第3話

「あー、今日は疲れたぜ・・・・・」


俺は帰ってくるやいなやすぐにカバンを放り出し、制服を緩めるとソファに深く座った。


いやー、今日は色々あって疲れた。


まあ留羽が色々話を通してくれていたみたいで、そこまでゴタゴタすることなく普通に担任の先生から、


「えー、三条が謎の奇病で女の子になってしまいました。中身はちゃんと三条なので、みんな気にせず仲良くしましょう」


と、紹介された。もっとなんか一悶着あると思ってたけど、簡単に済んでよかった。


ちなみに、ホームルーム直前でTSした佐々木についても俺と同様に紹介された。佐々木に関しては話とか通ってなかったと思うんだけどな・・・・・・あれアドリブとかだったとしたら先生、すごい胆力だな。


自分とこの生徒が一人TSしただけでも受け入れにくいのに、朝になったらもう一人TSしてた上であんな普通にしてたのか・・・・・。器広すぎだろ、英雄の器。


ただやっぱりクラスメイトたちはそんなふうに普通ではいられなかったみたいだ。


まず、男子たちが遠巻きに見ていた。普段普通に話しかけてくる奴らも「え?かわいい・・・・・可愛くね?」とか「普通に抜ける」とか言って遠巻きに見ていた。抜くな。クラスメイトで。しかもTSしたクラスメイトだぞ。


そして女子たちには『かわいー!』ともみくちゃにされた。TSあるある、普段そうでもない奴でも男子女子両方からモテモテになる。


まあ、そういうことで普通でないもみくちゃにされ方をした。それで疲れた。


でもみんなTSしたこと自体については受け入れてくれたみたいでよかった。


そのことについてみんなに聞いたら、


『ドッキリだろうがTSだろうが、かわいい女子がクラスに増えるならどっちでもいい』


とのことだった。うちのクラスメイトたち度量広すぎじゃない?というかバカなのかな?


で、とりあえず今日は疲れた。


と、そこに珍しく俺より遅く留羽が帰宅した。


「あら、制服崩してるのすごくいいわね。端的に言ってセンシティブだわ」


「開口一番何言ってんだよ」


留羽は俺のツッコミを無視して、冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んだ。


「はー、外は暑いわね」


「そうだな・・・・・・ていうか、留羽が俺より遅いなんて珍しいな。何かあったのか?」


「今日は女神同士の会合があったのよ」


「ああ、そうかそうか。だからか」


留羽から聞いた話によると女神というのは複数いて(多神教)その女神たちは月一、二回程度会合をしているらしいのだ。


それで、基本俺より早く帰ってくる留羽が時々帰りが遅くなることがあるんだ。今日はどうやらその日だったらしい。


まあ会合と言ってもそんなにお堅いものではなくお茶会程度の軽いものらしいのだが、留羽はこう見えて女神の中でも新参者らしく、イジられたりもするのでそこそこ疲れると言っていた。


前に俺が聞いたところによると、留羽はもともと女神やる前は普通の人間だったらしいのだ。さらにその前は正反対の存在だったこともあったりしたらしい。女神の正反対の存在ってよくわからないが、多分悪魔とかそんなところだろう。


けっこう意外だがそうだったらしい。


というか、女神になる前の留羽の過去ってかなりシリアスで重そうなんだよな。だから突っ込んで聞くの気が引けて、具体的に詳しいことは聞けてないんだ。


まあ、シリアスそうな過去があると見せかけて実はしょうもない、みたいなオチがつく可能性もあるけどね。


まあどっちにしろ、それに関しては留羽が自分から話すまで待つことにしている。


少し話が脱線したな。


「ま、いいや。とりあえず夕食にしようぜ」


「そうね。・・・・・瑠璃くん、今はあなた女の子なんだから、スカートであぐらはやめなさいね。見えそうだから」


「・・・・・・おお!ほんとだ!」


で、夕食になったんだが・・・・・・


「はい、あーん」


「・・・・・・は?」


「あーん」


TSあるある、TSした途端普段とは打って変わってダダ甘になる奴がいる。


・・・・・・俺は差し出されたスプーンをまじまじと見た。ちなみに今日の夕飯はシチューだった。


スプーンから目を離して留羽をじっと見つめたが、留羽は目を逸らすことなく真顔で俺を見つめ返してくる。・・・・・・これはあーんにノッてやるまで決して退かない感じだ。


仕方ないと思ってあーんにノッてやると、留羽はにこーっと満面の笑みを浮かべた。いやお前のそんな笑顔初めて見たぞ。滅多に笑わない無表情キャラの満面笑顔初登場がこんなところでいいのか。もっとエモい感じの時にしろ。


と、まあそんなふうにいつもと違ってダダ甘な夕食を終えて、立ち上がったところで留羽がこんなことを言ってきた。


「せっかくだし、今日は一緒にお風呂入りましょ」


「・・・・・・は?」


言うに事欠いてとんでもねえこと言い出しやがったぞコイツ。そこまでダダ甘になる?


いや確かにTSあるあるで、クラスメイトの女子とかと一緒にお風呂入ったりトイレ入ったりすることになって焦る、っていうのがあるけど・・・・・・それにしたって元々の性別がわかってる状態で躊躇なく誘ってきたりするかね?


俺は断ろうかと思った。だが、珍しくにこにこしながら俺のことを見ている留羽を見て、ふと出会った時のことを思い出した。


家族、家族か・・・・・。


まあ一緒にお風呂入ったりするのも家族だな。


・・・・・・仕方ない。せっかく女の子になってるわけだし、今日ぐらいは一緒にお風呂に入ってやろう。


・・・・・・


入ってきたぞ!


いやあなんか、日常系百合マンガのお風呂シーンみたいなことしちゃったな・・・・・・触り合いっことかしてしまった・・・・・・。


留羽には性欲とか一切湧かないが、いつも以上に湧かなかった。湧かなかったけど・・・・・・流石に胸とか触られると変な気分にはなったよね。ちょっと変な声とか出してしまったかもしれない。あんまり思い出したくないけど・・・・・・。


というかさては留羽のヤツ、俺のことを妹として扱うつもりだな?


さっきも『一人で寝れる?私が一緒に寝てあげようか?』とか言ってきたし。それはもう完全に妹に対する・・・・・・いや妹に対する扱いとしても行きすぎてねえか?


それもTSあるあるみたいなとこあるけどね。多分、俺の背が縮んでるせいで普段とは違って留羽を見上げる感じになってるのが影響してるんだろう。


とりあえずそれは流石に断って俺は寝た。


そして寝てる途中で『一人じゃ怖いだろうからついていってあげるわ』と言って起こしてきた留羽にそれはお前だろ、とツッコみながらもとりあえずついていってまた寝た。



俺の女子生活はしばらく続いた。


メスガキになった佐々木とともに女子になった生活を楽しんでたわけなんだが・・・・・・。


なぜだろう、なぜだか俺が人気になってきている。


もともとこの学校には特に可愛くて美しいとされる四人の女子生徒がいて、誰が名づけたのか知らないが美少女四天王とかいうセンスない名前で呼ばれていた。


それがどういうわけか最近・・・・・・


「お、おい見ろよあれ・・・・・・」


「なんだ?・・・・・おっ!?なんだよおい、めちゃくちゃ可愛い子いるじゃんか!誰だよあれ!?あんな子いたっけ!?」


「バカお前知らないのか!?あれこそ新しく美少女四天王の五人目に加わった瑠璃姫だ!」


・・・・・・と、いうことでなぜか俺が美少女四天王の五人目に加えられることになってしまったのであった。


・・・・・・いやなんでこうなったんだ?俺普通に暮らしてただけなんだけどなあ・・・・・俺何かやっちゃいました?


「・・・・・・いやマジで俺何もやった覚えないんだけどなあー」


「いやむしろ何もしてないのに存在感ありまくりだからじゃねえかな」


横合いから俺の呟きに答えてきたのは例のメスガキ佐々木だ。


「佐々木・・・・・・お前そうは言うけどさあ・・・・・・つーか四天王五人目ってなんだよ。なんかオチ要員みたいになっちゃうだろうが」


「5人だとちょっと思いつかないからなー」


「というか佐々木、お前はなんでそんな格好してんだ?」


佐々木はランドセルに女児服を着ていた。・・・・・・制服のサイズがないのはわかるけど、それはどうなんだよ。つーかなんで持ってんだよ怖えな・・・・・・。


「いいだろこれ、メスガキの正装だぞ。ほれみろ、ちゃんと防犯ブザーも持ってるぞ。触ったら逮捕だぞ」


「お前が刑務所ファンミーティングやったら何人ぐらい来てくれるかな・・・・・ていうか、むしろお前の方が獄中で点呼されかねない状態だろ。現役男子高校生が女児服着ちゃいましただぞ、今の状態」


「やめろ、ここで現実見せてくるのは大罪だろうが!」


と、そんな感じで俺らは登校した。



教室に着くと、俺たちは自分の席へ座った。俺たちの席は教室の一番後ろの窓際にある。


今日は晴れていた。抜けるような水色、俺の目と同じ水色の空に、ちぎれたような雲がいくつも浮かんでいた。


この夏の空に青春を感じるなんてことは、何千回も言われた月並みな文句だ。


晴れてるから、やっぱり教室の中は暑い。「あちー」とか「あつーい」とかいう言葉がクラス中を飛び交っている。こんな日は教室にいないでクーラーの効いた室内でずっと麦茶とか飲んでいたい。


俺があまりに暑いので制服のボタンをいくつか外すと、なんだか急に視線が集まったような気がした。


・・・・・・?気のせいか。


そんな暑苦しい中で、


「三条のファンクラブ作ろうぜえ!」


佐々木がそんな素っ頓狂なことを言い出した。


「は?いや何言ってんの?」


「いやだってさ、他の美少女四天王の四人はみんなファンクラブあるのに、お前だけないなんておかしいだろ!お前も同じ四天王なんだから、他の四天王に対抗するためにはファンクラブくらい持たないと!」


佐々木は椅子の上に立ち上がって、拳を振り上げそう宣言した。お前、椅子の上で立つと危ない・・・・・つーかスカートの中見えそうだぞ。


「いや対抗しようとか思ってないし、そういうのいらない・・・・・」


俺は机の上に頬杖をつきながらそう言った。二階にある教室の窓から見えるプールは、太陽の光をキラキラ反射していた。


「と・に・か・くっ!」


「うわ暑苦しっ。お前目が炎になってんぞ。そこはハートにしろよ、メスガキ志望だろ」


「俺が集めて作るから!お前は座して見ていればいいよ!」


「いや、えー・・・・・・」


止める暇もなく飛び出して行った佐々木は、チャイムと共に担任の先生の脇に抱えられて帰ってきたのだった。



で、その話は結局流れたのかと思ったのだが、佐々木は本気だった。本気で俺のファンクラブを作るつもりらしかった。


そして一週間後・・・・・・


『なんでもお言い付けください、瑠璃様』


俺は玉座に座りながら大勢の人間に忠誠を誓われていた。


・・・・・・なんでこんな大事になったんだ。


わからん。俺は何も聞かされずにただ来てくれ、と言われたから来たらこの有様だよ。アイツ、無駄に本気出しやがって。


多すぎるよ、これ国攻める時の人数じゃん。体育館に収まってないだろうが。


「ええ?何これ・・・・・・」


俺と同じで何も聞かずに連れ出されて、俺の後ろで執事みたいに控えている清太なんかは完全に引いていた。


俺はとにかく一番先頭で跪く佐々木に向かって尋ねた。


「とりあえず、説明を頼む」


「はっ」


はっ、じゃないよ。どういう感情で親友に跪いてるんだ佐々木は。


「これがあなたのファンクラブ、『瑠璃姫親衛隊』にございます」


「説明になってねえ・・・・・・」


佐々木はそんなざっくりとした説明をすると、さらに畏まって俺にこう言った。


「さて瑠璃様、佐々木はわからせ希望です」


「いや知らないけど・・・・・」


「・・・・・・前髪すかすか」


「いやメスガキ定型文とか言わなくていいから」


「・・・・・・前髪すかすかインパクト」


「何言ってんだよ」


いやほんとに何言ってんだよ。


・・・・・・と、いうことでまあ自分で言うのもなんだが俺の人気は天井知らずで、ついにはファンクラブを作られるまでになったわけだが・・・・・・


「そろそろ元の性別に戻してもいい?」


「ん?ああいいよ」


という留羽とのやり取りで俺の女子生活はあっさりと終わった。


そして俺が男に戻ったことで『瑠璃姫親衛隊』は悲嘆に暮れた。


そしてそのまま消滅────


「おいおいお前ら、一体何を悲しんでるんだ?」


「隊長!」


「元メスガキ隊長!ですが隊長!我らが姫は元に戻ってしまわれました!」


「我々はこれから何を希望に生きていけばいいと言うのですか!?」


悲嘆に暮れた隊員たちは口々にそう言った。ちなみに隊長とは佐々木である。メスガキに満足した佐々木ももう元に戻っていた。


そんな佐々木は隊員たちに向かって一枚の写真を見せた。


「よーく見ろ、隊員ども」


「こ、これは・・・・・・」


「男のままでもかわいい」


『た、確かに!!』


────することはなくむしろさらに発展したという・・・・・・。


そして美少女四天王もそのまま続投となった俺は、美少女四天王五人目の男という完全にオチ要因でしかない存在となってしまったのであった。

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