街角のカナタ

サイノメ

第1章 出発のカナタ

第1話 出発のカナタ①

「わたしが免許違反!?」

 人々が集う表通りの食堂。

 その奥に設けられた一段高いエリアから声が響く。


 夕方という時間もあり、仕事帰りに食事と酒を求め集まり始めた人々が思わず声の方を向いた。

 そこには立ち上がりテーブルに手を叩きつける褐色の少女が目に入る。

 そして人々の視線は少女の向かいに座る者へと移る。

 少女よりは少し年上の女性が赤いドレスを身にまとい座っていた。

 その女性を見た一同は心のなかで同じことを思った。

(触らぬ神に祟りなし。)

 アドホリック商会の跡取り娘タリア。

 経営者として非凡な才女であるが、厳しい性格ゆえプライベートではなるべくお付き合いしたくないタイプの人物だった。

 そんな彼女がいる席だ、人の視線は自然とそのエリアから離れていった。


 一方、そんなことも気にしていないタリアは目の前の少女を凝視する。

 驚きに目を開いた彼女は身を乗り出しており、その銀髪が自分に触れそうなほど近い。

「これは別に私が決めたことではないのよカナタ。」

 冷静に言い放つタリアだが、内心では話し相手へのアプローチを間違えたかと考えていた。

 普段の商談なら結論から話した方が早いので、今回も同じように機装の操縦免許に違反していることから伝えたのだが、結果はこの驚きようだ。

「だって操縦免許は取得してるし、更新も定期的に受けてるんですよ?」

 どうやら彼女自身は違反している気はまったくないようだった。

「免許って、軽機装操縦免許でしょ? あなたの相棒は重機装よ。」

 タリアは違反事項について指摘したが、カナタは納得していない。

「でも、オーダーメイドは軽機装免許でも操縦可能ですよ?」

 語尾を強めに反論するカナタに、タリアはやれやれと言った感じに頭をふる。

はお世辞にもオーダーメイドとは言えないわよ。」

 先日起きたある事件がもとで、この都市国家『ケルンステン』の国民にカナタの相棒である機装『キャリー』の存在は知られている。

 より正確に言えば、その隠された機能についてだ。

 そして、その事件を解決させる際にキャリーは大きなダメージを追ってしまい、かつこれまでに累積していた負荷により行動不能におちいってしまったのだ。

 事件そのものにケルンステンが関係していたため、国の支援のもとキャリーのオーバーホールが行われている。

 だがそれに合わせてキャリーの検定が行われた結果、キャリーは逸品物ではあるが、と認定されたのだ。

 認定よりさかのぼって違反判定をする訳にはいかないので、過去は不問となったのだがオーバーホール後に関してはそうはいかない。

 そのことを伝えるため、オーバーホールを担当するアドホリック商会はタリアをカナタのところへ向かわせたのだった。

 それは先日、たまたま共通の友人の紹介で2人が出会っていたので、見知らぬ者が伝えるよりはという配慮でもあった。

 だがタリアの性格を考えると人選としては微妙だったかもしれない。

(こんなことなら、無理にでもネイムに頼めばよかったかしら。)

 相性の悪さを痛感しながらタリアは思う。

 ネイムとは、これまた2人に共通する知人の騎士てあり、温厚な性格からカナタとタリア、どちらにもうまく立ち舞われる人物だった。

 もっとも今は軍部の問題を解決するべく奔走しており、そう簡単に街の食堂に顔を出せる状況ではないのだが。

「ともかく、あなたには機装キャリーの修理が終わるまでに重機装の操縦免許を取得してもらうわ。」

 一方的に宣言するタリア、その勢いに負け椅子に座ったカナタだが納得していないようだった。

 とは言えタリアもこの件でこれ以上、カナタに話すことはない。

「とりあえず、明日は依頼があるから商会まで顔を出して。」

 それだけ言うと、その場をあとにした。

 残されたのは仏頂面のカナタと手のつけられていない料理の数々。

 支払いはアドホリック商会持ちの信用払いとなっているので、手をつけなくても何も言われないだろう。

 だが、カナタは目の前の料理に手を出す。

 次々と口へと運んでいき、ついには2人前の食事を1人で平らげその場をあとにしたが、終始その顔は仏頂面のままであった。

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