#45 追いかけたのは/深山風護

「僕の本名は赤木あかぎ英雄ひでお、山形で暮らしてた。2つ下に弟が居てね、裕福な家じゃなかったけど家族仲は良かったよ」

 ヒデレッドが語る、本当に子供だった頃の姿。

「ただどうにも、同年代の子供とは合わなくてね。有り体に言えばいじめられるタイプだった」

「大変でしたね……意外、ではありますが」

「意外に思ってくれた方が嬉しいよ、今の僕としては」

 ときに冷たくも見えるヒデレッドの態度は、生前の辛い記憶の反動、なのだろうか。


「僕にも原因があったといえばあったんだろうね。子供にしても空想癖が強いというか、周りに合わせるのが苦手というか、ともかく浮くタイプだったんだろう。

 だから同級生と接するよりも家で特撮を観ている方が好きだったし、弟と撃隊ごっこで遊ぶ方が楽しかったんだよ。あいつは素直な子だったからね」

 なんとなく、風護の幼少期にも重なる気がした。風護には実風がいた、それは恵まれていたのかもしれない。


 ヒデレッドはまたブラスターを回しはじめる。

「これは……この発動体のベースになった玩具は、番組が売り出した玩具のうちでも高価なバージョンでね、本来は大人のファンをターゲットにしているんだ。けど僕はどうしても欲しくてね、7歳の誕生日とクリスマス両方のプレゼントに買ってもらったんだ。暇さえあればずっといじっていたよ、寝るときも抱いていたくらいだ」

「俺も昔、ペルソナイトの変身ブレスレット買ってもらったときはそんな感じでした」

「だろ? だから、絶対に失いたくなかったんだよ。何があっても」


 ガンスピンが止まる。かつての宝物の複製を、小さなベテランは見つめる。

「公園で弟と遊んでいたとき、近所の悪ガキたちがこの玩具に目をつけてね。取られちゃったんだよ」

「……はい」

 なんとなく、話の着地が見えてしまった。心の準備をしながら、風護は続きを聞く。

「僕は返してもらうように必死だった、多分それが奴らには面白かったんだろうね。仲間うちで投げ合って、僕は追いかけて……そのうち、車道の方に飛んでいったんだよ」

 嫌な予想の当たり方。当時の彼の表情が、目に浮かんでしまう。

「ともかく僕からしたら、あんな勢いで道路にぶつかったら壊れるってことしか頭になくて、キャッチしようと夢中で追いかけたんだよ。そうしたら運悪く、飛び出したところに車が通りかかってね」

「……ええ、」

「ドライバーのおばさんは、必死に助けようとしてくれたそうだけどね。頭を打って即死だったそうだ」

「……お気の毒、でした」

「ああ……いや、あんまり気落ちしないでほしいんだ。僕にとっては遠い昔の話だ」


 そう言われても、8歳で事故死した話は胸が痛んで仕方ない。17歳で殺された風護が言うのもなんだが。

「はい……それで、霊域に来てからのヒデレッドさんはどんなでした?」

「えっとだね、僕みたいなのは少数派だって思って聞いてほしいんだけど」

「はい」

「割とエンジョイしてた」

「なんかそんな気はしてました」


 ヒデレッドは資料を見せてくれる。10歳以下の児童が転現した場合の養育方針の概要だ。

「霊管は幼い転現者についてはかなり手厚い体勢で当たっているからね。生域で悲しんでいる遺族のことはあまり触れず、死んだということもあまり意識させず。それこそ、別世界に転移したみたいなムードを作って、ここが安心できる居場所なんだって思わせる。

 そもそも生域では嫌なことが多かった僕にとっては、むしろこっちの方が馴染めたんだよ。早くにゴスキルが発現したのもあって、VIP扱いだったからね」


 ヒデレッドは教卓から、風護の隣の机へと飛び移る。

「君も分かるだろ? 生域の様子を確かめるよりも霊域の新しい体験に関心が傾く心情は」

「ええ。俺はいくらか事情が特殊でしたが」

「ああ、ひどい死体蹴りだったねアレは……ともかく僕は、霊管に馴染んだ頃に生域の様子を見に行ったんだ。息子の、兄の突然の死ってのがどれだけの重さか、自分が家族にとってどんな存在だったか、初めてあんなに痛感したよ」

 最近になって両親の様子を確かめるようになった風護にも、心当たりのある感覚だ。あんな別れ方をした両親がまた手を取り合うなんて、生前は想像もつかなかった。


「ヒデさんは憎くないんですか? そのドライバーのこと」

「元から見通しの悪い道だったからね、うちの親が急ブレーキ踏んだのも何度かあったし……法律がどうあれ、僕から責める気にはなれないよ。むしろ僕が謝りたいくらいだ、人生めちゃくちゃになっただろうし」

「じゃあ、原因を作った悪ガキは」

「憎いは憎いけど、こんなに時間が経つとさすがに風化するかな。どいつもしおらしく改心したみたいだし、真っ当な大人になったようだし……ああ、一人なんかで死んだのかな。ともかく、あんまり色濃い心情じゃない。

 ただね、生前いじめられていた経験の影響は、それなりに残っているんだよ。反動が続いている、というべきかな」


 ヒデレッドは風護の目をじっと覗く。

「フウゴは僕のスタンス……霊管軍の能力主義に良くも悪くも染まっている僕の性格が、どこから来ていると考えてたかな?」

「小さい頃から長い間、霊管で生活していたから……だと思っていました」

「それも当たっているけど全部じゃないんだ。僕と似た年で転現して長いこと生活した結果、離反して解放同盟についたような人はいる。そこまで極端じゃなくても、霊管の方針に疑問を感じて前線を退くか、頑張って改革側に回る人もいる」

「ああ、この前の選挙で出てた人とか」

「そうだね」


 組織としては霊管最大とはいえ、軍はあくまでも国際機関の一部門に過ぎない。編制上、構成員の投票により選ばれた代議士たちの議会が軍の方針を決めているのだ。


「つまりね、最前線でゴスキル使いとして戦うことを選び続けているのは、僕自身の人間性に因るものなんだ。それは恐らく、無力さに苦しんでいた生前の反動なんだよ。

 自分だけの能力を発揮することも、後輩たちを率いることも――そうして敵を倒すことも、それ自体が僕には楽しい。多くの隊員にとって任務は生活のための手段だろうけど、僕にとっては任務自体が目的という側面は強い」


 風護にとってはどうだろうと、自問したところで。

「多分フウゴもそういう側面はあると思う、うちの隊ではマンジュウもそうだろう。そもそも3特対にはその手の人間が多い。そのうえで忘れないでほしいんだけど、こういう信条は当たり前じゃない。

 相手が何であれ、動くものへの暴力それ自体を嫌悪するのはごく人間的な感情なんだ。そうした人だって霊管には大勢いるんだってのは、忘れないでほしい」

「……はい、気をつけます」


 ヒデレッドは霊管歴が長い。分かり合えず袂を分かってきた知人も、それだけ多いのだろう。重ねてきた後悔ごと、託されたような気分だった。

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