シエラニュータウン 2

 三階から二階へと周り外周を回る螺旋を下って国道十八号へと出る。屋上駐車場は現在平日土日問わず閉鎖されていることが常、三階の職員駐車スペースから二階まで車はまばらだった。

 職員の方が多いんじゃないかってくらい。

 一階はそこそこ。食料品はね。そりゃあね。

 水色のラパン。新車。一番グレードの高いやつ。ナビは純正、スピーカーは社外品、パイオニア製の4ch、今現在爆音でYUKIのJOYが流れている。使いもしないETCも勿論装備。

 わたし? 一銭も出していない。

 パパとママが買ってくれた。

 わたしは愛されている。子供だからね。

 そんな愛されているわたしが、地元の短大も出て、どうしてこんな寂れた地方ショッピングモールの寂しいアパレルストアにいるのかと云えば、短大出て就職した先に耐えられなかったから。

 ブラック――と、思い、当時は勢い辞めたんだけれど、あれは上司のひとりであるおばさんが、威張り散らして、若い子に当たっていただけのような気がした。わたしの前にもひとり辞めたんだそうだ。

 有能、

 か、どうかは判断付かなかった。付く前に辞めてしまったから。

 在籍期間長いあのおばさんに対し、周りの社員は強く出れないようだった。男性社員が多い中、あの手のおばさんに強く出れないってのは分かる。注意すれば倍になって返ってくるし、放置すれば付け上がって増長する。その結果がああなのだろう。

『ごめんね。悪い人じゃないんだけどさ』

 と、何度部長に自販機前で缶コーヒー奢られたことか。

 あの会社で、退職代行使って辞めた奴は、後にも先にもわたし以外にいまい。めちゃくちゃ電話掛かってきたけど全部無視した。

 辞めて即引きこもるってことはなく、即バイトした。期間を空けない為というのもあるけれど、パパとママに心配掛けたくなかったから。

「しゃくしゃく余裕で暮らしたい」

 歌詞に合わせるということもなく、ただ歌詞に釣られて呟いた。

「そうなんだよね。実家だと正直余裕で暮らせるんだよ」

 信号点滅に合わせて止まるわたしのかわいいラパン。右に曲がるであろう横の車からは、何ひとりで喋ってんだこの女、とでも思われているかもしれない。しかし、わたしは呟くのを止めない。何故なら車の中で独り言言うのが大好きだからだ。

「雪菜子さん超良い人だし」

 きれいだし、きれい。あんな人が上司だったら素敵だろうなという、正にその体現みたいな人。直前のブラックおばさんのせいで妙なフィルターがわたしの中に出来上がっているのかもしれないけれど。

 わたしが男だったら、超シフト合わしてあの手この手で落としに掛かるだろう。残念ながら最初の研修期間以外、今はあまり一緒にならないけどさ。

 それでも最近はああしてすれ違うくらいはあるのか。

 得ている情報はと云えば、結婚はしていない、今はひとり暮らし、彼氏はいない、学校は地元高校卒業してふらふらしてアルバイトしている内に正社員、趣味はえーなんだろーひとりのときって何やっていいかわからなくなーい? あーわたしもひとりでいると何していいか分かんない派ですねーそうだよねーみたいな流れで濁された。

 まあ、つまり情報は無しに等しい。

「ああ、ただ」

『三芳さん』

『雪菜子でいいよ』

「名字で呼ばれるのは嫌みたいだねえ。なんでだろ」

 そういえば、みんな雪菜子って呼んでる。

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