第8話 君だけの勇者

 胸糞悪い気持ちになったが、この村へ来たのは良いことだった。この村へ来なかったら、俺はずっと自分が魔物だなんて知らなかっただろう。


 魔物というのは悪者で敵という意識は、ずっとゲームをやっていた俺の中にあってしまう。


 雑魚敵や中ボスは好きではなかったけれど、俺はラスボスが好きだったんだ。それだけで、今は何だか強く生きていける。


 俺が感情的になってしまってから、アネリーは何だか元気が無くなってしまった。


「今の俺が頼れるのはアネリーだけだ。死んでもらっちゃ困るよ」

 

 まぁ、こんな感じに言っておけば大丈夫だろう。


「わ、私を頼りにしてくれているのですか! う、嬉しすぎて涙が…//」


「嘘つくな! 泣いてないじゃん」

「いいえ、涙がこぼれております。下から//」

「気持ち悪っ」


 やっぱり、殺しておいた方がよかったかも…と本気で思った。


 俺はとりあえず、この小さな村を見て回る事にした。とは言っても少しの畑と一つの家畜小屋しかないんだけど……


「この畑は何を作っているんだ?」


「芋でございます。人間達のほとんどは木の実や芋を主食としています」


「美味いのか?」


「いいえ、多少の苦味以外は何の味もなく決して美味しものではありません」


 やっぱりこの世界の食事はかなり質素なものなのだろう。俺の思っていた通り、この世界は中世ヨーロッパによく似た世界だ。


 次はあの家畜小屋へ行ってみるか… 数十メートル離れていても不衛生なクサい臭いがする。


 中へ入ってみると、もっと酷い臭いが俺の鼻を突いた。十分な処理もされず残った糞と、そのまま放置された豚の死体があった。


 正直この臭いはかなりキツイ… 早く外の空気を吸おう。

 

 外へ出ると、「ザッ、ザッ」と 家畜小屋の裏側から何かの物音がした。


 俺は気になってその方へ行ってみた。


 汚い家畜小屋の壁に背中を当てて、ぐったりとしている男の子がそこに居た。


 木の棒を持っている所を見ると、どうやら足が悪いようだ。


「大丈夫か?」


「あ、はい、大丈夫です」


 その子供は不思議そうにこちらを見ながら、声変わりのしてない声でそう言った。


 この子とは何故か目線が合わない。 俺は不思議に思って少し考えた。


 長い木の棒、この村の中で一人だけ家の中にいない。

 

 そうか、悪いのは足じゃない。この子供目が見えないのか…


「目が、見えないのか?」


「うん…」


「家族は居ないのか?」


「お母さんもお父さんも何年か前に死んじゃった」


 この子供は1人なのか… 目も見えず真っ暗な闇の中でずっと1人なのか…


 目が見えないとなると、村の中では厄介者扱いなんだろうな。だから村の人間達が怯えて家の中に閉じこもってる今も、こうやって外にいるんだ。


「お腹空いてる?」


 俺がそういうと、子供は小さく頷いた。よく身体を見てみると、骨しかないみたいにガリガリだ。


「アネリー、頼めるか?」


「かしこまりました」


 アネリーは直ぐにどこかへ消えていった。


「申し訳ございません。近くにはこれしかごさいませんでした」


 程なくして帰ってきたアネリーは、さっきの畑で掘り起こしたであろう芋を持っていた。


「きっと近くに井戸か川がある筈だ、そこでそれを洗ってきてくれ」


「はい」


 もう一度帰ってきたアネリーの手には、綺麗に洗われた芋があった。


「これでよろしいでしょうか?」


「ああ、ありがとう」


 きっと俺の力なら出来るはずだ。この子が美味しいご飯を食べられるように、この子の目が見えるように、


 俺の手からは ボッ と火が出た。そして芋を少し焼いた。


「さぁ、 食べていいよ」


 俺は子供に焼いた芋を差し出した。


 子供は少し警戒していたが、直ぐにそれを手に取って食べた。


「おいしぃ、おいしぃよぅぅ」


 子供は泣きながらそう言った。今まで我慢していた涙を全部出すように、泣きじゃくりながら食べた。


 ああ…そうか… 俺が望んでいたのはこれなんだ。


「なぁ アネリー、俺は数日この子と一緒に過ごすよ。お前は先に帰っていてくれ」


「そ、そんな、 危険でございます」


「命令だ」


「か、かしこまりました」


 アネリーは俺の命令通りに1人であの城へ帰って行った。


「ずっと1人だったんだろ? しばらくは俺が一緒にいてあげるよ」


「あ、ありがとう。お兄ちゃん」


 この子はそう言って俺に無邪気な笑顔を向けた。


 その日の夜は、俺がこの子を抱いて眠った。人に触れて眠るのはいつぶりだろうか…


 俺とこの子は一緒なのかもしれない。


 翌日、俺とこの子は一緒に森へ遊びに行った。ウサギを捕まえて触らせると、そのフワフワした感触にその子は嬉しそうだった。


 そうしていると、その子の頭に一つのリンゴが落ちてきた。


「これ何?」

「それはリンゴだよ。木の上から落ちてきたんだ」


「何で落ちてくるの?」

「それはな、重力っていう力があってだな…」


 俺はそんな感じで昔の世界での常識を何個かツラツラと自身ありげに喋った。


「す、すごい! すごい! 」


 その子はそう言って、飛び跳ねながらはしゃいだ。


 2日目も3日目も、そんな感じで過ごした。


 四日目の朝、俺はその子から揺さぶられて目を覚ました。


「ねぇ! ねぇ! 」

「う、うん? なんだ?」


 俺は眠たい目を擦りながら返事をした。


「見える!見えるよ!」

「見えるって、何が?」


「目! 目だよ!」


 大声でそういうその子の目は、しっかりと俺の目を見ている。キラキラと光らせながら見ている。


「よかった、よかったなぁぁ」


 そういう俺の目からは不思議と涙が溢れていた。


「よかったなぁ、よかったなぁ、」

 

 俺は泣きながら、ずっとそう繰り返した。


「あはは、何でお兄ちゃんが泣いてるの」


 その子は無邪気に笑った。まるで普通の子供のように、幸せそうな笑顔だ。


 あぁ… 俺は救えるんだ。昔の俺のような子供を救えるんだ。


 全ての子供がこんな風に笑えるような世界を作ろう…


「お兄ちゃんは、勇者なんだね! 僕昔お母さんに聞いた事があるんだ、この世界には勇者がいて苦しい時には皆を助けてくれるんだって!」


「そうだ!俺は勇者だ!」


 俺はこの世界のラスボスだ。けれど、俺はなるよ。 


 君だけの勇者に。

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