第3話


 ナズナと別れた俺は、一人で元来た道を帰っていた。

 それにしても、いい天気だ。


 ナズナと一緒にいると退屈はしないが、こういう一人の時間は何事にも代えがたい。


 空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。

 まるで、俺の脳みそみたいだ。


 …いや、これは自虐ネタか?

 心が純粋と言いたかったんだが、うーむ。

  

 歩きながら、ふと思い出す。

 朝、ナズナが作ってくれた朝食の片付けをしなきゃならん。


「まったく、面倒くさいな…」


 口には出すものの、実際はそこまで嫌じゃない。

 ナズナが毎日朝食を作ってくれているんだから、これくらいはやってやろう、と。


 そう思いつつ、俺は歩みを早めた。

 

 周囲は、車もそんなに通っていない住宅地。

 広めの住宅。

 多分、家族連れが住むような感じのマンションが並んでいる。


 暑い。

 それにしても暑い。

 まだ、夏じゃないのにな。


 ああ、それにしても喉が渇いた。

 コンビニが目についた。


 ああ、このコンビニか。

 俺は思い出す。

 よく高校の帰り道に、ナズナと一緒に寄ったな、と。


 ある意味馴染みのあるコンビニに入ることにした。

 それに今、入店すると俺さま一人で入店だ。

 ナズナ同伴無しでの、初めての入店か?


 …ああ、そういえば。

 昨日の俺もこんなこと言っていた。

 失礼、失礼。

 

 俺が自動ドアを潜る。

 入店音が鳴った。

 店内は、客もちらほらという感じだった。


 お昼には遠いし、通学時間は終わっているし。

 そんなもんかな。


 ああ、そうだ。

 麦茶、麦茶っと。


 ついでに、ナズナ用にアイスでも買っておこうか。

 俺は、コンビニの販売戦略に乗せられるようにお徳用アイスを手に取った。


 そして、麦茶のあるスペースの前に立つ。

 大は小を兼ねる、と。

 なんか大きいペットボトルの麦茶を買った。


 麦茶とお徳用アイスを手にして、レジへ向かった。


「レジ袋はご利用ですか?」

「はい。」

「4円です。」

「はい。」


 俺は、レジ袋使用推進派だ。

 ゴミ袋にもなる、優れたやつ。

 小銭がかかるのが、玉に瑕だが。


 俺は、意気揚々とレジ袋を持って、コンビニを出る。

 再び歩き始める。

 アパートまであと少しだ。


 ようやく自分の部屋に到着。

 ガチャリと鍵を開けて中に入ると、朝の匂いが残っていた。


「さて、片付けるか…」


 ちゃぶ台のような小さなテーブルの上には、朝食の食器がそのままだ。

 まあ、いいや。

 とりあえず、麦茶を飲もう。

 話はそれからだ。


 俺は、コップを出して、麦茶を注いだ。

 麦茶で喉を潤す。


 ああ…うまい!


 満足した後。

 俺は買ってきた、麦茶とアイスを冷蔵庫へしまいながら、流し台のほうを見た。


 うわ、やりたくない。

 面倒くさい。


 うーむ。

 しかし、ナズナにあれほど行ってしまった手前、やらざるを得ない。

 何かいい手はないか。


 あっ!そうだ。

 俺は気が付いた。

 つけ置き、という概念が、この世にあることを。


 俺は食器を洗いたくない。

 でも、やらざるを得ない。

 だから、食器を流し台でつけ置きしておけばいいんだ。

 ナズナが返ってくるまで。


 俺は、プラスチックの容器を流し台に置く。

 その中へ食器をぶち込んでいく。

 最後に水を張って終わりだ。


 食べかすのゴミが水面に浮いているが、それでいいんだよ!

 たぶん、きっと…。

 水のつけ置きで食器が勝手に綺麗になるはずだ。


 食器を洗い終わった俺。

 次に目についたのは、ちゃぶ台だ。

 綺麗好きな俺は、ちゃぶ台の上を拭いた。


 もちろん、清潔な布巾を使用する。


 全てが終わり、洗濯機へと、テーブルを拭いた布巾を入れるべく。

 俺は、洗濯機の前まで行く。


「うわ」


 洗濯カゴはいっぱいだ。

 ナズナと俺の衣類が、折り重なる。


 って、おい。

 ナズナの奴。

 自分の服を俺の部屋の洗濯機で洗うなよ。


 あっ!


 しかし、そのとき。

 俺は思い出した。

 この部屋の洗濯機を使用しているのは、ナズナであることを。


 俺、この部屋で一度も洗濯をしたことない。


 いや、正直言うと。

 洗濯機を回すことはいいのだが。

 その後、干す作業が面倒くさい。


 よし。

 洗濯もナズナが返ってきてからだ。

 一人よりも二人いた方が、効率いいし?

 俺は、洗濯カゴに布巾を入れるに留めた。


 ふと、時計を見る。

 まだ午前中だ。


「意外と早く終わったな…」


 俺は、自分の手際の良さに驚いた。

 これなら、ナズナに褒められるかもしれない。


 さて、これで一段落。

 俺は、ふて寝することにした。


 そういえば、午後から講義があったっけ?

 スマホを取り出し、時間割を確認する。


「うーむ。まだ、時間じゃない。」


 俺が、いつ大学へいくのかと考えていると、スマホが震えた。

 ナズナからのメッセージだ。

 ナズナの奴は、休み時間か。


『先輩、ちゃんと片付けできましたか?』

『バッチリだ。』


 とりあえず、俺はそう返信した。

 すると、すぐに返事が来た。


「えーっ!本当ですか?後で確認しますからね!」


 ふっふっふ。

 俺は、バッチリとしか言っていない。

 終わったとも、完璧ともいっていないのだ。

 嘘は言っていない。


 俺は、そのまま横になって、少し休むことにした。


 うん、昼寝って最高に気持ちいい!


 俺の意識は、そんなことを思いながら、落ちて行った。

 

「ツバキ!起きろ!」


 ナズナが俺の頭を小突いている。

 

「ん?ああっ?」


 俺の目の前には、小さなナズナがいた。

 小学校のころのナズナだ。


 ああ、それにしてもあの頃のナズナは怖かった。

 背も同じくらいだったし。


 そのころのナズナの姿があった。

 ということは、これは夢だ。


「ツバキ!」


 小学校のころのナズナによって、俺は頭を小突かれている。

 俺の背格好も、当時の感じになっている。


 それにしても小突かれたところが痛い。

 って、痛い?

 夢じゃない?


 はっ、と気がついた。


「ん?ああっ?」


 俺は、自分のアパートのベッドの上にいた。起きてしまった。


 大音量で、スマホが鳴っている。

 サイケな着信音が聞こえる。

 電話、誰だよ。


 ナズナか?

 ナズナだろうな。

 ナズナしかいないだろうな。

 俺に電話するのは。


 しかし、一応、俺は横になったまま、スマホへ手を伸ばす。

 スマホの画面を確認する


 桔梗ナズナ。


 間違いなく、彼女からの着信だ。


「はい。」

「先輩!起きましたか?そろそろ大学へ行く時間ですよ?」


 …おい。


「ナズナ、学校で電話は良くないぞ。」

「今、私は、休み時間です。」


 うむ。そうか。


「それより、今から大学へ行かないと、講義に遅れますよ、先輩。」

「お、そうか。そうか、そうだな。そうだ。そうかも。」


 俺は頭が回らずに、同じ単語を繰り返してしまう。


「先輩、しっかりしてください。ちゃんと大学へ行ってくださいね。」

「はいはい。分かった、分かった。」

「はい、は一回ですよ?」

「分かった。大学へ行く。電話を切るぞ?」

「はい。お気をつけて。」


 俺は電話を切った。

 さて、いくか。


 といっても、俺が大学へ行くために準備することはあまりない。

 徒歩だし、教科書とかないし。

 金とスマホを持って、さっさと部屋から出る。


 大学へは、徒歩で行ける距離。

 それはもちろん、高校へも、ナズナの家へも、実家へも。

 徒歩で行ける距離だ。


 改めて、俺、ここに引っ越す必要あったかな?

 本気でそう思った。

 

 しっかりしろ!

 そういう理由で、俺が実家から追い出されたことを思い出す。

 あの時は、親父もナズナも一緒になって、俺を実家から追い出そうとしていた。


 ナズナの思惑はともかく。

 一人暮らしなんて金がかかるだけなのに、それでいいのか、と俺は思った。

 

 結局、ナズナ様頼りの日々になっているんだけどな。


 俺がそんなことを考えていると、大学が見えてきた。


「それにしても…」


 俺は、ため息をついた。

 疲れた。

 今から講義か。

 席に座ったら、さっさと寝よう。

 それが、俺の美容と健康のためだ。


 そんなことを考えながら、俺は大学の敷地内に入った。

 キャンパスなんて良い名だよな。

 真っ白で何もない。

 まるで、俺の脳みそみたいだ。


 …って、おい。これ、さっきも考えたぞ。

 いや、俺は純粋な存在だといいたいんじゃよ。

 俺の頭の中は、そこまで空っぽなわけじゃないのだ、たぶん。


 そんな自虐的な思考をしながら、指定された講義室へ向かう。

 すると、見慣れた顔が目に入った。


「おう、ツバキ!遅刻かと思ったぞ」


 声をかけてきたのは、同じ学科の友人だ。


「ああ、まあな」


 俺は、適当に返事をする。

 友人の隣の席に座り、カバンから必要なものを取り出す。


 すると、教授が入ってきた。

 中年男性だ。どこか、神経質そうだ。

 時間ギリギリだったということもあり、すぐに講義が始まった。


「それでは、今日の講義を始めます」


 教授の声が響く。

 その声に導かれるように、俺は夢の世界へと旅立っていった。


 はっ、と。

 俺は目を覚ます。


 うん?

 周囲が騒がしい。


「…今日までの講義の内容で、レポートを作成することを忘れないでください。」


 教授がそんなことを言っている。

 レポート?

 …やばいじゃん。


「今日の講義はこれまでです。」


 教授は、そう言ってから教室から出て行った。


「おい、レポートって。」


 俺は隣の席の友人に声をかけた。


「ああ、お前寝てたもんな。」

「そうなんだよ。何を書けばいいんだ?」

「なんでもいいんじゃね?」


 友人は、ちゃらんぽらんなことを言った。


「なんでも?」

「ああ、教科書の内容をまとめればいいだろ。」


 なんじゃ、そりゃ。


「お前、そうするの?」

「ああ、そうだ。」


 ふーん。

 じゃあ、俺もそうするか。


「じゃあな。」


 友人はそう言って、席を立って行った。

 ま、大学の友人なんてそんなもんか。


 俺は友人の後姿を見送りつつ、スマホを取り出す。

 ナズナからのメッセージが着ていた。


『先輩、ちゃんと講義受けられました?』


 俺は、しばらくスマホを見つめていた。

 そして、ゆっくりと返信を打ち始める。


『受けれた。ありがとうな。』


 送信ボタンを押す。


 たぶん、ナズナの方はまだ授業中だろ。

 しばらく、返信はない。


 俺には、次の講義はないので、大学を出ることにした。

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