第5話 人間の苦しみ
化け物達の怒号のような歓声は、俺がその場を離れてからも数十分ほど続いた。
「ボス、お疲れでしたら自室を用意しておりますのでそちらでお休み下さい」
化け物達の声が収まると、アナリーは俺にそう言った。
確かに、色々なことがありすぎてかなり疲れた。
「ありがとう 休ませてもらうよ。それと、アネリーは今までと同じように、グリオスと呼んで欲しい」
「はい、グリオス様」
アネリーは俺を自室へと案内してくれた。
「それでは、ゆっくりとお休みなさって下さい。」
アネリーはそう言い、俺を残してどこかへ行ってしまった。
この部屋は、まるで王の寝室のようだ。1人で使うには広すぎる部屋に、一人で寝るには大きすぎるベッドが置かれている。
大きな窓から部屋の中心に向かって、暖かい夕日が刺していた。俺は気絶するようにベッドで眠った。
真っ白な天井が見える。今まで何時間も見つめ続けたあの天井だ。やがて俺の胸はだんだんと痛みだして、耐えられなくなる。そして気絶する。
それを何度も繰り返した。
あぁ、苦しい、暗い深海の中でずっと溺れているみたいだ。いつまでこの苦しみに耐え続ければいいんだろう。
時々母さんがやってきて、
「ごめんね、ごめんね」
と泣きながら俺に言ってくる。
俺は母さんが大好きなのに、病気のせいで声が出ない俺は、母さんが泣いている姿を見る事しかできない。
どうして俺だけ、なんで俺だけがこんな目に会うんだ。俺と同い年の子達は、きっと今この時も幸せな生活を送っているのだろう。
憎い、憎い、憎い、憎い!!! 憎い!!!
憎い!!! 憎い!!! 憎い!!! 憎い!!!
憎い!!!憎い!!! 憎い!!! 憎い!!!
「はぁっっ、はぁっっ、はぁっっ、」
俺は激しい動悸と呼吸をしながら目を覚ました。
あぁ、今のは夢か。これは俺が死ぬ少し前の夢だ。
俺はなぜか、今こうして城のベッドで起床できていることに安心した。
こんなに訳の分からない世界なのに、前の世界に比べれば幾らかマシなのかもしれない。
こんっこんっ と扉をノックする音がした後
「グリオス様、どうかなされましたか? 」
と部屋の外でアネリーの声がした。
「いや、何も無いよ」
「うなされているような声が聞こえましたので、私心配でございます。」
「本当に、なんでもないんだ」
少しの沈黙の時間が流れた後
「少し話さないか?」
と俺はアネリーにそう言った。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
「ああ」
「失礼致します」
ゆっくりと扉を開き、アネリーは部屋へと入る。静かにゆっくり、よそよそしく、俺の元へと歩いてくる。夜だから、アネリーの姿はよく見えなかった。
やがて部屋の中心に迫り、彼女は薄く柔らかい月明かりに刺されて、その姿を現した。
なっ!? 俺はその姿を目にして驚愕した。
彼女には2本のツノがあった。2本の牙があった。2枚の大きな羽があった。
真っ黒な髪の間からは真っ白なツノが2本生えていて、口には八重歯が少し伸びたような美しい牙が生え、真っ白な肌背中からは真っ黒な巨大な翼が生えていた。
「なっ!!?」
俺は驚きすぎて、上手く言葉が出なかった。
「あまり他者にお見せする姿では無いのですけれど… グリオス様には、いづれお見せするつもりでした。」
き、綺麗だ…
俺は単純にそう思った。月明かりに輝く彼女の全身は、まるで絵画に描かれている女神のように写った。
けれど、それをそのままアネリーに伝えるとまた変な事になりかねない。今は何も言わないでおこう。
「なぁアネリー」
「はい 何でございましょう」
「もしも俺が重い病気を患ってしまって、死んでしまうとしたらどうする?」
「グリオス様が病気など、ありえません」
「もしもの話だ」
「私も一緒に死ぬつもりでございます。そしてグリオス様が何者かに生まれ変わったとて、もう一度私は、貴方様に仕えるでしょう」
「そうか、ありがとう。なんだか安心するな」
「ええ、私もグリオス様の傍に居ると安心致します」
月の光はずっと明るく差していた。死ぬ前の病室よりもずっとずっと明るかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます