ハンバーガーちゃん 2

「おつとめごくろうさまです」

 敬礼する雪菜子さんに出迎えられた。彼女はカウンター奥に立ち、ダンボールの封を切っているところだった。今朝の仕入れ品。

「もうやめてくださいよー。て、すいません。遅れちゃって」

 わたしは返し、相変わらず暇な店内を見渡した。今日土曜日だよな。

「なんだったの?」

 訊いてくる雪菜子さんに言葉を探す。なんだったのと問われてもなんだったのだろう。あ、アレは言った方がいいか。雪菜子さん絶対喜ぶ。てか悔しがる。

「ハンバーガーちゃんです」

「はんばーがー?」

 雪菜子さんが手に持っていたハンガーを両手で掲げてみせた。

 バルタン星人。




「歩き回ってみればいいんです」

「歩き回る? ですか?」

「そうですそうです。バックヤードなんか誰がどこ通ってたところで気にしないんですから。休憩中でも帰りがけでも何なら今からでも通路を上から下まで歩き回ってみたら道掴めます。あとは一旦表に出ちゃって突っ切っちゃってもいい。真面目すぎですよ。野村さん」

「言われてみればそうですね。早速そうしてみます。ありがとうございました。じゃあ、あたしはこれで」

 ――……という、一連の流れを想像し、『ある』から続く言葉を途中で軌道修正。

「ある……いてたら慣れるものですけど。最初はなかなかですよね」

「そうなんです。あたし何するにもナビ便りで。なんで建物の中とかってグーグルマップ機能してくれないんだろうって思っちゃうくらい」

「あはは。面白いですね。野村さん」

「箒でいいです。それと、敬語もやめて下さい。年上ですよね?」

「はい。あー、うん」

 けっこうはっきり言う子だな。


 休憩中。

 そもそも昼時のパン屋のバイトと休憩時間なんて合わせられるのかという心配もあったが、普通に十二時過ぎた段階でラインで連絡が来た。

『あたしこれから休憩なんですけどどうしましょう。どうすればいいですか』

 と。

 わたしは、

『雪菜子さん。先休憩入ってもいいですか?』

 と、上司に訊いた。雪菜子さんは、

『いいけど。いいの?』

 と、気を使ってくれた。

 社員である雪菜子さんは開店準備等の為に、出勤時間が三十分早い。雪菜子さんの方が先休憩入るのが筋だろうとかそういうのじゃなし、暇な職場の狭い店内で立ち仕事で八時間その場にいるってのは存外きつい。それを心配してくれたが故の、『いいけど。いいの?』だった。私はいいけどこの後が長くなるよ? の。

 うぇぶりは正直休憩タイミングなんぞ何時でもいい。俗に言うピークタイムなんて……あるかな……あったっけ……くらいの暇な店だから。

 本当は一時くらいから一時間入って、残り五時間、ってくらいの時間配分にしておくと気持ちが楽になるんだが、まあ、今日ばっかりはね。

 休憩室……に、勿論彼女はいないのだろう。

 わたしがうぇぶり近くのバックヤード入り口に向かい足を向け、さーてハンバーガー少女はどこにいるのかーと連絡を取ろうとラインを開くと、曲がり角に彼女が待ち構えていた。わざわざここまで来たらしかった。

『よろしくお願いします』

 頭を下げられた。



 休憩室は広い。簡素な白い長テーブルが等間隔で並んでいて、そこにバラバラに人が座っている。ご飯を食べていたり、スマホを弄っていたり、寝ていたり。合計で二十……もっといるだろうか。これだけいても話しているのが一人もいない辺りが、テナントが多く入るショッピングモール特有の光景なんだろうかとふと思う。全てのテーブルが片方は空いていても、片方は埋まっている。お前ら座る時は詰めろって教わらなかったか。

「あっち行きましょう」

「はい」

 わたしたちは窓際壁際のテーブルに座った。

 ふたつだけ離れてあるそれの内ひとつは人気のスポット。もう片方は、電子レンジの近くで人がめっちゃ通る&レンジの音がチンチンガッチャンバタンガッチャンバタンと喧しい&後方に立ってレンジの順番を待っている人々の視線が気になる、と、あんまり人気がない。

 そこだけ空いていた。ならそこに座るしかなかろう。

 普段なら頭の後ろの視線が気になっても、レンジの音が喧しくても、ふたり一緒にいればそうでもないことをわたしは知った。

 横を見る。箒ちゃんはコンビニのおにぎりをぱくついている。片手には紙パックのトマトジュース。おにぎりは塩だった。つまり無。これは健康志向なのか? うーん。

「それだけ?」

「? はい」

「足りる?」

「お姉さんは逆によく食べますね」

 箒ちゃんがおにぎり片手に視線を落とした。そこには今朝お母さんにつくって貰ったお弁当と今朝買ったパン二つが並んでいる。う。確かに食べ過ぎかもしれない。ふたり一緒にいて、指摘されることではじめて気付くこと。

「あげる」

 す、とわたしは悩み、お弁当の方を差し出した。見栄だ。いや、葛藤もあった。パン店のアルバイトにそこのパン勧めてどうするってのと、わたしより若いんだしもっとちゃんとしたもの食べなよってっのと、お母さんへの申し訳なさ。諸々悩み、

「ほら。出会いの印に」思いつきの言葉を添えた。

「わあ。ありがとうございます。意味わからないですけど」

「お、おおう」

 本当一言多い子だな。わたしは気にならんけど。あ。

「お箸」

 どうしよ……って、思ったところで、「ん~っ」と、わたしが口付けた箸使って美味しそうに食べる箒ちゃんが目に付いた。

 まあ、いいか。いいのか?

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