第8話


 それからナズナと二人で話をしたり。

 はたまた、俺とナズナがバスの運転席へ行って、バスのブレーキを踏んだり、サイドブレーキを掛けようしたり。

 いろいろと試行錯誤をしていたが、一向に状況は変わらない。

 バスはどこかへ進んでいる。


「うーん、先輩。なんだか、山の中へバスが進んでいってますよ?」

「そうだな。」


 いやだな、と思うが

 バスを止められてない以上、仕方がない。

 飛び降りるなんてできないし。


 明るい月の光の下で、バスは上り坂を登っていく。

 くねくねとした山道だ。

 白いガードレール。その向こう側は断崖絶壁で、どこまでも木々が見えた。

 樹海だ。


「ここ、どこだろうな。」

「私たち、とんでもないところに来てしまいましたね。」

「まるで、富士の樹海みたいだな。」

「そうですね。でも、どこかの山には間違いなさそうです」


 俺たちはそんな勝手な感想を言いつつ、窓の外を見ていた。


 バスは相変わらず滑らかに山道を登っていく。

 暗い山道が続いている。


「先輩、あれ…」


 ナズナが指さす方向を見ると、遠くに小さな明かりが見えた。

 

 田舎のドライブインのような形の建物らしきもの。

 山道から脇に逸れて車で入る、その建物。


 色褪せて、汚れが遠目でも目立つ。

 看板や建物は、長年の経年劣化が見て取れる。


 駐車場に、車は一台も止まっていない。


「営業中なのか?」

「そうみたいですね。」


 店内から光が漏れていた。

 その雰囲気を一言で表せば、不気味だ。


 月の光の下、得体のしれない道にある色褪せたドライブイン。

 

「不気味だな。」

「そうですね。」


 俺たちが話し合っていると、バスは減速を始めた。


「あ、先輩。バス、停まりそうです。あそこにバス停、あります!」


 俺は、ナズナが指さした先を見る。


 確かに、ドライブインの近くにバス停があった。


 窓側の席からだと、運転席が邪魔で見えていなかったのか。

 それとも単純に、俺の注意力不足だったのかもしれない。


「本当だ。停まるみたいだな」


 俺はナズナの言葉に頷きながら、バスの動きを注視した。

 確かに、バスはゆっくりと減速し、ドライブインの前にあるバス停に向かって進んでいた。

 これまで、停車するというアナウンスなどはなかったが、確かに停まりそうだ。


「先輩、降りるんですか?」


 ナズナが不安そうな顔で俺を見上げた。

 正直、俺も迷っていた。

 このような不気味な場所で降りるのは危険かもしれない。

 かといって、このまま無人のバスに乗り続けるのも不安だ。


「うーん、どうしようか」


 俺たちが話していると、バス停の前にバスが停車した。

 もちろん、アナウンスなどは一切ない。

 まだ、バスのドアは開いていない。


 そこで、俺は考え込んだ。

 ここで降りれば、少なくともバスから出られる。

 そして、ドライブインに人がいれば、助けを求められるだろう。


 一方で、バスに乗り続ければ、どこに連れて行かれるか分からない。

 とりあえず、バスの中は空調も効いている。

 車内灯も明るい。


 得体のしれないドライブイン。

 昭和時代からずっとあるかのような建物。

 俺には、それがまるで異世界のお化け屋敷のように見えた。


 本当に、あの中に人がいるのだろうか?


「俺には、あの建物にいる悪霊が誘っているようにみえる。」


 俺はドライブインのほうを挿しながら、そう語る。


「よくある怪談とかで出てくるような感じの建物ですもんね。」

「そうだな。」


 俺たちがそんなことを話し合っている間。

 いつまで経ってもバスのドアは開かない。

 まるで、俺たちを降りさせようとしない、そんなバスの意思を感じた。


「降りられませんね、先輩。」


 ナズナの言葉に、俺も同意せざるを得なかった。

 バスのドアは依然として閉じたままで、まるで乗客である二人のことを考えていないかのようだった。


 その時、俺の目の端に何か白いものが映った。


 ドライブイン横のバス停にいる。

 白いワンピースを着た女性。


 ぼさぼさの黒い髪が腰まであった。

 顔は見えない。

 女性の長い髪によって、顔が隠されているのだ。


 古典的なホラー映画で出てくるかのような、悪霊だ。

 女性の悪霊。


 見間違いか?

 俺は、その姿をしっかりと確認しようとした。

 

 しかし、次の瞬間。

 その女性の姿は消えていた。

 初めからいなかったかのように。


 いくらバス停付近を見ても、誰もいない。


 その白い女性の姿は、ほんの一瞬しか見ていなかったにもかかわらず。

 俺の目に焼き付くかのように、鮮烈な印象に残った。


「ナズナ、バス停に…」


 言葉を途中で止めた。

 ナズナの表情を見ると、彼女も何かを見たようだ。


「先輩、私も見ました。白い服を着た女性。」

「長い髪だった?顔が長い髪で見えない?」

「ええ、そうです。バス停のあたりに居ました。」


 ナズナは怖いのか、俺にしがみついてきた。


「先輩、怖いです…」


 俺も正直、怖かった。

 だけども、こんなときにこそ、俺はナズナを守らなければいけない。


「俺が一緒にいるから。」


 空元気かもしれないが、俺はそう言った。

 そして、ナズナの震える身体を抱きしめる。


 俺たちが恐怖に震えて、身体を寄せ合っていると、バスは再び動き出した。

 ドライブインの不気味な姿が窓の外で小さくなっていく。


 しばらくの間、俺とナズナは無言でいた。

 さっきまでの異様な光景が、まるで悪夢のように感じられる。


「先輩…あれは、なんだったんでしょうか?」


 ナズナの声には、恐怖が感じられる。

 まあ、確かに怖い。

 俺も怖いが。

 ナズナを安心させるために、俺は冷静を装う。


「さあな…幻覚、とは言えないよな。俺たち二人とも見たわけだし」

「そうですね。やっぱり、幽霊ですか?」

「そうだな。だとしても…」


 俺は、次の言葉を考える。

 そうだ。


「あれは、バスには乗ってないと思う。」

「どうしてそういえるんですか?」

「さっきのバス停で、ドアは開いていないからだ。」


 そう、俺が行った時だった。

 車内の明かりが消えた。


「先輩!先輩!先輩!やばい!やばいですよ。これ」


 ナズナがテンパっている。

 彼女は、その恐怖から俺にしがみつくような形となった。


「大丈夫。大丈夫だ、ナズナ。」


 俺は落ち着いた声で言ったが、正直、恐怖心しかない。

 暗闇の中で、ナズナの暖かな体温が伝わってきた。


 バスの車内は真っ暗で、月明かりだけが頼りだ。

 窓の外から漏れる月明かりが、かすかに周囲の輪郭を照らしている。


「ナズナ、スマホのライトを使おう」


 俺はポケットからスマホを取り出し、ライトを点けた。

 ナズナも同じようにした。

 二つの光源によって、車内の通路や座席が照らされる。


「先輩…」


 ナズナの不安げな声が聞こえる。

 俺も怖いが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。


 周囲は、スマホの明かり頼りだ。


 そして、気が付いた。

 バスの前。運転席のすぐ横に、人がいる。

 いや、人でないかもしれない。


 なぜなら、あの長い黒髪を持つ白いワンピース姿の女性。

 

 立っている。

 無人の運転席のすぐ横に女性がいた。


 その様子は、さっきバス停で見た姿から変わっていない。


「先輩!先輩!あれ!」

「ああ、分かってる!」


 女性の姿は、ゆっくりと俺たちの方へと近づいてきている。

 何かを伝えたいのか。

 何かをしようとしているのか。


 しかし、ゆっくりとした歩みでこちらに向かってきていた。


 その姿は、まさに幽霊そのものだ。

 ナズナが俺にしがみついてくる。


「後ろへ移動するぞ!」


 俺は叫んだ。


「はい!」


 俺の言葉で、ようやく行動を始めたナズナ。

 彼女は、俺の手をつかんで、座席から立ち上がる。


「先輩、早く!」


 俺も座席から立ち上がる。

 今、いるのはバスの中ごろの座席。


 とりあえず、後ろへと移動する。

 …でも、そのあとは?

 

 いや、とりあえず、あれから距離を取らないと!


 俺がバスの通路へと出る。

 俺の手を取ったナズナが、先へ先へと俺を引っ張って進む。

 すぐにバスの後ろだ。


 一番後ろの広い座席。


 幽霊のような女性は、こちらへ近づいてくる。


「先輩、どうしましょう!」


 俺は一番後ろの座席付近で、幽霊を見る。

 どうしようもない。


 俺はナズナを守るように、前に出た。


「戦う。」

「えっ、でも…」


 俺は、周囲を見回す。

 武器となりそうなもの。

 …特にない。

 

 戦うといったがいいが、一体どうすればいいんだろう?


 素手で戦うか?

 いや…。


 俺が考えている間にも、幽霊は確実に近づいてきている。

 あと、座席にして3列。

 すぐだ。


 すぐ、追いつかれてしまう。

 

 幽霊が目の前で、ナズナは恐怖に怯えている。

 俺もこのまま…


 恐怖に飲まれて、幽霊につかまるのか?


 …いやだ。

 せめて、ナズナだけは!

 ナズナだけは助けたい。


 そう、俺は願った。


 そのとき突然、車内が光った。

 なにかの眩い光が見えた。

 幽霊と俺の間で白い光が発生している。

 その中心にあるのは、白く発光している球体。


「なっ…」

「何ですか!」


 俺とナズナが叫ぶ間もなく。 

 その光は、まるで幽霊の姿を押しやるかのように周辺へと広がっていく。


 周囲に、眩いばかりの光が満ちた。


 まるで創世記に出てくるかのような、白い光。

 その光によって、俺の視界が塗りつぶされた。


 その様子に、俺が驚いていると、しばらくして光がやんだ。


「悪霊は払ったわ。もう大丈夫よ。」


 若い女性の声。

 車内の明かりが元に戻っている。

 薄暗いバスの車内灯が、通路や座席、無人の運転席を照らしている。


 バスの様子は、通常の状態へと戻っている。


 明るいモノを見た後で、目が慣れていない。

 しかし幽霊が消えていることは確認できた。


 先ほどまで、幽霊がいたはずの通路。


 そこには幽霊の代わりに、一人の少女がいた。


 車内灯の明かりによって、照らされている。


 彼女は、学校の制服を着ている。

 その制服は、見違えることがない。

 ナズナと同じ高校の制服を着ていた。

 つまり、俺の出身高校のセーラー服を着た、女子生徒だった。


 それもあってか、目の前にいる彼女は、俺とナズナと同世代のように見えた。


 その女子生徒は、ナズナより背が高い。

 ナズナとは対照的に、黒いストレートの髪が腰まで伸びている。

 大きな黒い瞳は澄んでいる。鼻も高くて、美人な彼女。

 そしてスラリとした身体は、スタイルの良さを強調していた。


 彼女の姿は、幽霊とは対照的に清々しい。

 この状況では、神々しささえ感じた。


「ふふふ、ツバキ君。そして、ナズナさん。私が見えるようになったのね?嬉しいわ。」


 あっけに取られていた俺とナズナは、話しかけられても、なお固まっていた。


「ツバキ君?ナズナさん?大丈夫かしら?」


 彼女の優雅な口調。

 お姉さんのように感じる雰囲気。

 セーラー服姿であるのだが、なんだか、俺よりも年上に見えた。


「あ、あなたは誰ですか?」


 ようやく、動きを取り戻したナズナが聞いている。


「ああ、そうね。それでは自己紹介を。私は夢見ホノカ。ツバキくんの守護霊、みたいなものよ。」


 夢見ホノカと名乗った少女は、にっこりと笑った。


「守護霊…?」


 俺は困惑した様子で聞き返す。


「正確には違うんだけど。まあ、そんなところね。」

「えっと。」


 俺は、正直、今の状況についていけていない。

 多分、ナズナも同じだろう。


「さっきの幽霊は…?」

「悪霊よ。強い念を持つ怨念。こんな場所には、良く出没するものよ。でも心配しないで。私があなたたちを守るから」


 俺とナズナは顔を合わせた。


「ホノカさんで、いいですか?」

「いいわよ。桔梗さん?」

「いえ、私もナズナでいいです。」


 なんだか、後輩と夢見さんの間で自己紹介が行われていた。


「と、とりあえず座ろうか」


 俺はナズナと夢見さんに声をかけた。


 ナズナは小さく頷き、一番後ろの座席に座る。

 ナズナの隣に、夢見さんが座る。

 俺もナズナの隣に、座った。

 ナズナを中心に、左が俺。道に夢見さんが座っていた。


「あの、夢見さん?」


 俺は、その少女にそう話しかけた。


「ツバキ君?気にせずに、私を名前で呼んで?」

「えっと。」


 俺は異性を名前で呼ぶような男じゃない。

 例外は、ナズナだ。

 彼女とは、長年の付き合いがある。

 そして、今や恋人の彼女。


「いや、俺はそんな呼び方をしない主義だ。」

「ツバキ君、それはちょっと悲しいわ。」


 俯き加減。

 長い睫毛が見える、大きな瞳が下を向いていた。

 夢見さんは、悲しそうな様子だ。


「痛っ!」


 ナズナが、俺の手をひねっていた。


「ホノカさんが可哀そうですよ?」

「ああ、ああ…。そうだな。」


 なんか、理不尽だな、と思いつつも、俺はホノカさんに向いた。


「ホノカさん?じゃあ、俺、名前で呼びます。」


 ホノカさんは、こちらを見た。


「ありがとう、ツバキ君。呼び捨てでもいいからね?」


 そう言っているホノカさんは、晴れ渡るような笑顔だ。


 守護霊といっているのだから、彼女も霊なんだろう。

 先ほどの悪霊とはまったく異なる。


 華やか。

 彼女の美しい顔には、笑顔が冴え冴えしい。

 一言で言うと、とても綺麗だった。


「先輩。」


 じっと、ナズナは俺を見ている。


「ホノカさんは、先輩の守護霊ですから、失礼がないように。」

「ああ、そうだな。」


 そんな様子をホノカさんは見て、クスリと笑った。


「そこまで気にしなくてもいいわ。厳密に言うと、私は守護霊なんてものじゃない。だけど、あなたたちを害するものじゃないわ、信じて。」


 そこまでいうと、彼女は俺とナズナを見た。


「ああ、大丈夫だ。俺たちは、ホノカさんを信じている。」


 そう言って、俺はナズナを見る。

 ナズナは俺に頷いた。


「それならば、いいんだけど。」


 ホノカさんは、そう言ってから、何かを考えるような仕草をした。


「あの。この状況について、何か分かりますか?」


 ホノカさんにナズナが聞いた。


「このバスは、今、異界を走っているのよ。だから、バスの目的地である『終点』までは降りることは出来ないわ。」


 ホノカさんの言葉を聞いて、俺は思った。

 異界。

 もしかして…ここは、この世ではないのだろうか?


「ツバキ君。そして、ナズナさん。終点につくまでには、まだ時間があるわ。」

「そうなのか。」

「ええ、そうよ。だから、少しお話をしましょう?」


 ホノカさんは、まるで令嬢のような雰囲気で問いかけてきた。


「いくつか質問があるのだが、いいか?」

「もちろんよ。」

「ホノカさん。改めて聞くけど。君は、誰なんだ?それに異界とか、終点とかって結局、何だ?」

「質問がいっぱいね。」


 ホノカさんは、そう言って微笑む。


「私はそうね。夢見村で祭られていた、ご神体。つまり神よ。」

「…神?」


 守護霊的なものから、いっきに話の規模が大きくなる。

 俺は、とんでもないスケールに驚いた。


「まあ、神とは言えても、片田舎の神社に祭られているようなもの、だったのよ。」

「だった?」

「そう。今、夢見村はこの世には存在しないの。」


 そこで、ホノカさんは一呼吸を置いた。


「ツバキ君。本当に覚えていない?」

「ああ、覚えているも何も…。」


 俺は、彼女が言いたいことが良く分からない。


「ホノカさん。先輩はどんな記憶を失っているんですか?」


 ナズナが問いかける。


「ツバキ君が失っている記憶、それはね。私と出会ったときの記憶。そして、その時に夢見村で起こった出来事についてよ。」

「えっと。俺には、どれも。まったく記憶にない。」


 俺は、断言した。

 この夢見ホノカという少女には、今初めて会った。

 そして、俺は夢見村なんて、まったく知らない。


「私が見えている。今、この異界にいること。すべてには、きっと意味がある。焦る必要はないわ。無理をすることはないの。」


 ホノカさんは、ゆっくりとした調子で語る。


「ツバキ君、大丈夫よ。これから、徐々に思い出していくはずよ。」

「分かった。」


 俺は彼女の言葉を信じることにした。

 あるいは、信じるしかなかった。


「それでね。私は、姿かたちが人間から見えていなかっただけで、ツバキ君の傍に、これまでずっと一緒にいたわ。」


 背後霊みたいなものかな、と俺は思った。

 まあ、彼女自身が守護霊って名乗っていたので、そんなもんか。


「だから…。私は、ナズナさんのことも良く見ていたの。」


 そう言って、ホノカさんはナズナに向き直った。


「ナズナさんは、本当にツバキ君のことが好きなのね。いつも側にいて、世話をしてあげて…」

「えへへ。」


 ナズナの顔が嬉しさでいっぱいになっている。


 まあ、ホノカさんは神というだけあって、神秘的な美しさに満ち溢れている。

 ナズナもなにか、惹かれる所があるのかもしれない。


 俺は少し困惑しながら二人を見ていた。


「まあ、確かにナズナには世話になってるけどさ。」


 俺が言うと、ナズナはますます顔を赤くした。


「いつもありがとうな、ナズナ。」


 俺は素直な気持ちを伝えた。

 ナズナは少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。


「当たり前です。先輩のことが大切だから…」


 ナズナの言葉に、俺は胸が温かくなるのを感じた。

 ホノカさんは二人のやりとりを見て、満足そうに頷いている。


「二人とも素敵よ。」


 ホノカさんの言葉に、俺とナズナは顔を見合わせて苦笑いした。

 確かに、俺たちの関係は特別なものだ。

 恋人同士になったばかりだけど、長年の付き合いがあるからこそ、こんなに自然に接することができるんだろう。


「私が、そんな二人の中に入るのは、ちょっと心苦しいところもあるの。」


 俺はホノカさんの言葉に少し驚いた。

 彼女の表情には、どこか寂しさが伺えた。


「そんなことないです!ホノカさん!」


 ナズナの言葉に、ホノカさんは少し照れたような笑みを浮かべた。


「ありがとう、ナズナさん。でも、私の立場はちょっと複雑なのよ。」


 ホノカさんは一呼吸置いて、続けた。


「ツバキ君がいなければ、私は、この存在を維持できないの。」

「それはどういうことだ?」

「今の段階だと、うまく言えないわ。だけど、ツバキ君。あなたが記憶を取り戻したら、必ず、全てを話すわ。約束する。」


 そう言った後にホノカさんは、ナズナの方を見る。


「もちろん、ナズナさんにも、ね?」

「分かりました。」


 ナズナがホノカさんに頷く。


「私が、お二人の関係の邪魔にならなければいいんだけど。」

「大丈夫ですよ、ね?先輩。」

「ああ、もちろんだ。」

「まあ、先輩の考えていることなんて、きっと、ホノカさんが綺麗だなー、とかそんなんでしょう。」


 俺がそんなことを考えていると、ナズナが俺の方を向いた。


「ん、ああ。そんなことないぞ。」


 俺はそう答えるが、実際、ドギマギしていた。 


 まあ、ホノカさんは美人だ。

 ナズナが疑うのも、無理はない。

 まあ、ナズナも可愛いけれど、それとは違った美しさだ。


 言うならば、ナズナが妹的な可愛さだったら。

 ホノカさんは、姉のような美しさだ。


 ナズナが俺をジト目で見ていた。


 あっ、やばい。

 ナズナから追及があると面倒だ。


「ああ、えっとだな。それで、異界とか、終点とか。それに、このバスって…」


 俺は、話を変えるためにも、ホノカさんに話しかけた。


「ツバキ君。このバスはこの世や異界を繋ぐ存在なの。異界とは…そうね、あの世みたいなところ。」


 窓の外を見ると、相変わらずの山道を走っている。

 しかし、そこは異界なのだ。


「終点に着いたら?」


 ナズナが聞いた。


「バスから降りることができる。そこから、私が案内をすることができるわ。」

「終点は、異界なのか?」

「もちろん、終点も異界だわ。」

「そうか。じゃあ、ホノカさんに案内してもらうしかないな。」


 俺たちがそんな話をしていると、バスの先にトンネルが見えた。


「トンネルがあるわね。」

「トンネル。」


 ナズナは嫌そうな顔をした。


「何があっても、私がなんとかしてみるから。」


 ホノカさんは、そう言った。

 なんとも心強く感じる。

 俺はそう思った。

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