第2章 - 異界の案内人

 ユメコに導かれ、私は小道をさらに進んだ。周囲の景色が少しずつ変化していく。木々の葉の色が鮮やかになり、空気がより澄んでいくのを感じた。すると、道の脇に古い洋館が見えてきた。その建物は、まるで異世界から来たかのような雰囲気を醸し出していた。


 ユメコは洋館の前で立ち止まり、にっこりと微笑んだ。「ここが、あなたを待っている人の家です」


 そう告げると、彼女は洋館の扉をノックした。私の心臓が高鳴る。扉の向こうには誰がいるのだろうか。しばらくして、扉が開き、中から一人の女性が姿を現した。


 その瞬間、私は息を呑んだ。彼女は、夢の中で時計塔の前に立っていた女性そのものだった。長い黒髪、深い瞳、そして神秘的な雰囲気。すべてが一致している。


 「よく来てくれました、美智子さん」女性は優しく微笑んだ。「私の名前は夢子。この町の図書館で働いています。あなたを待っていましたよ」


 夢子は私を家の中に招き入れた。洋館の内部は、古い書物の匂いに包まれていた。壁一面に並ぶ本棚、アンティークの家具、そして窓から差し込む不思議な光。すべてが非現実的で、まるで夢の中にいるような感覚だった。


 「あなたは作家だと聞いています」夢子は言った。「私はこの町に古くから伝わる伝承や民話を収集しているのですが、その中にあなたの創作のヒントになるようなものがあるかもしれません」


 そう言って、夢子は本棚から分厚い古文書を取り出した。その表紙には、「夢見る者たちの記録」と書かれている。


 「この町は、かつて夢見る者たちが集う場所だったと言われています」夢子は静かに語り始めた。「彼らは夢の中で見た世界を、現実に描き出そうとしていたのです。そして、その力は時として現実世界にも影響を及ぼしました」


 夢子の言葉に、私は心揺さぶられた。まるで、私自身のことを語っているようだった。夢の中で見た世界を現実に描き出す――。それは、まさに私が作家として日々行っていることではないだろうか。


 「しかし、夢と現実の境界を越えることは、危険を伴います」夢子は続けた。「夢に囚われ、現実に戻れなくなる者も少なくありませんでした。そして、彼らの中には...」


 夢子は言葉を途切れさせ、一瞬悲しげな表情を浮かべた。私は、彼女の言葉の奥に隠された何かを感じ取った。


 「私は、あなたにこの町の伝承を伝えることで、真実を知ってもらいたいと思ったのです」夢子は真剣な眼差しで私を見つめた。「夢と現実の狭間に立つ者として、あなたにはその意味を理解してもらえるはずだと」


 夢子の真摯な眼差しに、私は頷いた。この出会いは、決して偶然ではない。私には、この町で果たすべき使命があるのかもしれない。


 「ありがとうございます」私は言った。「私は、この町で自分の創作の道を見つけたいと思っています。そのためにも、この伝承の意味を探っていきたい」


 私は夢子から古文書を丁寧に受け取った。その瞬間、私の指先がかすかに震えるのを感じた。この古文書の中に、私の運命を変える何かが隠されているような気がしたのだ。


 夢子と別れた後、私は再び時計塔へと向かった。夢の中で見た光景と、現実の町の姿が重なり合う。私は、この不思議な体験を小説に書き留めようと決意した。そして、この町に隠された秘密を解き明かすことで、自分自身の創作の道を切り開いていこうと思った。


 時計塔の前に立つと、再び背後から声をかけられた。振り向くと、そこにはユメコが立っていた。


 「あなたなら、この町の秘密を紐解けるはずです。私はそう信じています」


 ユメコはそう言って、再び私に微笑みかけた。その瞳に宿る光に、私は勇気づけられた。


 この町で、私の新たな物語が始まろうとしていた。

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