第4話
最近は雨が多い。
雨になると頭がちょっと痛くなるので、ずっと頭の小痛い日が続いている。
鬱陶しい感じだが、俺は雨自体は別に嫌いじゃない。夏の雨はどこか爽やかに見える。実際に降られればそんなことは言ってられないが、家の中にいて窓の外を見ている分には情緒があっていい。
特に夕方あたりに雨が降って、夕焼けを隠し、遠く向こうに見える山を雨脚が白くぼやかせる時は特に情緒があっていい。それは爽やかというより、どちらかというとしっとりとしたノスタルジーを感じる。
ただ、その日はあいにく出掛けていた時だったから、情緒なんてあったもんじゃなかった。
その日、俺は留羽と一緒に買い物をしていた。
夕飯の材料とかは買わなくてもいいが、歯磨き粉とか麦茶のパックとか、そういうものは留羽に出してもらわずに買うことにしている。夕飯と同じでそういうのも出せるとは思うけど、あんまり女神様に頼りすぎると癖になって良くないからね。
「これ買っていいかしら?」
「コアラのマーチはもう買ってあるだろうが」
「これは家にあるのはノーマルのでしょ。こっちは期間限定なのよ?」
「いや、関係ないし・・・・・」
と、そんなことを話しながら買い物を済ませ、スーパーの入り口に向かって歩いていった。
「今度だけだからな。次からは期間限定だからってすぐ買おうとするなよ?」
「わかったわ」
コアラのマーチを見ながらにこにこしている留羽に嘆息しながら、スーパーの自動ドアを通り抜けると、来る時には降っていなかった雨が降っていた。
「あー、天気予報当たったな」
「傘持ってきててよかったわね」
それぞれ傘を手に取って、広げて帰ろうとした時、ふと自動ドアの横に女の子が立っているのが目に入った。
食材の入った袋を提げた紫色の髪を肩のあたりで切りそろえた彼女は、雨の落ちてくる空を見上げていた。
彼女が何を考えているかは明らかだった。眉の形が困ったと語っていた。
だから俺は彼女に傘を差し出した。
「え?」
「はいこれ、あげるよ。返さなくてもいいからね」
戸惑う彼女にそう言って、半ば無理やり気味に傘を押し付け、俺は留羽の傘に入れてもらって帰った。
・・・・・・
その二人の後ろ姿を彼女は、雨に霞むまで眺めていた。
◇
翌日、俺は校舎裏に呼び出されていた。
なんともベタなことに下駄箱の中にラブレターらしき手紙が入っていたのだ。俺はそこに書いてあった通りにここにきたのである。
しばらく待っていると、ラブレターを出したと思しき人物が来た。俺は少し驚いた。やってきたのは昨日の彼女だったからだ。同じ学校の人だったのか。見た感じ多分後輩みたいだから、今まですれ違ったりしなかったんだろう。ちょっと見たところ中学生か、下手したら小学六年生くらいにも見えるから余計わからなかった。
スーパーで会った時は私服だったが、今は私服で首元にはチョーカーをつけている。
彼女はキョロキョロと辺りを見渡すと、俺の姿を認めるとパッと顔を赤くして俯いた。スカートの前で両手の指先を合わせて、もじもじと足を擦り合わせている。
完全に告白前の雰囲気だ。もしかしたら全然ラブレターとかじゃなくてギャグみたいなオチになるかもしれないと思っていたんだが、そんな疑惑は彼女のこの様子で払拭された。
これはガチのヤツだ。
なんだかこっちの方まで緊張してきた。
「えっと・・・・・・この手紙を出したのは君だよね?」
俺がそう聞くと、果たして彼女はこくりと頷いた。
「それで、俺に言いたいことって何かな?」
俺がそう促すと、彼女はすー、はー、と深呼吸をしてなんとか心を落ち着けると、覚悟を決めた表情で俺に向かって言った。
「あ、あの!」
「うん」
彼女はそこで一拍置いて
「私(わたくし)を瑠璃様のペットにしてくださいませ!」
そう言って跪くと、今までチョーカーだと思っていた首元から伸びるリードを、俺に捧げるように差し出した。
「・・・・・・ん?」
やっぱりギャグオチだった。
◇
「瑠璃様!・・・・・・いえご主人様!焼きそばパン買ってきましたわ!」
「いや頼んでないし・・・・・・いらない・・・・・・」
昨日あのあと、俺はちゃんと断った。ちゃんと断ったのだが・・・・・・なぜか俺は彼女にこうして纏わりつかれていた。ちなみに、彼女はお嬢様口調だった。口調だけじゃなく実際お嬢様らしい。
「そんなパシリみたいなことしなくていいから!そんなことされても俺、君の気持ちには応えらんないからね!?君の・・・・・そういや、まだ名前聞いてなかったな」
「はい!毒ヶ院(どくがいん)あやめと申しますわ!気軽にポチとお呼びくださいませ!」
「『毒ヶ院あやめ』から『ポチ』は抽出されないんだよ!」
廊下でこんなやりとりをしてるから目立って仕方がない。いろんな人がチラチラこっち見て何事か囁いている。ヤバいな、俺の株が・・・・・・。
「とにかく、毒ヶ院さん─────」
俺がなんとか説得して彼女を追い帰そうとすると、
「あー!お前また女子からモテてんのかよ!!」
・・・・・・よりにもよって一番バレたくないヤツにバレた。
「佐々木か・・・・・・」
「お?お前なんだその顔は!!『佐々木か・・・・・・』じゃねえだろ!!なんだよその子はよお!」
「ああ、えっとこの子は────」
「私はご主人様のペットですわー!」
「ちょっ!」
「なんだよそれ・・・・・・・!」
佐々木は肩をわなわなと震わせて、吐き出すようにそう言った。
ヤバい、絶対何か良からぬ勘違いをして怒ってる。
「おい、佐々木────」
「その子より俺を先にペットにしろ!!」
「は?きも・・・・・」
怒るとこそこ?ってよりもまず、どんな気持ちで同性の友達にそんなこと言ってんだってツッコミが先にくる。なんなんだコイツは・・・・・・。
「さ、俺をペットにしてくれ。まず俺を・・・・・・」
「キモい・・・・・・マジでキモいからやめろマジ・・・・・・」
「じゃあこれならキモくないだろ!」
佐々木はそう言ってむむむ・・・・・・と唸り出した。何をするのかと思ってみていたら、ボン、と音を立てて佐々木は再びメスガキの姿へと変身した。
「は?・・・・・え?」
「これで気持ち悪くないだろ!さ、俺をペットに・・・・・・」
「いや待て待て待て待て!え!?お前なんで自分の意志で性別変えられるようになってんだ!?」
「え?いやなんかわからんけどできるようになっちゃって・・・・・」
「なんでだよ!」
「なるほど・・・・・多分これは体質的に合っていたのね」
「うおびっくりした!いたのか留羽」
「ちょうど今通りがかったところよ」
「体質的に合ってるってどういうことだよ」
「そのまんまの意味よ。体質的に女体化が合ってたってこと」
「いやわからん」
「この世界に新たなる能力者が誕生してしまったってことね・・・・・・」
「能力バトルものじゃねえんだよこれは・・・・・・」
「さあペットにしてくれ!さあ!」
「うるせえ!」
こうしてわちゃわちゃした挙句、風紀委員に注意されるというとばっちりを食う羽目になるのだった。
ちなみに新しくメスガキに変身出来る能力を手に入れた佐々木だが、女子にする際留羽が色々と体を弄った影響からか、女体化すると身体能力が飛躍的に上がるらしく遅刻しそうな時とかに重宝してるそうだ。
まあ佐々木の話はどうでもいいな・・・・・。
◇
「はあ、疲れた・・・・・・」
「あっ、ご主人様が疲れていらっしゃいますわ!これは椅子になるチャンスですわ!」
「ならなくていい・・・・・・」
俺は珍しく留羽と一緒に帰っていたが、この子も一緒についてきてしまっていた。
俺たちの間を歩いて、留羽に撫でられてにこにこ微笑んでるのは見た感じ平和で和やかそうである。
そんなふうに帰っていく途中で、ふいに毒ヶ院さんが立ち止まった。
振り返ると真剣そうな表情をして俺を見つめていた。
「・・・・・・どうしたんだ?」
「ご主人様、お願いします。どうか私をペットにしてくださいませ」
さっと柔らかい風が吹いて、彼女の紫の髪を少しだけ揺らした。
さっきと違って、雰囲気がなんだか変わっていたが、俺はもちろん断った。
「昨日も言ったけど、君の気持ちには答えられないよ。ごめん」
「ご主人様、なら週に一度でもいいんですの。私をペットにして欲しいんですわ」
・・・・・・やっぱり雰囲気がさっきまでと違う。
俺はそのことに動かされて、とりあえず話ぐらいは聞いてみようと思った。
「週に一度とか、そういうのはひとまず置いといて・・・・・・ペットになるって、具体的にはどういうことをするんだ?」
俺はそう聞いた。
「わがままは言いません。私はあなたがた二人と同じ場所にいれれば、それだけで満足ですわ。私にとってのペットになるということは、そういうことですの」
「・・・・・・?」
彼女の意図がよくわからない。何か要領を得なかった。留羽はどんな表情をしているのだろうと、俺は横にいる留羽を見た。
目の合った留羽は、俺の視線を感じるとにこっと笑い返した。留羽はきっと、全てを見透かしているのだろうと思った。
俺は再び彼女の方へ向き直った。彼女は真剣な目でこちらを見ていた。
「いや、どこの馬の骨ともわからない男のペットになるなんて、毒ヶ院さんのご両親もきっと許してくれないんじゃないかな?」
「両親なら、二人とも私が十二歳の時に亡くなりましたわ」
彼女は真っ直ぐに俺を見て、そう言った。
「・・・・・・」
俺たちの側を車が走っていく音が聞こえた。子供達が走る音、笑い声が聞こえた。
情けないが、咄嗟に俺は何も言えなかった。ただ黙って話を聞くことしか出来なかった。
毒ヶ院あやめは話し出した。
彼女の両親は十二歳の時、二人とも事故で亡くなったらしい。
それで叔父夫婦が彼女を引き取ろうとしたのだが、元から彼女の両親と仲の悪かった叔父夫婦は難色を示した。
だから彼女はそれを辞退して、大きな屋敷に使用人たちとともに暮らすことに決めたのだという。
「けど、やっぱり私は寂しかったんですの。使用人たちはみんな私に尽くしてくれましたが、あくまで主従関係であって、家族のいない寂しさは拭えなかったんですの」
俺は彼女の言葉を静かに聞いた。
「ペットというのは家族みたいなものだと聞きますわ!私はペットに・・・・・・家族になりたいんですの!週に一度と言わず、月に一度、いえ一生に一度でもいいんですの!一日だけでも私はあなた方の家族になりたいんですわ!だから・・・・・だから私をポチと呼んでくださいまし!」
・・・・・・どうしてそこまで俺らのことを買ってくれるんだろう。あの雨の日の出来事は、彼女にとってそんなにも大きな出来事だったんだろうか。
まあいい。俺の言うことはもう決まっていた。
家族・・・・・・家族。
「いいぞ」
俺はあっさりとそう言った。毒ヶ院あやめは驚いて顔を上げた。
「週一の家族なんて少し変な感じがするけど・・・・・・」
俺はゆっくりと歩み寄って手を差し出した。
「家族になろう、ポチ」
あの日、あの雪の降る日もそうだった。俺はこうして手を差し出したんだった。家族になってくれと言った、あの女神に。
毒ヶ院・・・・・・いや、ポチが跪いて差し出した首輪から伸びるリードを、今度は受け取ったのだった。
・・・・・・
そのあと、ポチは週一で俺らの家へ泊まりに来るようになった。
この頻度は次第に増えるようになったが、俺らは喜んで迎え入れた。
こうして、やや特殊な形だが俺たち家族は二人ではなく三人に増えたのであった。
とまあ、こうして良い話風のオチがついたものの、使用人さんはポチが男の家に泊まるということで心配していたらしい。
そこで留羽がその使用人さんと話をつけ、ポチに手を出しそうになったら俺を女にするという契約を交わして納得してもらったそうである。
女にする・・・・・・それがまたTSさせるという意味なのか、それとも物理的にブツをパーンさせるという意味なのか・・・・・。
・・・・・・もともと手を出すつもりなどさらさらないが、より一層気を引き締めることにしようと、そう固く心に誓ったのだった。
ちなみに、ポチはよく犬耳と尻尾をつけてうちにやって来る。
スカートから伸びる尻尾を見るたびに俺は不思議に思うことがある。
あの尻尾はどうやってつけているのだろうと。
いつも不思議に思うが、俺はなんとなく、そのことについては聞かないことにしているのである。
学園女神譚 オオサキ @tmtk012
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