#40 ふさわしい心/深山風護

 モリノブ小隊長からの質問で面接は進む。

「ミヤマくんが警備連隊で活動してきた中で、嬉しかったことは何だろうか」

「一番は、身近に犠牲者が出なかったことです。アオバ52中隊から殉職者が出ることもなく、転現者の救出に失敗することもなかった……と、私は聞いています」

 レグマンの霊人が撃滅される光景を見たのは、アケビの一件だけである。そもそも霊人消滅の瞬間を見たことがないという隊員も多いあたり、最近の日本旅団での殉職は少ないらしい。


「嬉しいことだね、他には」

「努力や働きを、他の仲間の皆さんに認めてもらったことです。おかげで戦いやすくなった、指導した甲斐があったと声をかけていただくのは大きな励みになりました」

 レントくんの件は風護の暴走でもあるので除外するとして。そう評価される機会は多かった。


「逆に、警備連隊の活動で辛かったことは」

「作戦中、仲間の隊員や転現者が危機に瀕したときの不安な感情です。仲間が死んでしまうのではというプレッシャーは、生域ではまず抱かない感情ですので」

「そうした感情に、君はどう向き合っていた?」


「まず以前のスタンスについてお話します。リスクを冒してでも自分にできることは全力でやろうと考える癖がありました。ただ、そうした無謀な行動こそ仲間を危険に曝すと学び、改めるよう心がけました」

「では、現在は?」

「状況の改善を信じて焦らず戦う、と決めています。戦っているのは自分たちだけじゃない、他の仲間からの助けがきっと来ると信じて、自分のなすべきことに落ち着いて取り組むのが良いと考えています」

「そうした思考を、実際の危機でも貫けそうかな?」

「自信はまだありません。貫けるよう精神面も訓練していこうと決めてはいますし、貫けるくらいの実力を身につけるのが良いと考えています」


 今の自分を過大評価しないこと。過去と未来の努力を過小評価しないこと。

 その両軸が伝わればいいと、風護はオシムラから聞いていた。


「では続いて……君はなぜ、数ある部隊の中でも3特対を志望したのか聞かせてほしい」

「はい。まずは個人的な縁です、転現直後からトワール分隊の皆さんにはお世話になったので」

 隠しても仕方ないので正直に答えると、クミホ中隊長が手を挙げた。


「私たちが当初から君のゴスキルに興味を持っており、今も高く評価している、というのは前提としてね。ただ向いているから、知り合いがいるから、というだけの動機で務まるような部署じゃないんだ。だから君自身に3特対に向いた精神的下地があるかを確かめたいの」

 その回答も風護には用意できていた。

「はい。私が警備連隊に所属している際、最大の脅威だったのは解放同盟の襲撃でした。幸運にも霊管からの離反者と戦う機会はありませんでしたが、ゴスキル使いとの戦闘なら同様にリスキーだろうと思われます」


 ゴスキル使いとの戦闘は、対ヴァイマン戦よりもずっと、霊管隊員の殉職リスクが高い。データ的にも明らかな事実だ。


「ゴスキルは強大な力です、人を……霊域の同胞と、生域の人々を守るための力だと、私は考えています。

 その力を霊管に向けて、人間を守る力を損なうために使うことは間違っています。その間違いを糾す、あるいは抑止するための組織として、3特対の意義は非常に強いと考えます」


「その通り、意義を分かってくれているようで嬉しい」

 キャスパルト群長が身を乗り出す。

「そのうえで。あえて君がやる意味は、どこにあるだろう?」

「私自身がゴスキルを扱えるから、です。ゴスキルの暴走に立ち向かうのは、同じくゴスキルを扱う者の責任の一つだと考えます。

 加えて……やはり、必要としてくれるなら応えたいという思いが強くあります」


「それなら、3特対の他の部署でもいいのかな。トワール分隊以外、クロナギ中隊以外にも部隊は多くあるけれど」

「構いません、私がどの部隊で最も能力を発揮できるかは、3特対の皆様の判断にお任せします」

 客観的な正答の後、本音を付け足しておく。

「ただやはり、トワール分隊の仲間になれるのが一番嬉しいです」

「そうか、いい出会いをしたね」

 微笑むキャスパルト群長は、モリノブ小隊長へと目配せ。


「ええ……ミヤマくんが隊の指揮を重んじている姿勢は伝わりました。

 しかし3特対では、かつての仲間と敵対するようなシチュエーションも少なくありません。勿論、特に交流の多かった隊員同士が戦うことがないよう編成は工夫されます。ただ、ときには主観的に納得のいかない指令を下されることも多いでしょう。そのとき、迷わずに戦えますか?」


 言うことは決めてあった、それでも改めて反芻してから。

「今の自分であれば、きっと迷ってしまうでしょう。心のスイッチを切って機械的に取り組むという姿勢に徹することは難しいと考えています。

 ただ、本番での迷いが命取りになるだろうことは理解しています。

 普段から先輩方や上官の皆様とコミュニケーションを欠かさず、隊の方針や判断基準を深く理解することで、非常時の納得の準備をしておく……それが、私の考える心理面の訓練です」


「言うのは簡単だけど、やるの難しいかもよ?」

 キャスパルト群長の返答に、風護は迷わず答えた。

「私の知る3特対の先輩方は、それが叶うと思わせてくれました」


「なるほどね」

 群長はしばらく風護を見つめて、それから両隣の部下と目を合わせて。

「うん、合格だ」

「……はい?」

 突然の宣言に、風護は目の前の3人の幹部を見返す。

「合格だよ、君は良い育ち方をするって確信した。配属は予定通りトワールで、あの子たちにも良い刺激になるでしょう」

 この場で通知されたのには驚いたが、群長自らとなれば確定だろう。風護は立ち上がって頭を下げる。

「はい、ありがとうございます! よろしくお願いします!」


「じゃあ、後はよろしく……モリノブ、早く知らせてあげて」

「了解です、お疲れ様でした」

「群長、お世話になります!」

 風護たちにひらひらと手を振り、キャスパルト群長は音楽室を出ていく。


「お疲れ様、いい面接だったよ」

 風護の肩に手を置き、クミホ中隊長が労う。

「ありがとうございました。あれだけ落ち着いて考えを話せたの、クミホ中隊長がおかげです」

「うん、ちゃん伝わっていたようで嬉しい……ああもう、気が早いな」

 ドアをどんどんとノックする音に、クミホは「どうぞ!」と返し。


「風護く~~ん!!」

 飛び込んできた斗和は、風護へと駆け寄り。

「斗和さ――うおっ」

 そのまま風護の背後を取り、背中に飛びついてきた。

「えへへ、来たねやったね頑張ったね! おめでとう!」

「とわさ、あの、ちょっと」

 おぶさったまま斗和が体を揺らすせいで、風護は立っているのもやっとだった。


「あの、クミホさん! この子をなんとか!」

「……トワちゃんを振り落としたら合格撤回ね」

「何言ってんすか!?」

 この中隊長、完全に遊ぶモードになってしまった。なおモリノブ小隊長は遅れて入ってきたヒデレッド分隊長と会話している、年下のおふざけには興味がないらしい。


 そして分隊の残り2人は……居た。オシムラは生暖かい眼差しで、キヨノエルは殺意のこもった視線で、エースの狂態を見守っている。いやどうにかしてくれ。


「あっはは、喜びの舞じゃ~!!」

「俺的には罰ゲームですって、ああ、ぎゃっ」

 とうとうバランスが崩れる、投げ出された――というか投げ出させた斗和はくるっと宙返りして着地。風護は膝をつきつつ彼女を睨む。

「はあ……手荒すぎませんか先輩」

「言葉では表しきれない喜びを分かち合いたくてね……えへへ」

 斗和の満開の笑みの前に、突っ込む気も失せてしまった。むしろ、彼女がこれだけ喜んでくれたことで、やっと達成感が湧き上がってくる。


「はい、子供の遊びは終わったかな」

 などと手をたたく、見た目は一番子供のヒデレッド隊長。真面目そうなムードを察して、風護も姿勢を正す。

「さて、改めて……採用おめでとう、ミヤマフウゴくん」

「ありがとうございます。本当に、皆さんのおかげです」

「頑張ったのは君自身だ。さて、これからは僕らが君のホームだ。歓迎するよ」

 差し出されたヒデレッドの手を取る。見かけこそ幼いが、物理的にも精神的にも強靱さを備えた、隊長の手を握り返す。


「安心してほしい。僕らの誇りにかけて、君を戦場で死なせやしない。

 そして覚悟してほしい。全員で生還する強さのために、君にはこれまでよりもずっと過酷な訓練が待っている」


「はい……自分の全部で励みます、隊長」


 かくして、風護は恩人にして憧れであるトワール分隊への参加を認められた。

 より誇れる自分であるために、より過酷な戦場へと、歩き出した。

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