第2話 ステキスイッチ - 2

「す、すみません……!」


 動かなくなったと思ったら突然謝り出した男性に詩季は驚く。

 どうしたのか、と訊く前に男性は早口で語り出した。


「こ、こんないかつい見た目してますが、実は、可愛いもの、甘いもの、ステキなものが大好きなんです。そういうものを前にすると『ステキスイッチ』が入ってしまい……」


(いかつくてもステキなものが好きでいいと思うけどなぁ。見た目のイメージからしたら確かに意外かもしれないけど……なんだっけ、そういう意味の言葉があったよね)


「『ステキスイッチ』が入るとどうしてか、いわゆるオネエ言葉になるんです。でもこんないかつい男が突然『きゃ〜〜〜!』とか言ったら怖いですよねそうですよね……すみません」


(あ、『ギャップ萌え』だ……! にしても、やっぱりすごいですよお客様)


 詩季は、「ステキスイッチ」よりもオネエ言葉よりも、何よりもあのテンションで声量を抑えつつ「きゃ〜〜〜!」を再現したことに感心した。


(僕には到底真似できない。すごい、お客様すごいです……!)


 男性が変わり者と呼ばれるならば、詩季も大概変わり者である。


「『ステキスイッチ』入ってしまいすみません。本当にすみません。ご迷惑をおかけしました……」


(うーん、驚きはしたけどそれ以外で謝られる要素ないような……)


 詩季は少しずれたことへの感心から本題に戻り、言葉をかける。


「お客様、そこまで謝らなくて大丈夫ですよ。どんな見た目でも、好きなものは好きだと言っていいと思います。もちろん、他人に迷惑をかけない前提での話ですがね。確かに驚きはしましたが、ステキだと言葉をくださりとても嬉しかったです。それに、そんなお客様こそステキだと感じましたよ」

「て、店主さん……!」


 男性は瞳をうるませた。


「ああそうそう、改めまして、僕の名前は川瀬詩季かわせしき。ぜひ『店主さん』ではなく『マスター』と呼んでくださいね」


 詩季は物語に出てきそうな執事のように右手を左胸に添えてお辞儀をした。ここぞとばかりにウインクもつけて。


「……あら、ご丁寧にありがとう。私は風間涼かざまりょう。近所の小学校で先生をしているわ。ぜひ『涼さん』って呼んでね」

「涼さんですね。よろしくお願いします」

「ええ。……そういえば、いつの間にか『ステキスイッチ』が入っていたわね。マスターのステキさのおかげかしら?」


 ふふ、と笑ったのは誰が最初だっただろうか。店内はいつの間にか笑顔に包まれていた。

 そんな様子をキッチンから見ていた暁斗も、ほんの少しだけ口角が上がっている。


「なんというか、最高の誕生日プレゼントになったわ。花氷パルフェもステキで美味しかったし、『ステキスイッチ』が入った私をステキって言ってくれたのマスターが初めてだし」


 ぽろっとこぼれた涼の言葉に、詩季は目を丸くした。


「……今日、誕生日なんですね。おめでとうございます! そんな日にcafeユーニうちを選んでくださりありがとうございます」

「ふふ、ありがとう。私カフェ巡りが趣味なのよね。Secondgramセコンドグラムで今日オープンのカフェが近所にあるって知って来ちゃったのよ。来て正解だったわ、本当に」


 Secondgramというのは写真を主としたSNSだ。cafeユーニもアカウントを持っており、宣伝をしている。


(お客様が……しかも一番目のお客様がうちに来て正解だと言ってくださるなんて……! ああもう、カフェ始めてよかった……!)


 開店して1時間も経っていないが、こんなに嬉しいことはあるだろうかと嬉しさを噛み締める詩季であった。



 小さめのカップになみなみと入っていたコーヒーがなくなる頃、ちらほらと涼以外の客がやってくる。


「そろそろ帰ります。美味しかったしとてもステキでした。また来ます。必ず、絶対に」

「はい、ありがとうございます。ぜひまたお越しくださいね」


 涼はお会計をして帰っていった。


(『必ず、絶対に』のところ、強い意志を感じましたよ、涼さん。とてもありがたい……! それにしても、他のお客様がいらっしゃってから『ステキスイッチ』が切れてましたね。切り替え、自然だったな)


 なんていう少しずれたことをまたまた考えながら、詩季は片付けをしたり注文を受けたりしていた。



 客がひっきりなしにやってきて、盛況のまま開店初日は終了。

 特に問題も起こらず良い滑り出しだろう。


 分担して後片付けを終わらせた頃、時計の針は午後6時を指していた。


「マスター、初日お疲れ様でした。お先に失礼します」

「お疲れ様でした、暁斗くん。気をつけて帰ってね」


 ぺこりとお辞儀をし、裏口から帰っていく暁斗を見送る。


(さて、投稿しますかね)


 詩季はスマホからSecondgramを開いた。

 写真を選び、文章を打つ。もちろんハッシュタグも忘れずに。

 そして投稿ボタンを押し、帰る準備をした。


 エアコンの効いていた店内から出ると、湿度高めの空気が肌に張り付く。午前中に降っていた雨は上がっていた。


(梅雨入りももうすぐかな)


 鍵良し、シャッター良しと、戸締りを指差し確認し、今日の仕事は終了。

 暮れかけの曇り空の下、詩季は背伸びをしながら帰路についた。


***


【Secondgram 6月1日18時21分 cafeユーニ の投稿】


〈表通りから見るcafeユーニを撮っている写真〉



 6月1日(土)こんばんは!

 開店初日、たくさんのご来店ありがとうございました!


 Secondgramを見て来てくださったというお客様がたくさんいらっしゃり、やはり宣伝は大切なんだなと実感した店主ことマスターです。


 開店前、実はほんの少しだけ緊張があったのですが、いつの間にかどこかへ行きました。

 これもお客様の笑顔やステキなお話のおかげだと思います。


(そういえば、緊張していると調理担当の子に話したら驚いた顔で「そうなんですか?」と疑われてしまいました……笑)


 お客様にとっても僕らにとっても、『cafeユーニ』がステキだと感じる場所であればいいな。

 そう願いつつ、明日も営業いたします。


 こちらへお越しになった際には、ぜひ気軽に「マスター」と話しかけてくださいね。僕が喜びます。とても。


 では、また。『cafeユーニ』でお待ちしております。


 〒×××-××××

 〇〇県△△町□□×-×

 営業時間 11時 - 17時

 定休日 火曜日、水曜日


 #cafeユーニ

 #△△町

 #△△町カフェ

 #古民家

 #カフェ

 #cafe

 #アンティーク

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 #カフェ巡り

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