第9話 王の帰還

 この子みたいに苦しむ子供が、この世界にはきっと沢山いる。


 お腹を空かせ、楽しみも知らず、幸せも知らない。虐げられ、孤独で、辛い。


 以前の俺のよりも苦しむ子供もいるだろう。きっと、その苦しみを理解してあげられるのはこの世界で俺だけだ。


 苦しみの中で死んでしまった、俺にしか分からないのだ。


「何かやりたいことはあるか?」


 光の灯った目に写る新しい光景を、嬉しそうに見渡しているこの子に俺はそう問いかけた。


「う〜ん… 色んなものを見て、色んなことを知りたい!」


 この子の言葉は未来の希望に満ちている。

けれど、きっとこの世界には希望なんて無い。


 この前アネリーが言った

「虫が死んで心を動かす者などおりません」

という言葉がその証明だ。


 これは魔物だけに対しての言葉ではないのだろう。


 俺と出会ってなかったら、この子はきっと死んでいた。この子を助かる人間なんて、この村にはいない。悲しむ人間もいない。


 この世界は壊れてる。俺の生きていた世界よりも、もっと酷く壊れている。


 俺が、この世界を変えなきゃ…

 きっと、俺の力があれば出来る筈だ。


「お兄ちゃんとは、一時さよならだ」


 そう言って、俺はこの子の頭を撫でた。


「な、なんで、 僕また1人になっちゃうよ…」


 今にも泣き出しそうな声でその子は言う。


「大丈夫だ。またいつか会えるよ 」


「で、でも!でも!」


 その子は、まるで年相応の子供のように駄々をこねる。この前まであんなに苦しそうだったこの子が、今こうしているのが凄く微笑ましい。


「俺は勇者だろ。悪いやつをぶっ倒さなきゃならいんだ。分かるだろ?」


 その子は目に溜まった涙を拭いながらコクっと首肯いた。


「絶対また会えるよね…」

「あぁ、絶対だ」


 そうして、俺はこの村を出た。


 絶対に、この世界を変えてみせる… 俺は城へ帰りながらそう決意した。


 あれ、ここどこだろ? もしかして俺、迷っちゃった?


 俺どっちから来たっけ? 周りは草と木しかないし、どの方向に行っても同じような景色しか見えない。


 まずい、まずい、まずい、まずい、

 この世界を変えてみせる!なんて決意したのはいいけど、これじゃあ夢のまた夢だ…


 俺は森の中は駆け巡った。そして数時間後にやっと、あの大きな城が見えた。


 はぁ、はぁ、やっと帰れた。あんなに綺麗だったスーツも、木の枝で破れたり泥が着いたりしてボロボロになってしまった。


 はぁ、情けない。


 俺は少しの自己嫌悪を抱えながら城の扉を開けた。


「お帰りなさいませ! ボス!」


 そこには左右一列に並んだ無数の化け物達が跪いていた。その光景は圧巻だ、これが全員俺の下僕なのか…


「ああ…」

 と、俺はそんなふうに恐ろしい魔物の王を演じて、化け物達が平伏している廊下の真ん中を歩いていった。


 う〜ん、何だか気持ちいい… 会社の社長とかってこんな感じなのかな?


「アネリーはどこだ?」

 俺が歩きながらそう聞くと


「奥の広間にいらっしゃいます」

 と、平伏している化け物の一人がそう答えた。


 広間の扉を開けると、アネリーはそのだだっ広い部屋で、一人で跪いていた。


「おかえりなさいませ、 グリオス様」


 そう言った後、顔を上げてボロボロの姿の俺を見たアネリーは酷く驚いていた。


「ど、どうしたのでございますか! ま、まさか何か危険な目にあったのでごさいますか!」


 アネリーは慌てふためいて、俺の体のどこかに異常がないかベタベタ触ってきた。


「な、何か強い敵がいてな、戦っていたんだ」


 はぁ… こんな嘘をつくなんて、俺はなんて情けないんだ、

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