第15話


 電子音とともに、エレベータの扉が開いた。

 そこは5階の廊下だった。


「はあ…、助かった。」

 

 安心して、気が抜けたかのようにナズナが声を出した。


「ついに5階だな。」

「ここから探さないといけないわけですね。」


 俺とナズナは、ようやく安心して状況を確認しあった。


 そんな俺とナズナの様子を見ながら、ホノカさんは5階の廊下へと足を踏み出した。


「ツバキ君、ナズナさん。これから、血液・一般検査室を探しましょう。」

「はーい。」


 クールな雰囲気で周囲を見ているホノカさんに、明るくナズナは答えてエレベータから出た。

 俺もナズナの後に続く。

 ナズナが元気そうになって、何よりだった。


 そして、俺も5階の廊下を確認する。


 パット見る限り、5階の廊下は、2階や4階と同じ構造に見える。

 暗闇の中、スマホのライトを頼りに進んでいった。


 エレベータから出て少し進むと検査の受付が見えてきた。


「この先は、検査のエリアなのね。」


 ホノカさんは呟く。

 そして、廊下の両側には様々な部屋があるが、どれもドアが固く閉ざされているようだった。


「放射線検査室。МRI…。」

「まだ、先かしらね?」

「じゃあ、もっと進みましょう!」


 ナズナの元気な声で、ホノカさんも先に進み始める。

 そして、ドアの上にあるプレートで確認をしながら廊下を進んでいった。


「あっ、あそこ!」


 ナズナが突然声を上げた。


「血液・一般検査室か。」


 スマホのライトで照らすと、その文字がプレートに浮かび上がった。


「行ってみましょう。」


 ホノカさんは、そう言ってその部屋へと進んでいく。

 見た目では、その検査室のドアは他の部屋と同じように固く閉ざされているように見えた。


 ホノカさんは、その検査室のドアに手を掛けた。

 すると、見た目とは違ってすんなりとドアが開いたように見えた。


「入りましょう。どうやら、私たちを助けてくれている霊がいるみたいね。」


 ホノカさんが先に入り、俺たちもそれに続く。


「それは、あの病室にいたような?」

「そうね、その霊もそうだけど。その他にも、いろいろよ。個々の力が弱くても、その数は多いわ。…かなり恨みを買っているようね、屋上の存在は。」

「そう、ですか。」


 ナズナもなにか思う所はあるようだ。

 

 ホノカさんが、その広い検査室を見回す。


 壁際には大きな業務用冷蔵庫のようなものが並んでいた。

 中に人一人くらいは、悠々と入るくらいの大きさだ。

 その大きな冷蔵庫は、4つあった。


 そして、それ以外に複雑な機械があちこちへと置かれていた。

 それらは俺には全く用途が分からないが、どれも検査用の器具だろうか。


 じっくり見ると、その大きな冷蔵庫には血液型のプレートがある。

 ということは、これらで間違いはあるまい。


「輸血パックは、この冷蔵庫の中かな。」

「そうね。でも…」


 俺の言葉に、ホノカさんは言葉を濁す。


「でも?」


 俺が問いかけると、ホノカさんは少し困ったような表情を浮かべた。


「この冷蔵庫、開けられるかしら。」

「え?」


 どういう意味なんだろう。

 見る限り、普通に開けられそうだが?

 デカいから開けずらいとか?


 俺は冷蔵庫に近づこうとした。


「ちょっと、待って。」


 俺は、冷蔵庫への接近をホノカさんに止められた。


「あの…。」

「私が開けるわ。」


 ホノカさんは、冷蔵庫に近づいた。

 いや、もしかして

 もしかして、ヤバい奴?


 そんな雰囲気は、今のところは検査室内には無い。


 俺は、思わず息を飲む。

 隣にいるナズナもじっと、ホノカさんの様子を伺っている。


 ホノカさんは、冷蔵庫に手をかけた。


 しかし、その手を掛けようとしたとき。

 その開けようとした、隣の冷蔵庫の扉が勝手に開きだした。


 その隣にある大きな冷蔵庫のドアがゆっくりと、しかし確実に動き始めた。

 誰も触れていないのに、その大きなドアが開いていく。


「え?」


 ドアが完全に開いた瞬間、中から霧のようなものが溢れ出してきた。

 真っ白い霧。

 冷蔵庫と外気温との差によって生み出されている霧だろう。


 ただ、おかしなことに、その霧の中に何か人型のものが見えた。

 それは人の形をしているみたいだ。

 しかし、明らかに冷蔵庫の中にいるのは人間ではないだろう。


 霧が一瞬晴れた。


 青白い肌、異様に長い手足。

 その顔には、ぽっかりと空いた目玉のない眼窩が見える。


「キャッ!」


 ナズナが悲鳴を上げる。


「下がって!」


 ホノカさんが俺たちを守るように、立ちふさがる。

 その瞬間、ホノカさんの体から強烈な光が放たれた。


 目が眩むほどの光。

 俺は思わず目を閉じる。

 光が収まったとき、冷蔵庫から出てきた「何か」の姿はなかった。


「大丈夫?」


 ホノカさんが振り返る。


「あ、ああ…」

「な、なんですか…今の?」


 ナズナは俺にしがみついて、ホノカさんに聞いている。


「おそらく、この場所を守っている霊のようね。」


 ホノカさんは俺たちの方を向いた。


「でも大丈夫。今のでしばらくは現れないわ。」


 ホノカさんは、解放された冷蔵庫に近づき、中を覗き込んだ。

 霧なんて一切ない。

 遠くから俺とナズナはその冷蔵庫の中を見ているが、さっきの霧のようなものはなんだったんだろう、という感じだ。


 ホノカさんは、冷蔵庫の中を隈なく見ている。


「あったわ。」


 彼女が取り出したのは、赤い液体の入ったプラスチックの袋。間違いなく輸血パックだ。


「さっきの霊が守っていたものよ。これを持っていきましょう。」


 ホノカさんが言うことを信じると、これは確かに重要そうなアイテムだ。


「これで、対抗できますね!」

「何もないよりもマシな程度かもしれないけどね。」

「そうですか?」


 ホノカさんはナズナに悲観的なことを述べる。

 いや、ナズナが能天気なのか。

 どっちが正しいのか、俺には判断がつかなかった。


「なあ、そのパックは保冷用の袋とかに入れなくていいのか?」


 俺はなんとなく聞いてみる。

 そこらへんに保冷用の袋のようなものはない。


「それは大丈夫よ。別に輸血するわけじゃないの。だから血であれば、なんでもいい。」

「そうか。なら、このまま持っていこう。」

「でも、パックが傷ついたりしたら、血だらけに…」


 ナズナはそう言って、周囲を見る。


「あっ、これ保冷用じゃないでしょうか?」


 ナズナが指を差した先には、保冷用と思われる肩掛け式のボックスがあった。

 釣りなんかで使われる、クーラーボックスのようなもの。

 それに一人で持てるくらいには、小型だ。


 おっ、良く見つけたな、と俺は思った。

 まあ、さっき俺が良く見ていないということなのだが。


「じゃあ、ナズナさん。それに入れて持っていきましょう。」

「はーい。」


 ナズナは、その肩にかけることが出来そうな白いバッグを手に取る。

 白い発泡スチロール製だろうか?


「重くないか?」

「軽いですよー。」


 そう言って、ナズナはホノカさんから輸血パックを受けとる。

 そして、バッグの中に入れる。


「俺が持つ。」


 そう言って、俺は床に置かれたそのボックスを自分の肩に掛ける。


「先輩!かっこいい。」


 どこか冷やかすようなナズナの声。

 まあ、実際、そんなに重くない。


「ツバキ君。無理はしないようにね。」

「大丈夫だ。」

「先輩は、重いとすぐに重いっていうので、問題ないですよ、ホノカさん。」


 ナズナのやつ…。

 しかし、言われてみると

 確かにそうだな、と思った。


 まあ、自分に正直なのは良いことだろう、と俺は思った。


「じゃあ、屋上に向かいましょう。」

「ラジャー。」


 ナズナが元気に応答している。

 そして、ホノカさんの号令で俺たちは、この部屋から出ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る