3-2 星の名-斗和との横浜デート-

#41 剣姫のお迎え/深山風護

「以上、デブリーフィングを終わります。お疲れ様でした」

「「お疲れ様でした!」」


 拠点警備を別部隊に交替した後、任務の締めとなる事後報告会。

 普段なら共有や相談だけで終わるが、今日はその続きがあった。


「さて……ミヤマ、前へ」

「はい」

 小隊長に促され、風護は遊撃小隊一同の前へ歩み出る。

「先日アナウンスした通り、ミヤマフウゴ5等特士は来週より、第3特対群のクロナギ中隊へ転属となる――おめでとう!」

 拍手する隊員たちへ風護は頭を下げる。


「よってミヤマは本日が我が隊での最後の勤務となる。ミヤマ、一言」

「はい……皆さん、これまで本当にお世話になりました。霊管に入ったばかりなのに理想だけは高くて無茶しがちな自分が、無事にこの日を迎えられたこと、皆さんのおかげです」

 半年間、共に戦った仲間たちを見回す。気づけば大事な思い出ばかりになっていた、このチームの日々を思い返す。

「ここで教わったことを基に、さらに役立てる隊員になれるよう頑張ります。いつか皆さんに驚いてもらえるくらいに成長するつもりでいます。だから皆さんも、どうかお元気でいてください」


「ミヤちゃんもね!」

「いつでも帰ってくんだよ!」

 再会を誓うように、未来の約束を携えての旅立ち。


 解散後もしばらく、風護と彼らで別れを惜しんでいると。

「おいミヤマ、こっち!」

 慌てた様子の先輩に呼ばれる。

「はい、どうしました?」

剣姫けんき様……トモエトワールさんが、迎え来てる!」

「え、ここに?」

 確かにこの後は斗和と約束してたが、待ち合わせにはまだ早かったはずだ。


「皆さんお疲れ様です、お邪魔してます~!」

 なぜか学生服の斗和を前に、小隊は騒然としている。任務で目にするときは大体が緊急事態なのではしゃいでいられない、しかし今は平和な拠点内である。まさにスター降臨といった空気だ。


「斗和さんどうしたんです、こんな早くに」

「せっかくだし、他部隊での風護くんも見てみたくてね……ああそうでした皆さん、この子を送り出してもらってありがとうございます!」

「……ああ、こちらこそ。ずっと特訓してくださったようで」

 ひとまず代表して答える小隊長、どうも緊張しているらしい。


 そういえば――と、風護はバディの先輩を探す。

「いた、ゴエ先輩」

「ん、なんだよ」

「話したいって言ってましたよね、斗和さんと」

「あ、いやそれは」

 先輩の手を引いて斗和の前へ。

「斗和さんこの方、バディやってくれたウシゴエモン先輩です」

「バディの! うちの弟子がお世話になりました、手が掛かったでしょう?」

「いやそんな、すげえ努力家で……」

 普段の勢いはどこへやら、すっかり固くなったゴエ先輩だったが。

「俺いつも、トモエトワールさんの勇姿に励まされて頑張れてるんで……」

 何とか、応援のメッセージを口にしていた。まるで握手会のファンである。

「ほんとですか、嬉しいです! お互い頑張りましょうね、みんなのために!」

 ごく自然に斗和が差し出した手を、ゴエ先輩は恭しく握っていた。まんま握手会である。似たような挨拶や記念撮影をこなし、やっと風護は斗和と共に転移装置へと向かう。


「いやあ、温かい人たちで良かった」

「まるで斗和さんのファンミーティングでしたが、良かったんです?」

「たまにはああやっていっぱい褒められたいけど、用もなく遊び行くのも変じゃん」

「つまり俺をダシにしたと」

「まあまあ。これでもね、有望な人材を引き抜く側として、なんの挨拶もなしってのは気も引けたのよ……勿論幹部レベルなら話行ってるけど、私としては現場側にもね」

「そういう考えでしたか、みんな喜んでましたよ」

「なら良かった。本来の任務とは違うけどさ、私に会って喜んでくれる人には会いたいから」


 斗和をスター的に扱う文化は、士気高揚という旅団側の都合もあれど、斗和本人の姿勢があってこそ成立してきたのだろう。学生時代もムードメーカー的な存在だったようだし、それでいて「みんなと友達になりたかったから」恋人は作っていなかったそうだし。本人談だが。


「それで斗和さん、今日はこれからどちらに」

「クロナギ入りのお祝いに、いい景色を見せてあげたくて……高いところ、好きだもんね?」

「好きですよ、よく覚えてましたね」

「いぇい。あと風護くん、一個お願い」

「はい」

「私ね、仲良い人に敬語使われるのはあんまり好きじゃないの」


 半年以上の付き合いで初めて言われた。これからはチームメイトになるからさすがに、というタイミングだろう。

「俺にタメで話してほしいと?」

「うん!」

「う~ん……斗和さん俺より数年は先輩ですし」

「じゃあ先輩命令で……いやじゃなくて、もっとこう、数年来の友人みたいなノリでいきたいのよ、チームメイトには」

 斗和としては軽くないこだわりらしい。まあ見た目は同年代だし、同い年と思い込むのも無理ではないか。

「……分かったよ、その代わりシチュエーションによっては年次優先で敬語使うってことでお願い」

 口にしてみると意外と馴染んだ。こんな気安いしゃべり方は久しぶりだったのだが。

「ありがと、なんか新鮮。風護くん、ずっと敬語だったじゃない?」

「霊管だと誰が先輩なのか見た目じゃ判断しづらいからね、失礼になるよりはいいかと思って」

「確かにね~……む、ポータルちょっと混んでるな」


 私用での転移なので任務中の隊員が優先、そして自費である。お祝いとのことで斗和が払ってくれた。

 移動先は横浜、大きなホールの屋上でもう一人と待ち合わせ。


「やっほートワちゃん」

「ハルさんお待たせ~!」

 ライダースジャケットを着たアラフォーくらいの女性である。ハルカイトさん、クロナギ中隊・第1強襲小隊の輸送分隊員とのこと。つまり斗和と、そしてこれからの風護とは同じ小隊の仲間である。

「そして君が新人くん?」

「はい、先日入隊が決まりましたミヤマフウゴです」

「ん、よろしくね~。じゃあ乗って乗って」


 ハルカイトさんが指し示したのは、移動用デバイスのゴスライド。スノーモービルを一回り大きくしたような黒い機体、操縦者に加えて2~3人の搭乗が可能なM2型。速度はパッとしないが短距離の人員輸送には適する、俗称タクシー。ハルカイトさんが運転してくれるらしい、風護は斗和と共に後部座席に乗り込む。

「今日はこれで送ってもらうの……はいハルさん、こっちOKだよ」

「じゃあ出すね~」

「お願いします!」


 所定のライセンスを持ち、費用を払って申請すれば、私用でゴスライドを借りることも可能だ。しかし風護は運転慣れしておらず、これまで特に用もなかったので、任務以外で乗るのは初めてだった。


 機体が夜空へと離陸する中、ハルカイトさんが声を張り上げる。

「ミヤマくん二つ質問!」

「はい!」

「オフでゴスライド乗ったことある?」

「初めてです!」

「で、ジェットコースターとか好き?」

「結構好きです!」

「じゃあ大サービス、しっかり掴まってね。3、2、1、」


 がくん、と急加速――まさにジェットコースター、いやそれ以上だ。街明かりが矢のように過ぎていく、風護の知っているゴスライドM2型のスピードではない。

「これほんとにタクシー型ですか!?」

「ベースはね、ちょこっとカスタムしたけど!」

「カスタム――ハルカイトさんの私物!?」

「そう! やっぱ愛車ないとつまんないじゃん人生!」


 ゴスライドが買えるとは聞いたことがある、あるけれど、相当に高額だったはずだしレンタルで事足りる。つまり彼女はそれだけ乗り物が好きなのだろう。

「ハルさんは国内トップのドライバーだから!」

 横で斗和が叫んでいる、ゆえに3特対の輸送分隊に選ばれたのだろうか――まあ細かいことはいい、今はここだけの疾走感を楽しもう。


 橋の下、船の上、ビルの壁面沿い、高度と速度を自在に変えながら。秒速数十メートルでみなとみらいの街明かりを縫う、幽霊たちの歓声。

 きっと生域の人たちは味わえないだろう、とっておきのドライブを経て。


「はい、到着!」

 ゴスライドが止まったのは、大きな観覧車の脇の空中。

「ハルさんありがとう! じゃあ風護くん、これ乗ろっか」

「このゴンドラの……上に?」

「そ、幽霊だからね」


 言われてみると納得である。生域の投影物に重みが掛かるわけでもなく、落下しても平気。人はゴンドラ内部にしか居ないから、接触する可能性もない。

「あれは人乗ってる……よし、あの青の乗ろう」

 斗和と共にゴンドラの上部へ飛び移り、支柱に掴まる。

「おっけ、じゃあ10分後! 楽しんでね!」

 ハルカイトさんはゴスライドを駆って去っていく、一周した頃に迎えに来てくれるようだ。

「お、上がる上がる……晴れてるし良かった、ほんとに景色いいからね」

 声を弾ませる斗和、揺れるゴンドラ、思わず手をつないでしゃがむ、ふたりして吹き出す。

「斗和さん、そんなに観覧車好きだった?」

「それもあるけど、ほらやっぱりさ」

 風護へぐっと肩を寄せながら、斗和は少し照れたふうに。


「夜のデートっていえば、観覧車じゃない?」


 

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