第2話
ごめんなと言ったのは意外にも川口の方だった。それを見ているだけの自分。本当に情けない。
「うん、大丈夫だよ」
と梶原は少しだけ笑みを浮かべる。
結局そのあとに服店長代理『北川』が状況を判断し、梶原を救ったのだという。どうしてブルドックが怒りを示していたのかは知らない。きっと川口も疑問に思ったのか、「一体どうしたのか」と聞くと、惣菜売り場で売られているカキフライがどうして並んでいないんだと訊かれたことに対し、店頭に並んでいなければないと丁寧に答えたそうだ。惣菜部門では日中パートの方々が惣菜や弁当を作り、店頭に並べる。今の時間ではパートの方々やチーフリーダーも帰宅し、アルバイトだけの空間になる。注文品は部門の裏に置いてある場合もあるが、少なからずそれを除いたその他の商品は店頭に並べてあるのである。
ない場合は、売り切れ、もしくは作っていないかだ。
その後もはっきりとした口調でない、と言い続けた。あまりにもしつこく聞いてくる男は徐々に声を荒げ始めたという。大人げないとしか思えなかった。「それはつらかったな」
と川口に続き、たまたま通りかかった大沢も励ます。その直後に梶原と目が合った。「まあ気にしないで」と梶原は作り笑いを作って言った。
俺がやり返すと心の中で思ったが、口には出せなかった。しばしの間目が合っていたような気がする。
ああ今日も汚えなと隣の通路から川口の声がする。床の汚れをモップでこすりながらそうだなと答える。
自分にもしも武器があったならと心でつぶやく。
その途端こちらへ向かってくる三人のプロレスラーのマスクをかぶった男が早足でこちらに向かってくる。
少し力強くモップを前に構える。
という妄想を見た。誰もいない通路にモップを構えている自分だけが虚しく残る。
誰かのヒーローになれたらなとつくづく思った。
その日のバイトは少し早く終わった。レジの数人と管理部門だけが最後までいる。17時から閉店の10時までの勤務だ。
副店長に作業を終えたことを伝え、お疲れ様ですと更衣室へ向かう。隣には川口。
疲れたなとロッカーに仕舞っていたスマートフォンを確認する川口。何やら罪悪感でスマートフォンも開けない自分。即座に私服に着替え川口と店を出る。二階にある社員、アルバイト用の出入り口から車のスロープを下って下にある駐輪場へ。
「はあ疲れたな」
とつぶやく川口に続いて「な」と言う。
頭がいっぱいいっぱいになった。あまり思ったことを口にする方ではないが、その時は違った。
「俺決めたわ」
驚いたように右側を歩く川口が「ん?」とこちらを見る。
「恥かかせようぜ」
いったい何のこと?と川口の頭上に?が見えたがすぐに勘付いたらしい。
「え、ブルドッグに?」
そうと答える。
「チキって助けにも行けなかったのに?」
煽るように言ってきた。完全に笑っている。
まあがんばれと興味がなさそうに言う。
「あんな人前で怒鳴り散らかしているだけで十分恥かいてると思うけどな」
と告げた後数秒の沈黙が過った。
するといきなり、
「じゃあ、来週だな」
と踏み込むように言ってきたのだ。肩をポンと押して。
どうして来週なのかと言うと、アルバイト、いや、このスーパー全体で噂めくことがある。『魔の水曜日』だ。以前ブルドッグが暴れ出禁になった日も水曜日、その前にも水曜日には迷惑客に気をつけろという噂がはびこっている。その正体がブルドッグであるからだ。
平和な水曜日を脅かすブルドッグが許せなかった。「でも、どうやって?」と川口が聞く。
策はある。いや、ないと言った方が近いかもしれない。まあなんとかするよと言った直後に俺も協力すると言ってきてくれた。
嬉しさのあまり、え、とつぶやいたがそのことも気にせず、じゃあなと自転車で颯爽と帰っていった。あれ?とスマートフォンをロッカーに置きっぱなしにしていたことに気づき、スロープを全力疾走駆け上がった。
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