cafeユーニの六月〜変わり者が集まるカフェは、今日も賑やか営業中〜
色葉みと
六月一日 - 七日
第1話 ステキスイッチ - 1
「きゃ〜〜〜〜〜!! ステキ〜〜〜〜〜!! 可愛い〜〜〜〜〜!!」
と、
ジャズ風の落ち着いた音楽が流れる店内に、トーンを上げたその悲鳴が響き渡った。
どうしてこうなったのか、その説明には数十分ほどさかのぼる必要がある。
***
(あいにくの雨だけど、これはこれで6月っぽくて良いかも)
ブロンドの髪を額の中央で分け、夜空のような優しい瞳をした小柄な男性——
ここは、九州のとある場所にある「
歴史を感じる民家の並びに
天井は少し低め、はりがむき出しになっており、木のあたたかみを感じる。
いつも見ている何気ないもの——例えばカバンについたキーホルダーやガラスのコップ——がきらきらと輝いて見える不思議な空間。
時を止めた時計、魔神が出てきそうなランプ、幸せを運んでくれそうな小鳥の置物。あちらこちらに散らばる小物たちはアンティークと呼ばれるものだ。
無造作に置かれているように見えるが、不思議とある統一感。これは店主のセンスによって為せるわざだろう。
テーブル、椅子、照明、置物……ここにある全てのものが穏やかな時間を作り出している。
cafeユーニから数分歩くと駅があるが、1時間に1本電車がくれば良い方。周囲に見えるのは田んぼや畑。
遮るものがない空は広く、田舎ながらの清々しさがある。
そろそろかな、と詩季はスマホで11時になったことを確認した。
おもてに看板を出し、店内にいる黒髪に琥珀色の瞳をした男性に話しかける。
「
「ありがとうございます。頑張りましょう」
「うん、暁斗くんも準備バッチリだね。お客様が来てくれますように……!」
詩季の言葉に無表情で答えたのはcafeユーニの調理担当である
声にも表情にも心の動きは感じられない。だが、長い付き合いの詩季にはその違いが分かるようだ。
からんからん。
入り口に設置しているベルが鳴った。
引き戸を開けたのは、長い黒髪を後ろで結んでいるがっしりした体型の男性。
上までしっかりボタンが留められたシャツと、四角いメガネが、怖そうな顔とミスマッチに見える。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
臆すことなく笑顔で言って述べた詩季に目を丸くしながらも、男性は席に着いた。入り口から見て右側手前、背の高いカウンターの椅子の一つだ。
店内を見回したりメニューを読んだりしている様子を見て微笑む詩季。そっとお冷やとおてふきを差し出す。
「ご注文がお決まりになりましたらお声がけくださいね」
「あ、ありがとうございます。……あの、この
おそるおそるといった様子でメニューを指差しながら、男性は聞いた。
「これはですね——」
説明を聞き終わった男性の瞳がきらきらと輝いている。
詩季は、きっと照明の光が反射しているんだと考えることにした。
「じゃあ、その花氷パルフェとコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文が書かれた伝票を、暁斗がいるキッチン、店の右奥へと持っていく。
「暁斗くん、花氷パルフェ一つお願いします」
「了解です」
伝票を示しながらそう伝え、カウンターに戻るとコーヒーを入れ始めた。
コーヒーケトルでお湯を沸かし、コーヒーを抽出する時に使うドリッパー、ドリッパーで抽出したコーヒーを受け取るサーバー、コーヒーカップの順に温める。
お湯を捨てた後、ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、コーヒー粉を入れた。
そしてコーヒー粉全体に染み込むくらいのお湯を入れる。
20秒ほど待ち、小さな円を描くようにお湯をたっぷりと注ぐと、表面に泡の層ができた。
「……いい香り」
「ありがとうございます」
一杯分のお湯を注ぎ終わるとドリッパーを取り外す。
お湯を捨てたカップにコーヒーをなみなみと注ぎ、完成だ。
もちろんこのカップと受け皿であるソーサーもアンティークと呼ばれるもの。金色で描かれた細かなツタが美しい、藍色をベースとした逸品だ。
そんなカップのふちぎりぎりまで入ったコーヒーをこぼさないようにと運ぶ。
慎重になればなるほど手がぷるぷるするのはご愛嬌。
「お待たせいたしました。コーヒーです」
「す、すごいなみなみですね。それにこのカップ、……とってもス・テ・キ」
詩季は目を見開く。だがそれも一瞬のこと、男性の乙女チックな「ス・テ・キ」には気づかないふりをした。
ごゆっくりどうぞと伝え、キッチンへ向かう。
「マスター、ナイスタイミングです。こちらお願いします」
「本当にナイスタイミング……! びっくりだね。さすが暁斗くんと僕、だてに8年の付き合いじゃないのかもしれない!?」
「確かにそうかもです」
「ふふ、ありがとうね」
暁斗に渡された高さ15センチほどの花氷パルフェを持ち、カウンターへと向かう。
男性は、あのなみなみと入ったコーヒーをこぼすことなく優雅に飲んでいた。
(あれ運ぶ時だけじゃなくて飲む時もぷるぷるするのに。このお客様、すごい)
そんなことを考えながらも、お待たせいたしましたと花氷パルフェを置く。
「ありがとうございま……」
それを見るや、時を止めたように動かなくなった男性。
5秒経っても10秒経っても、
「……あの、お客様? 大丈夫ですか?」
「……きっ」
「『きっ』?」
「きゃ〜〜〜〜〜!! ステキ〜〜〜〜〜!! 可愛い〜〜〜〜〜!!」
突如、トーンを上げた男性の悲鳴が響き渡った。ここで冒頭の状況へと戻る。
キッチンから一歩出た暁斗は、そっとこちらの様子をうかがっていた。
一方の詩季はというと——。
(感情分かりにくいがデフォルトな暁斗くんが分かりやすく困惑してる!? やっぱりこの状況は困惑するものだよね、そうだよね。で、僕はどうすればいいんだろうね)
——完全に現実逃避をしていた。
落ち着いたジャズ風の音楽が流れている店内は、
「紺色のゼリー! 半透明の寒天! 水色のゼリー! 生クリーム! 一番上にはバニラアイス! これは、食べられるお花かしら! あら、これよく見るとゼリーの中にもお花が入ってるわ……! このガラス細工の器もソーサーも……きゃ〜〜〜!! なんてステキなのかしら〜〜〜!! ねぇ、店主さん。このパルフェはあそこにいる子が作ったの?」
男性はふと思いついたように尋ねた。
が、詩季からの反応はない。現実逃避から抜け出せていないようだ。困惑した視線を向けてくる暁斗に心の中で語りかけている。
(そこで困惑してる暁斗くんよ、これからの言動の最適解を示しておくれ。ねぇ、お願いだから。……え、本当に示してくれるの? なになに、お客様を見て?)
「店主さん?」
「……っ! も、申し訳ございません。考え事をしてしまっていました。そうです、このパルフェはそこにいる子が作ってくれました」
「そうなの! えっと……お名前を聞いても良いかしら?」
もしも今歩き始めるのならば、右手と右足が同時に出てしまいそうな緊張感を漂わせる暁斗。そんな彼の言葉を男性はにこにこと待っている。
「……水島暁斗です」
「暁斗くんね、とってもステキなものを生み出してくれてありがとう! それと、ステキなお名前ね」
まさか褒められるとは思ってなかったのだろう。暁斗はぎこちなさを残しながらもありがとうございますとお辞儀をした。
それを見て、より一層笑顔になった男性はいただきますとスプーンを取ろうとする。
が、はっと思い出し、スマホで花氷パルフェの写真を撮った。そして今度こそ食べ始める。
「——はーっ! 美味しかったわ……! 見た目もステキだったし味もステキって、ほんとにステキね!」
(まさか一口ごとに感想をいただけるとは。とても嬉しいしありがたいけど、大丈夫かな。アイス溶けてなかったかな)
詩季はそこじゃない感のあることを考えながらも自然と笑顔になっていた。
「ありがとうございます。そう言ってくださり嬉しいです」
「うんうん! 思わず私の『ステキスイッチ』が……。……!?」
男性はまたもや時を止めたように動かなくなる。
「……お客様?」
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