第1話
あれはまだ寒い時期だったな。確か。
空がどんよりと曇ってて、ただでさえ寒い時期だったのに、その日は殊更に寒くて、俺は早足でマンションのエントランスを抜けると、すぐエレベーターに乗って自分の部屋のある階へと昇った。
着いて、扉が開くとすぐ俺の目に入ったのは、寒そうに太ももをさすりながら部屋のドアの前にしゃがんでいるところだった。
雪でも降ってきそうな天気だと、ちょっと気にしていた俺は彼女の白い肌を見て、ああ、やっぱり降ってきたのかと一瞬そんな勘違いをしそうになった。そのくらい雪に似ていた。
続いて困惑がやってきた。なんで彼女がこんなところに?彼女は確か学園の女神とかそんなふうに呼ばれてる、灰谷留羽という人物だ。
瑠璃はちょっと考えて、多分なんかプリントとか落とし物とかそういうのを届けにきてくれたんだろうと考えた。
そこで、瑠璃は留羽に話しかけた。
「灰谷さん・・・・・・だよね?何か用かな?」
彼女はその言葉に顔を上げた。黒と赤のオッドアイが俺を見つめた。血のように赤く、深い左目。今にも血の涙が流れ出しそうだと、俺はなぜだかそう思った。
彼女は俺をじっと見ると、いきなりこんなことを言い出した。
「瑠璃くん、私の家族になってくれない?」
その言葉は確かに唐突だった。唐突過ぎた。
家族・・・・・突然こんなことを言ってくるなんて、怪しい以外の何物でもない。
でも、その時の俺は
「いいよ」
と二つ返事でそれを受け入れた。
ほぼ初対面の人間のこんな要求を受け入れるなんて、あの時の俺は我ながら最高にバカだったと思う。
だけど、どうしても、言葉が口から流れ出るのを抑えることが出来なかった。
俺の中の深いところに住む、別の誰かが勝手に口を動かしたみたいに、自然に言葉が流れ出たのだ。
それを聞いて、灰谷は
「ありがとう」
そう言って笑った。
その笑顔を見た時、雷撃のような既視感を感じた。それは鋭く、しかも形のない思い出だった。
良かったと思った。
うれしいと思った。
だけど、その気持ちが、心のどこから来るのかわからなかった。
◇
さーて、学校に行こう!
とにかく今日は学校に行くぞ!
俺たちはいつも時間をずらして学校へ行く。そうしないとクラスメイトどもにバレてしまうからね。留羽に関しては女神の不思議パワーで瞬間移動なりなんなりが出来るので、多少時間が遅れても問題ないんだ。
で、登校して教室のドアをガラッと開けるや否や、爽やかな顔が『おはよう』、と笑いかけてきた。
「おはよう、今日はちょっと早めだね」
「そうか?いつもと同じくらいだろ」
俺に爽やかに笑いかけてきたこいつは、空谷清太(そらたにせいた)。俺の友人の一人である。
コイツのことを一言で言い表すとすれば、ラブコメの主人公みたいな奴である。
一見するとパッとしない奴だが、よーく見るとイケメンなのもそれっぽい。いざって時にものすごくかっこよくなるのもそれっぽいし、そのせいで色んな女の子から好かれてるのもそれっぽい。無駄に重い過去とかもあって恋愛にトラウマとかもある。完全にラブコメ主人公だ。
で、コイツが主人公だとしたら俺は友人キャラだということになる。
友人キャラってことになるけど・・・・・・なんか最近さあ、友人キャラっていうとむしろ主人公の代名詞みたいになってないか?最近の風潮的にそんなとこあるよね?
ということはこうして友人キャラを名乗る俺も主人公ってことでいいよね?友人キャラはイコール主人公みたいなもんなんだから。
でも、そうなるとちょっとややこしいことになる。
俺が主人公だということになると、俺の友達である清太は友人キャラということになる。
しかし、コイツが友人キャラだということになると、友人キャライコール主人公理論からすればコイツは主人公でもあるということになる。
しかしコイツが主人公だとすれば俺は友人キャラということになって友人キャライコール主人公だから、コイツはやっぱり友人キャラということになって、友人キャライコール主人公だからその友人の俺はやっぱり友人キャラということになって、友人キャライコール主人公だから、コイツはやっぱり友人キャラということになって、友人キャライコール主人公だから、俺はやっぱり友人キャラで、友人キャライコール主人公だから、だからコイツは友人キャラ、そしてイコール主人公・・・・・・。
めんどくせえ。
こんなガバガバ循環は置いといて・・・・・・と。なんか思考の迷路に迷い込んじゃったな。今のは読み飛ばしてくれ。
とにかく、コイツはイケメンなのに、謎のトラウマを持ってて恋愛に興味がないとかいう、現実ではちょっと見ないようなラノベあるあるキャラだということをわかってくれればいいんだ。
「そういえば、清太、あのアニメ見たか?」
「あのアニメ?ああ、最近有名なあのアニメね。うん、僕も見たよ。三話時点でも十分面白いし、このあとの展開もけっこう面白くなりそうだよね」
「そうだな、さすが話題になってるだけあるよな」
と、俺らがそんな話をしていると、遅れてきた奴が「よっ!」と声をかけてきた。
「おーう、佐々木。相変わらず遅えなお前は」
「もっと早く来ないとダメだよ、遅刻ギリギリじゃん」
二人でそういうと、佐々木は後頭部を掻きながらヘラヘラとこう言った。
「いやー、昨日『全女子データベース』を改訂してたら寝るの遅くなっちゃってさー!ギリギリまで寝てたんだわ!」
ラノベあるあるキャラ二人目。おちゃらけスケベキャラ。
コイツの名前は佐々木次郎。まあ、よくいる場の盛り上げ要員兼、ヒロインがどういうキャラクターなのかということを興奮気味に解説してくれるキャラだ。
「いやー、色々と女子たちのスリーサイズが変わっててなあ!」
「相変わらずだね佐々木くんは。夜遅くまでなにしてんの・・・・・」
「へへー!」
とりあえず、この二人が俺の友人である。
先生が来たので、そこで会話は途切れた。
◇
さーて!四時間目も終わってお昼の時間だ。
俺たちは学食へと向かった。
「おい佐々木、お前授業中こっそりちょいエロラノベなんか読んでんじゃねえよ」
「えっ?佐々木くんそんなことしてたの?」
「えっ!?なんでバレたんだ!?」
「そりゃお前、めっちゃ顔ニヤニヤしてたじゃねえか。先生にバレなかったの、奇跡みたいなもんだぞ」
「あ、そっかあ!ヤベヤベ、うっかりしてたわ!」
「そうだ、読むならもっと重めのラノベにしとけ」
「おう、わかった!」
「いやそういう問題じゃないよ!」
そんなこと会話を繰り広げながら学食へと向かう俺たち。
食堂の適当な席をとっておいて、二人は食券を買って佐々木はハンバーグ定食、清太はうどんを持って戻ってきた。
俺はというと、腕を組みながらなにもせず席に座っていた。
「?どうしたんだ三条?取りに行かないのか?」
「いや、多分これは・・・・・・」
と、俺が言葉を濁しつつ待っていると、果たして留羽がどこからともなく現れた。
「はいこれ」
そう言って俺の前へお盆に載った食事を差し出す留羽。
身を乗り出して載っているものを見てみると、完全にみたらし団子がつゆに浸かっちゃってるうどんだった。
「・・・・・・いや、こういう時は激辛とか、めちゃくちゃなゲテモノとかそういうのを押し付けてくるパターンじゃないんですか。これ、頑張れば食えそうな微妙な感じなんですけど・・・・・・」
「いいから食べてみなさい」
「まあ食べるけど・・・・・・」
ということで食べてみた。
「どう?」
「どうって・・・・・・おいしくないわけじゃないけど、どっちかといえば別々に食べた方がいいかなって・・・・・・」
「そうね、そういう反応になると思ったわ」
そういうと留羽はふふっと少し笑いながら去っていった。
なんだったんだろう・・・・・・。
そしてふと気がつくと佐々木がこっちをじっと見ていた。清太は普通にうどん(だんご入りでない)を食べていた。
「お前、灰谷さんとけっこう仲良いよな」
「まあ、そうだな」
「なんだお前、狙ってんのかー?灰谷さんのこと狙ってんのかー?おいおいー」
「いやそんなわけないだろ」
「そんなわけないわけないだろ!見ろあれ!」
俺が佐々木の指差した方を見ると、留羽の後ろ姿があった。友達・・・・・・というか取り巻きと話しているみたいだ。おそらく『留羽様ファンクラブ』の会員たちだろう。
「どうだ見ろよあれを・・・・・・勃つだろ?お前・・・・・・」
「何言ってんだお前・・・・・・」
「いやだってよお!普通勃つだろお前!勃たなかったらおかしいだろお前!不全か!?」
「いや勃たねえって!アイツは妹みてえなもんなんだから!」
「なんだそれ!完全に『アイツは妹みたいな存在だったはずなのに・・・・・・』フラグじゃねえか!気持ち悪っ!」
「流行ってんのかそういうの!?」
「お前はラッキースケベありのちょいエロラブコメ主人公か!そこで勃たねえのはおかしいだろ!」
「ツッコみはもうちょいシンプルにしろ!そこは『お前はちょいエロラブコメの主人公か!勃てよ!』でいいんだよ!」
「いや問題はそこじゃないよ・・・・・・ていうか佐々木くんも三条くんも二人とも大声で何話してんの!?食堂だよここ!?」
「「あっ、そうだった」」
◇
全く、昼は佐々木のせいで酷い目に遭ったぜ・・・・・。
放課後、俺は帰り道を嘆息しながら歩いていた。あのあと風紀委員に『そういう会話はお控えいただいて・・・・・』と注意されてしまった。全く恥かいたぜ。
と、そんなことを考えていたらいつも通りがかるコンビニの前まで来た。ここまで来れば俺と留羽の住んでるマンションまでもう少しだ。
・・・・・・みたらし団子でも買って帰るか。夕飯食べたあとのデザートにちょうどいいだろ。
まあ、買わなくても普通に留羽に出してもらえばいいんだろうが、気分の問題だ。こっちの方がなんとなく情緒がある・・・・・気がする。
しばらくあと、俺はコンビニからみたらし団子を持って出てきた。
さて、あのアニメはまだ三話までしかやってないし、今日は何を見ながら夕飯とこれを食うかな。
俺はそんなことを考えながら、留羽の待つ自宅へと向かうのだった。
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