第7話 動かされる日 - 2
気心の知れた二人のやりとりを見て、ふふ、と詩季は笑った。
「おにーさん、面白いことでもあったの?」
「いえ、お二人のやりとりがとても微笑ましいな、と思いまして」
二人はきょとんとした顔を見合わせ、笑顔になる。
詩季はお待たせいたしましたと、ちょうど出来上がったコーヒーを男の子の前に置いた。
「わ、本当になみなみだ」
「ね、言った通りでしょ?」
「確かにそうだけど、なんで姉ちゃんがドヤるんだよ」
(Secondgramを見てきてくれたのかな? 宣伝って大事だ……)
キッチンの方を見ると、暁斗がひょっこりと顔を出している。花氷パルフェができたことを伝えたいのだろうと考えた詩季は、キッチンへパルフェを取りに行った。
詩季は、暁斗から受け取ったパルフェを女の子の前に置く。
「お待たせいたしました。花氷パルフェです。以上でおそろいでしょうか?」
「うん、ありがとうおにーさん」
「いえいえ。ごゆっくりどうぞ」
女の子は、ガラスの器に入った花氷パルフェを嬉しそうに食べ始めた。無言になって夢中で食べ進める女の子、そんな様子を見ながら美味しそうにコーヒーを嗜む男の子。コーヒーには砂糖もミルクも入れてないないようだ。
男の子の方が兄っぽいなと感じる詩季であった。
「美味しかった……」
女の子がぽつりと呟いたその言葉に、詩季はにこりと笑った。怒っている時のような不自然なものではなく、見ている者がほんわりするような笑顔である。
「……あの、おにーさん」
「はい? なんでしょうか?」
遠慮しているかような声色で女の子は話しかけた。男の子ははっとして、また何かやらかすのかと呟き、警戒するように彼女を見ている。
(な、何だろう? もしや、また何か言われる……?)
表面上はにこやかだが内心緊張している詩季に対し、女の子はためらうように話し出した。
「さっきは失礼なこと言ってごめんなさい。おにーさんが怒って、蒼葉が謝ったっていうことは、あたしが失礼なこと言ったんだなって、さっきから考えてて……」
(……謝ってくれた? この子なりに考えてくれたのかな)
詩季は、お客様に接するようにするのではなく、一人の子どもに接するようにすることにした。俯き気味に話す女の子の言葉をただ待っている。
「どんなことを言って良くて、どんなことを言ったらダメなのか、あたし、よく分からないんだ。でもこれは、言ったらダメなことを言っていい理由になんてならない。だから、色々考えた」
(この子は、生きづらいだろうな。どうしようもなく真っ直ぐで、まるで昔の自分を見ているみたい)
女の子は詩季の目を真っ直ぐ見て伝えた。
「失礼なこと言って、嫌な思いさせてごめんなさい」
「……いいよ。たくさん考えて、謝ってくれてありがとう。真っ直ぐ言葉にしてくれて嬉しい」
「おにーさん……」
「あ、そうだ」
どこかしんみりとしていた空気を壊すように、詩季はわざとらしく言う。その様子に二人はぽかんとした。
「僕のことは『おにーさん』ではなく、ぜひ『マスター』って呼んでね」
「わ、分かった!」
「うん、いい返事だね。僕は川瀬詩季っていいます。よかったらお名前教えてくれない?」
二人は詩季の真意を測るようにおずおずと名乗る。いつの間にかタメ口でフレンドリーになった詩季に戸惑っているようだ。
「……あたしは
「
「柚葉ちゃんに蒼葉くんだね。よろしく。二人は『葉』で繋がってるんだね」
その言葉に二人は、ぱっと顔を見合わせ照れくさそうに笑った。
(守りたくなる子というのはこの二人のことなのかもしれないね。
「ちなみに二人は双子、かな……?」
「そうですよ」
「あたしが姉で、蒼葉が弟」
(やっぱり双子だったのか。同じ日に生まれたんだったら、蒼葉くんのほうが兄っぽいなと思ったのもあながち間違ってなかったのかも……?)
しばらく話していると、新たに客がやってくる。詩季がもう一組の客にお冷とおてふきを持っていっている時、双子はこそこそと話していた。
「姉ちゃん、やっぱりサボるのはよくないよ。そろそろ学校戻ろ?」
「蒼葉、また怖気付いたわけ?」
「いや、なんかこう……不安感がじわじわと上ってきてて」
「柚葉ちゃんは不安とかないの?」
「あたしは別に。学校に居てもいいことないし……って、マスターいつから聞いてたの?」
「蒼葉くんのサボるのはよくないよ発言くらいからかなぁ」
いつの間にかカウンターに戻ってきた詩季はいたずらが成功したかのように笑っていた。
(授業をサボるなんて、青春だねぇ。懐かしいな)
「最初からじゃないですか……」
「ふふ、そうだね。ところでどうしてサボってるの?」
「え、そんなの、学校がつまらないからに決まってるじゃん。先生もクラスメイトもみんなあたしを『変な子』として扱うんだもん。そんなのつまらないし、居心地も悪いっての」
「そっかぁ、蒼葉くんは?」
「僕は姉ちゃんが心配だったからっていうのが……。でも、正直居心地が悪いっていうのも分かります。……あと、僕が姉ちゃんを守らないとだし」
「ごめん、最後何か言った? 聞き取れなくて……」
なんでもないと首を振った蒼葉に、詩季は、深追いはやめておこうと考えた。
(何かあるんだろうけど、まだそれを聞ける関係性じゃない。さて、切り替え切り替えっと)
「では、そんな二人にサボり経験者からのアドバイスを
「「アドバイス?」」
「そうだよ、アドバイス。いいかい、二人とも? サボるのは計画的にね。出席日数とか先生からの評価とかを考えて、計画的にサボろう。出席日数がぎりぎりでもテストの評価がよかったら案外なんとかなる時もあるからね」
「そ、そうなの!?」
「そうなんですか!?」
「ふふ、どうだろうね。まあでも、よっぽどのことがない限り授業は受けた方がいいと思うよ。高校にはわざわざ受験をして入ったんでしょ? それならちゃんと卒業したくない?」
うんうんと詩季のアドバイスを聞き、双子は話し合いを始めた。その内容は、どうやったら卒業できるレベルでサボれるのか、というなんとも言えないものだが。それも真面目な表情で話している。
「あのーすみませーん」
「はい、ご注文ですか?」
もう一組の客の元へ向かいながら詩季は、双子が楽しそうだからまあいっか、と考えることにした。
***
【Secondgram 6月6日18時11分 cafeユーニ の投稿】
〈店内をバックに手のひらサイズのアンティークなメリーゴーランドを撮った写真〉
6月6日(木)こんばんは!
本日もご来店ありがとうございました!
お休み中にたくさんの本と動画を見れてほくほくなマスターです。
いやー、物語っていいですね。とある本を読み、久々に泣きました。感情が突き動かされるあの感覚は一度ハマったらクセになります。
そして今日のとある出来事でも感情が突き動かされたことがあり、そういう日なのかな? と考えたりしています笑
何の話だ感が満載になってしまいましたが、今日の投稿はここまで。
明日も営業いたします。
では、また。『cafeユーニ』でお待ちしております。
〒×××-××××
〇〇県△△町□□×-×
営業時間 11時 - 17時
定休日 火曜日、水曜日
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