第3話 カフェ日記
昨日とは打って変わって雲一つない青空。が、じめじめするのは梅雨が近づいている証拠だろう。
一方、詩季の心には季節外れにも雪が降っていた。
(これは、夢……じゃなさそうだ)
11時、営業中の看板を出そうと外に出た詩季の目に映ったのは、5メートルほどの人の列。思わず二度見してしまったのも無理はないだろう。
よっぽどの人気店ならまだしも、開店2日目、特に有名でもない個人経営のカフェに起こることではない。
(田んぼと畑と民家しかない田舎にあるカフェなのに……その3つしかないっていうのはさすがに言い過ぎた気はするけど。も、もしや並んでいる人たちはユーニとどこかを間違えている、とか……?)
一応宣伝はしているが、それはSecondgramでだけ。梅雨入りの時期に雪が降るくらい、まこと不自然な状況だ。
(まあこの辺で間違えるような場所はないからみなさんお客様だろうけど。さてどうしよう。……どうするっていったって直球で聞く以外にはないか)
考えることわずか3秒、詩季は、何か言いたげな並んでいる人たちへ、お待たせいたしましたと話しかけた。
ぞろぞろと入店する20代から40代ほどの女性が7人。決まって片手にスマホを持ち、興味深そうに店内を見回している。
「空いているお席へご自由にお掛けください」
そう言った詩季に会釈をしながら、入り口から見て右手前のカウンターに2人、左奥の5角形テーブル席に2人、左手前の2人掛けの席に1人、4人掛けの席に2人が座った。
(一気にお客様が7人。これは、しばらく忙しくなるね。暁斗くんにも頑張ってもらわないと)
そんな心を悟らせないように、落ち着いた空間を壊さないように、詩季は素早くお冷とおてふきを用意する。
「ご注文がお決まりになりましたらお声がけください」
すみませんと声をかけられたのは7人全員にちょうどにお冷とおてふきを渡した時。詩季は素早く、その言葉の持ち主である黒髪を肩まで伸ばした20代くらいの女性のもとへ向かった。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい。えっと、ケーキセットをお願いします。ドリンクは紅茶で」
「かしこまりました。ケーキはチーズケーキとチョコケーキからお選びいただけます。また、紅茶はダージリンとアールグレイがございます。どうなさいますか?」
「あ、じゃあチョコケーキと……ダージリンで」
少し迷う素振りを見せてから、女性は答えた。
「はい、ではご注文繰り返します。チョコケーキとダージリンティーのセットがおひとつ、以上でよろしいでしょうか?」
頷いた女性に少々お待ちくださいませと言い、キッチンへと向かう。そんなキッチンからひょっこりと顔を覗かせていた暁斗に詩季は苦笑した。
(どうしてこんなにお客様がいるのかって聞きたそうな顔だね。分かる、とても分かるよ。僕も聞きたいから)
「チョコケーキセットひとつお願いします。そして暁斗くん、キッチンは任せた……!」
「はい、任されました」
詩季にキッチンを任された暁斗、よく見ると口角が少しだけ上がっている。そして、心なしかさっきよりもきびきびと動き出した。
「すみませーん」
「はい、少々お待ちください——」
ドタバタとしながらも客全員から注文を受け、頼まれたものを用意して運んだ詩季。やっと客と話せる余裕が出てきたようだ。
カウンターでコップを拭きながら前に座っている客に話しかける。
「今日はどちらからですか?」
「徒歩15分くらいのところです。お散歩に来ました」
その人——最初に注文をした女性は答えた。
「そしたら結構近いですね。ちなみにcafeユーニは何で知ったんですか? 今日は開店早々こんなにもお客様がいらっしゃって、昨日はそんなことなかったんだけどなぁと驚いていまして……とてもありがたいことですけどね」
「それは確かに驚きですね。おそらく、『りょー先生』というこの辺で有名なセコンドグラマーがおすすめしていたからだと思いますよ。というか私もそれを見て来ました」
「『りょー先生』ですか……ちょっと調べてみますね」
(『りょー先生』、どこかで聞いたことあるような? ……あ、昨日一番最初に来てくださったお客様。名前は確か、
詩季は、Secondgramで検索しながら、どう考えても涼さんだなとひとり納得する。見つけた「りょー先生」の投稿を確認すると、一番新しい投稿でcafeユーニについて書かれているものがあった。
***
【Secondgram 6月1日19時02分 りょー先生 の投稿】
〈cafeユーニの店内を背景に花氷パルフェが写った写真〉
りょー先生のカフェ日記 6月1日
今日は△△町にある「cafeユーニ」に行って来たわよ!
店内もステキ、コーヒーもステキ、パルフェもステキ、忘ちゃダメなのがマスターのステキさ☆
りょー先生的に全てが満点だったわ……!
実は今日、私の誕生日だったんだけどね……本当に、もう最高っ! 語彙力がなくなるくらいには良いところよ。
真面目に説明をすると、cafeユーニは△△駅から徒歩数分にある古民家カフェ。しかもオープンしたてよ。
中にはアンティークな小物だったりテーブルだったりが置いてあるの。本当に心トキメクって感じね。
次にコーヒーがなみなみだったわ。マスターが運んできてくれる時、腕がぷるぷるしちゃうくらいには。
味はもちろん美味しいし、カップがアンティークなものでステキなのよね。
そしてパルフェ。私が頼んだのは花氷(はなごおり)パルフェというものよ。この写真のやつね。見た目もステキだし、味ももちろんステキ。飽きが来ないよう工夫されているのもまたステキね。
そしてそして、パルフェは週替わりらしいわ。来週はどんなものがあるのか、とても楽しみ。
忘ちゃダメなのがマスターよ。cafeユーニの店主さん、とてもミステリアスな感じね。
これを読んでいるアナタ、もしユーニに行ったら店主さんのことはマスターと呼んでね。マスターもそう言っていたわ。
cafeユーニの詳細はこちら↓
〒×××-××××
〇〇県△△町□□×-×
営業時間 11時 - 17時
定休日 火曜日、水曜日
りょー先生が満点あげちゃうカフェ、気になったらぜひ行ってみてね☆
#りょー先生のカフェ日記
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***
(昨日の、来て正解だったという言葉でさえ嬉しかったのに、こんな投稿まで……! しかも満点だなんて……! 涼さんが今度いらした時には絶対にお礼を伝えよう)
「これは、本当に嬉しいですね! 教えていただきありがとうございます」
「いえいえ。りょー先生が書いていた通り、とってもステキなお店ですね」
「お褒めいただき光栄です——」
忙しく営業時間は終わり、17時過ぎ。本日最後の客が帰った。
ふぅとため息をつき、肩の力を抜く詩季。暁斗は無表情に拍車がかかっている。お疲れの様子だ。
「……疲れたね」
「……疲れましたね」
「さて、今日も一日頑張ってくれた暁斗くんにはお茶を淹れましょう!」
冗談っぽく言いながら、詩季はお湯を沸かす。紅茶が飲みたいところだが、夕方の時間帯にカフェインを摂ると眠れなくなるからとハーブティーを選んだ。
そんな様子をみて、暁斗はキッチンの方へ。ちょうどハーブティーが淹れ終わる頃、何かが入った2つのカップを持って戻って来た。
「暁斗くん、それは……?」
「微妙に残ってしまったケーキのかけらを微妙に残ってしまった生クリームでいい感じにしたやつです」
小鉢サイズのカップには、チョコケーキのかけら、生クリーム、チーズケーキのかけらの順で入っている。どこかのビュッフェのデザートとしてありそうなものだ。
暁斗はひとつを詩季に、ひとつを自分用にしてテーブルに置いた。
「ありがとう。絶対に美味しいやつだねこれ。ハーブティーもどうぞ。……いやーそれにしても、今日は疲れたね」
「ですね。でも、すごくやりがいがあるなって思います」
「そうだね。……明日も頑張ろうか」
(そのまま食べても美味しいケーキたちに、わざわざ一手間加えてくれて……。暁斗くんには感謝しないと)
ギュッとした甘さのチョコケーキ、良い意味で癖が少ない生クリーム、あっさりとしたチーズケーキにすっきりとしたハーブティーの組み合わせ。それは詩季と暁斗の疲れを癒してくれるものだった。
***
【Secondgram 6月2日18時38分 cafeユーニ の投稿】
〈cafeユーニ店内を俯瞰で撮っている写真〉
6月2日(日)こんばんは!
本日もたくさんのご来店ありがとうございました!
とあるとても嬉しいことがあってるんるんなマスターです。
ドタバタして時間がかかってしまったりとご迷惑をおかけしましたが、あたたかな眼差しで見守ってくださりとてもありがたかったです。
明日は雨だそうです。洗濯物が乾きにくい時期になってきましたね。
その点では大変ですが、雨がしとしとと降り、カエルが大合唱をする中でのお散歩というちょっとした非日常が味わえる季節でもあります。
大雨の時はさすがにお散歩はしませんがね。危ないので。
ぜひお散歩ついでにユーニへいらしてください。明日も営業いたします。
では、また。『cafeユーニ』でお待ちしております。
〒×××-××××
〇〇県△△町□□×-×
営業時間 11時 - 17時
定休日 火曜日、水曜日
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#△△町
#△△町カフェ
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