第2話

 俺は高校時代と同じように、ナズナと一緒に高校へ向かっていた。


 えっと、俺、大学生なんだけど。


 暦の上では、夏な時期。

 しかし、これからどんどん暑くなっていくのか。

 その前には、梅雨がある。

 なんだか、そう考えるだけで外に出たくなくなる。


「先輩!今日も朝から暑いですね!」


 ナズナは元気よく言った。


「ああ、そうだな。でも、お前は制服だから大変じゃないか?」


 俺は軽装で歩いているが、ナズナはセーラー服姿だ。

 夏服とはいえ、首元のスカーフが暑苦しく見える。


「大丈夫です!慣れてますから。それに先輩と一緒ですから、退屈しないです。」


 ナズナは、笑顔を浮かべている。

 どこか小馬鹿にされたような、そんな感じだ。


「それは一体、どういう意味だ?」

「なんでもないですよー。」


 俺が後輩に聞いても、面白がって教えてくれない。

 まあ、いいか…

 どうせ、ナズナがニヤニヤと考えていることなど、碌なことではあるまい。


 それにしてもなんで、俺の母校は未だにセーラー服なんだろうな、と思った。

 男子は学ランに白いカッターシャツ。

 女子はクラシックな白いセーラー服。


 昭和かよ。


 ただ、ナズナが着ていると

 絶滅寸前な純白のセーラー服も、よく似合っている。


 夏用の白いセーラー服。

 その襟元には、紺色だ。

 そこに描かれている三本の白いラインが、ああ、これ、セーラー服だなという感じを出している。

 さらに、紺のスカーフがきちんと結ばれているのを見ると、完全にナズナだ。


 さらにきちんと校則を守るナズナらしい、丈が長めの紺色のプリーツスカート。

 指定された白い靴下と黒いローファー。

 それらがナズナと合わさって、強烈なナズナ感を醸し出している。


 ナズナ感ってなんだよ、って?

 それは、爽やかで、明るい。

 屈託のない笑み、というか。


 つまり、いつもの妹みたいな幼馴染の後輩だ。


 身内びいきではないが、ナズナの顔は綺麗だと思う。

 ちょっと、背が低くて華奢けれど。

 むしろ、彼女の可愛さを引き出している、ともいえる。


 もっとも、すでにナズナは18歳の誕生日を迎えているんだけどな。

 つまり、これ以上、彼女が成長することはない。

 俺はじっと、彼女を見た。


「先輩。私の背が低いことに文句があるんですか?」


 こやつ、エスパーか。

 まあ、確かにこの話は何回も彼女とした気がするしな。


「なんのことかな?ナズナくん?」

「ふーん。」


 俺がすっとぼけてもなお、ナズナは疑っているようだ。


 そんなことを俺たちがしていると、学校の近くまで来ていた。

 学校の近くは、閑静な住宅地だ。

 

 周囲は、制服を着た生徒がチラホラと見える。

 相変わらずな風景だった。

 それにしても俺は、この道を何度歩いたことだろうか。

 

 もっともまさか、高校を卒業した後も通るとは夢にも思っていなかったが。


「あ、先輩!覚えてますか?ここで去年、カラスに襲われたの!」


 隣を歩いていたナズナが、突然、はしゃぎ出した。


「お前が悲鳴を上げて、俺の背中に飛び乗ってきたんだろ?」

「もう!先輩ったら、もう忘れてください!」


 ナズナは頬を膨らませて抗議した。

 可愛い奴め。


 歩いているうちに、高校の校門が見えてきた。

 俺たちの周囲では、生徒たちが三々五々と登校している。


「あ、もうすぐですよー。」


 ナズナは、校門の方を指さした。

 俺は、その方向を見た。

 校門の前で、おそらく生徒会の生徒らしいやつらが並んで、挨拶をしている。


「…まだ、あいさつ運動ってやっているんだな。」

「え、先輩。もしかして、あれが無くなると思います?」

「いや、無くしてもいいだろ。」

「それは、先輩がそうしたいだけですよね?」

「うん。」


 俺の簡潔な回答。

 ナズナは、はぁとため息をついている。


 いや、お前も嫌がっていただろ!

 俺は思い出していた。


 生徒会の生徒が用事がある、ということで

 急遽、担任から言われて、あいさつ運動を行うことになったナズナを。

 なぜだが、俺も一緒に駆り出されたのは、お約束だ。


 その日のナズナは、とても不機嫌そうだった。


「お前も、嫌そうにやっていたじゃん」

「そそそ、そんなことないですよー。」


 どうして、ロボットみたいな発音なんだ?


「嫌だったんだろー。」

「えっと、まあ。うーん。」


 歯切れの悪い答えだ。

 チラッと彼女はこちらを見た。

 なんだろう?


「えっとですね、先輩、私が嫌だったのは…」


 ナズナは、どこか恥ずかしそうにそう切り出した。


「嫌だったのは?」

「その、あれです…」


 あれ?

 なんか、真面目な理由があるみたいだった。


「なんだ?」

「もう、察してくださいよー」


 うーん。なんだろう。


 朝、早く起きるのが、嫌?

 …俺じゃないのだから、その理由は間違いなく違うか。


 ま、今も昔も俺は、朝早く起きるのが嫌だ。

 だから、当時、ゴネにゴネまくっていた。

 それはもう、軟体動物くらいには。


 もしかして、ナズナのやつ。

 嫌がる俺を朝から起こすことが、嫌だったかもしれんな。


 反省、反省。

 ま、大学生の俺はあいさつ運動なんて、今後、永久にすることが無いから言い放題だ。


「あいさつ運動のとき、いつまで経っても俺が起きないのが、嫌だったか?」


 謝罪の弁を述べる。

 しかし、心の奥底では俺は決して謝らない。

 崇高な自由意志をナズナに売り渡したりしないぞ、俺は。


 …それに、俺にも言い訳はある。


 ナズナは先生から言われてやっているのに対して。

 俺は、ナズナに言われてやっている慈善事業だった。


 先輩と一緒じゃないと、校門で挨拶できない、くらいに彼女は、俺を無理やり引きずり込んでいったのだ。

 まるで俺は、アイドル事務所にいるマネージャーか?

 アイドルであるナズナのプロデューサーだ。

 …しっかりとしたナズナが、俺不在で上手くやっている様子が目に浮かんだ気がしたのだが、気のせいだ。


 俺がそんなことを考えている間に、ナズナは回答する用意を整えたようだった。


「違います!

「あっ、そうなのか。」

「それに!先輩が朝起きるのを嫌がるのは、いつものことじゃないですか!」

「じゃあ、なんだ?」


 もう俺には、お手上げだった。

 むしろ、ナズナの性格的に先生から言われて張り切ってやりそうだけどなー、と思う。


「もー、分かってくださいよー。」

「いや、分からん。むしろ、進んでやりそうな感じだな。」


 じっと、彼女を見る。

 ナズナの顔が赤いなぁ。

 この話で照れることあるのか?


「あのですね、先輩。男子生徒が、私をじろじろ見てくるのが嫌だったんです!」

「ふーん。」


 俺は、わざとナズナをじ──────────────っと見た。


 じ─っと。

 じ────っと。

 じ───────っと。

 じ──────────っと。

 じ─────────────っと。

 じ───────────────っと。


 まるでナズナは、恋する乙女かのように頬を赤くして、俺様を見つめ返してきた。

 ふたりで見つめあう。

 時が止まる。


「なんですか?先輩。」


 すぐに時間は、進んだ。

 現実は、恋愛ドラマか小説のようにはいかないのだ。

 ナズナがジト目でこちらを見ていた。


「俺がジロジロ見るのはいいのか?」

「ええ、先輩ですから。」

「そりゃ、良かった。」


 俺も謎が解けて、良かった、良かった。

 可愛いところもあるもんだな。


「でも、そんなに人を見ていると嫌われますよ?」

「ナズナ以外を見ないから、いいんじゃないか。」

「どういう意味ですか、それ!」


 彼女は俺の肩をポカポカと叩いてきた。


「いったーい!」


 俺は大げさにそういった。

 まあ、周囲の生徒がガヤガヤと騒いでる気もする。


「先輩。ちょっと。はぁ…。」


 俺の子供じみた反応に、ナズナが呆れている。

 しかし、俺は大学生だ。

 どう思われても、周りにいる生徒たちとは、永遠に一緒にいることはないのだ。ふはは。


「私は、先輩からじっと見られても許しますので。だけど、常識の範囲で見てくださいね。」

「常識の範囲。」


 俺は、考えた。

 TPOとかのことかな、と。

 ちなみにTPOとは、トレーニングポジティブオペレーションの略だ。

 日本語で、前向きな行動の訓練だ。


 例えば、ナズナのいうことに疲れた時とかに。

 俺はナズナをじっと見る。

 何も言わずに。

 そうすれば、ナズナとの論争に勝てる。

 

 ああ、全然、前向きじゃないか。

 まあ、知らんけど。


「あっ、先輩がまた変なこと考えてる!」

「変だとは失礼な!あ、ナズナ、時間だぞ。」


 高校の校門近くで、いつまでも話しているわけにもいかない。


「あっ、ほんとだ!先輩。ここでお別れです。」


 ナズナは、キリっと凛とした表情へと切り替わった。


「ああ、気をつけてな。」

「はい!先輩も、大学がんばってくださいね!あ、そうだ。放課後、また先輩の部屋に行きますからね!」

「わかったよ。じゃあな。」


 ナズナは軽く手を振り、校門の中へと歩いていった。


「まったく。」


 俺も家へ戻ることした。

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