シエラニュータウン

水乃戸あみ

シエラニュータウン

 もう三十年も昔に街の顔として出現したそれは、当初、死神がやってきたと商店街から散々恐れられ、土日はどこもかしこも満員で、車を停める為に三階フロア通り抜けて屋上まで出なければならない程で、一度店内に入ってしまうと人人人でごったがえし、あっちでイベントやりーのこっちでイベントやりーので通路を塞ぎに塞ぎまくり、立ち並ぶ店だってそれはもう全国区のネームバリューがあるようなお店ばっかりで、かといって地方、こっちから出店してきた店だって負けてない、やる気満々向かいの店を食ってやる気満々、わたしはまだ二十歳になったばっかだから、その当初の雰囲気は残念ながら知らないけど、それでもまだ記憶のある五歳くらいの頃はそりゃあ賑わっていた。パパとママに連れてきてもらうのが楽しみだった。

 と、記憶している。


 今。

 現在。

 時を戻そう。


 閑古鳥。閑散。目の前を通り過ぎるお客さんは目で数えられる程。この十五分間でわたしの前の通路通り過ぎたお客さんは計六名。ああ、今日はちょっと多い。そっか。今日、金曜だから、ほら。

 名じゃなくグループで数えると二という数字になってしまうのはまあ。

 わたしは憂う。

 ああ、明日明後日土日連勤か、嫌だなあ。

 日曜終わればやっとこ休み。シフト制勤務は心を病むと聞いたことがある。分かる。超分かる。習慣制がなく、決まった曜日に休めることなく、日勤夜勤ばらばらだと、リズム感が狂うのよね。もう慣れたけどさ。慣れって怖い。わたしの居場所一生ここなのかしら。ていうか、十年後、ここは存在しているのか。うちの店がじゃなく、ここそのものが。

「おはようございまーす」

「おあようございあーす」

「顔。今日の売り上げ聞いていい?」

 やば。欠伸していたら夜勤担当がやってきた。三芳(みよし)雪菜子ちゃん。ひとつ年下だけど一応上司。ひとつ年下なのに正社員なんだって!

 羨ましくない。月給差大して変わらないから。

「すごいですよ。今日は。靴下が三足売れました。あ、あと表でセールやってる子供もののシャツみっつ」

「わ。すごい。本当だ。売れてる。へー」

 雪菜子さんは表に出してあるラックの服を手に取る。「着てきてくれたらいいね」と、言った。わたしに向かってというより自分に向かって言っているように見えた。

 わたしは頷くに留める。

 雪菜子さんというけど、ゆきなこさんじゃなく、ゆきなが、なのだそうだ。「へー珍しいですね」というわたしに対し、雪菜子さんは「武将みたいでしょ」と言った。わたしがどう返していいか分からずにいると、「ここの大将だから。よろしく」と付け加えられた。

 気さくな人。敬語については気にならなかった。わたしがむしろ年下だろうが慣れてこようが敬語使ってしまう方なので。下手な。

「お向かいも最後ですね」

「ね。本当に寂しい」

 わたしは万感の想いを込めて呟いた。その場所を見つめながら、今、様々な思いが蘇っている。

 目に見える位置にそのお店はあった。あったのだ。

 ペットショップわんにゃん。

 斜め前の角っこを陣取るそのお店は県内で九つの支店を持つそこそこ大きなグループ。そのお上はとうとうこの場所に見切りを付けたらしい。閉店は先月に唐突に決まり、わたしは雪菜子(ゆきなが)さん伝いでその話を聞いた。本当に残念だった。心から。

「かわいかったのになあ」

「ああ、にゃんにゃん」

「わんわん」

「はあ……」

「着替えてくるー」

「はーい」

 通りに立つと見えるのだ。わんわんとにゃんにゃんが小さなガラスの中で、眠っていたり、遊んでいたり、突っ立ってこっちに視線をくれていたり。

 それが今日、無くなる。

 いや、もう動物たちはいなくなっている。片付けられ、どこか九つ――八つの支店へでも振り分けられるのだろう。

「仕事中の癒やしが……」

 わたしの呟きを聞く人は誰もいない。咎める人もいなければ、見向きする人もいない。閑散としたショッピングモール。一階、その隅。一応全国区の服屋。現状、県内で五つある店舗のうちのひとつ。半年前、南の方にある店舗が一つ閉店したという。

「就職先探そうかな」

「だめだからね。ね。ね」

 雪菜子さんがわたしの肩を掴み、首をふるふると振っていた。着替えるのはやっ。

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