている。
自分の抱える問題の方が対外的な影響が大きいとはいっても、個人ごとの悩みの大きさは対比できるものではない。
[だからさ、辛かったら話を聞くから、いつでも私の部屋に来なよ。]
姉の様な優しい言葉が続く。
だがカナタはまだ躊躇する。
「でも、こんな個人的な悩みのために国王陛下の部屋に行くなんて……。」
アリスの正体、それはこの国を納める第14代ケルンステン国王アリアスである。
先日、死亡していたと思われた兄王子の反乱を鎮圧し正式に王位を継承したばかりの新米国王だ。
反乱は主に軍部を二分しての争いとなったが、最終的に反乱は現体制側の勝利によって終わった。
そして今は国の立て直しが、アリアスの主な仕事であった。
日数にして数日、一般市民の生活には影響のない戦いであったが、国外勢力の介入や突然の
そんな問題と比べるまでもないとアリスは語っているのだ。
[もちろん政治を疎かにするわけじゃないわ、でも……。]
アリスが静かに語り続ける。
[カナタの悩みと比べるものではないのよ。 あなたの悩みは、あなた自身の重要問題なのだからね。]
カナタの抱えていた恐れ、それは変化していく自分への違和感。
アリスもかつて同じ思いを感じていた。
様々な条件が重なり国王になったが、それは決められたルートではなかったからだ。
ある日、身内の立て続けの訃報と共に次期国王に選定された。
それまでは市井で生きることを決め、学者を目指していた彼女には青天の霹靂であった。
そこからは反乱もあり散々悩んだ、その一部はカナタも見てきた。
その
カナタはアリスの心づかいに温かいものを感じていた。
「……ありがとう。」
ポツリとカナタがつぶやく。
そして両手を力強く握り、話しを続ける。
「わたし、もう少し頑張ってみるよ、不安はあるけど。」
つとめて明るく笑顔で話すカナタ。
その声を聞いて、アリスは少し笑いがこぼれた。
[そっか、じゃあ頑張りなよ。]
「うん!」
アリスの励ましの言葉に、カナタは元気に答える。
それを聞きつつアリスは、ふと思い出したことを告げる。
[そうそう、困ったらタリアも頼るのよ。 態度はアレでも、かなりカナタのこと心配してるのよ。]
「ええ!?」
思わずカナタの口から驚きの声が漏れる。
そして、この場がタリアの実家所有であることを思い出し慌てて口を塞ぐ。
「……とてもそうは見えないけど……。」
小声でつぶやくカナタ。
しかし、その声はしっかりとマイクに拾われている。
[
アリスの声に憂いのようなものが混じる。
[だからね、友達とか横のつながりはスゴく不得手なの。 だけど根は優しいの、私のことだって王女だって知らないで、助けてくれたのが始まりだったし。]
後半はどこか懐かしさを帯びた言葉だった。
[ともかく大型免許の件も、タリアなりに考えていると思うから聞いてみるといいわ。]
湿った話しになるのを避けるかのように、アリスは明るく話を締めくくった。
「う〜ん、タリアの気持ちはまだよく分からないけど、相談はしてみるよ。」
そんなアリスの心情に気がついているのか、カナタは普段どおりの調子で返した。
[よし、大丈夫そうね。 なら今日は宿に帰って明日からの仕事に備えなさい。]
そう告げるとスピーカーの通信ランプが静かに消えた。
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