#38 指揮官視点/オシムラマンジュウ

 霊域ゆえのややくすんだ五月晴れを望む、3特対・第1機動中隊拠点の廃校にて。

「ああ、失権しちゃったのあの人」

「ヒデさんのお知り合いですか?」

 オシムラはヒデレッドと共に、新聞――霊管の機関誌を読みながら廊下で時間を潰していた。失権、つまり主行権しゅこうけん喪失、戦力外通告にして実質の余命宣告。


「なんかの教育で一緒になって、求婚まがいのことされた」

「求婚、享年が上で隊歴が下のお姉様から」

「あれはおばさんでしょ……いつものだよ、連理って形だけど私を親だと思ってほしいって」

「どう答えたんですか」

「僕の方が格上だから子供扱いは心外だって」

「嫌な予感を当てないでほしかった……」


 ヒデレッドは「年下エリートのイケメン」という定番属性をさらに盛った、合法ショタの1等特士である。一部女性からの人気は絶大であり、そのほとんどが無残な散り方をしている。後輩からの子供扱いを嫌うのだこの隊長は。

「まあ、良い人ではあったから愛着もなくはないけど……書かれてるスペックを見るに、失権で妥当じゃないの?」

「……もし連理を組んでいたら助けられたとか、思ったりは」

「そんなのいちいち思ってたらパンクするからね」

「ですよね」

 オシムラも消化しかねている霊管のシビアな能力主義に、ヒデレッドは慣れきっているようだ。


「それに僕は連理についてはナオ……ブルーチェと約束してるから」

「掃討群のブルーチェリーストームの方、ですよね」

「そう、あの技またアップグレードされたらしくてさあ」

 広範囲を攻撃するゴスキルを操る、享年小学生のベテラン女子である。重責を全うする姿は凜々しく、外見が同年代のヒデレッドとじゃれ合う姿はいじらしい。もっともヒデレッドからすると、彼女の可愛らしい外見よりもゴスキルの方に興味が傾いてそうだったが。


「いざってときは頼みますよヒデさん、俺みたいなのがブルーチェさんを口説いたら犯罪ですから」

「霊域にそんな法律ないでしょ、彼女も合計年齢なら成人だ」

「よし、イメージしてみましょう。外見100キロ越え成人の俺が外見8歳のブルーチェさんの」

「僕が動く前にトワが君を斬り捨てるね」

「そういうことです」

「部下同士が殺し合うのは見たくないな」

「クロナギの名折れっすよ」


 幽霊とはいえ、心の年齢は別とはいえ、生前の常識はなかなか消えないのだ。良くも悪くも。


「――よし、お呼びかかったね」

「うっす」

 連絡を受けたヒデレッドと共に、オシムラは教室へと向かう。

「はいどうぞ~」

「失礼します」

 中に居たのはクミホ中隊長。そして、第1強襲・第2強襲・偵察・衛生という4個小隊の各小隊長だ。定期的に実施されている中隊士幹会議に、ヒデレッドとオシムラも招かれていたのだ。


「はい、2人とも掛けて。ではここから、ミヤマフウゴの配属について中隊内の意思を統一します」

 こうした会議の進行はクミホ自らが務める。全員の意見に耳を傾ける、あるいは沈黙を嫌うのがクミホ流だ。

「昨日、彼の現所属であるアオバ52中隊から、別部隊への異動を許可すると回答が出ました。彼個人はかねてから我が隊への参加を希望していたので、私たちから要請すれば群の幹部会を経て正式に採用となるでしょう。それで本当に良いのか、ここでもう一度しっかり話し合いましょう」

 一度言葉を切り、クミホは一同に視線を配る。

「ただの新人選考ではありません。我が隊の中核であるトモエトワールの暴走に対する予防措置として、ミヤマくんを彼女のそばに置くことが適切なのか、率直な意見を聞かせてください。

 ヒデレッドとオシムラマンジュウの2名は隊内参考人です。ミヤマとトワをよく知る者として、自由に意見を述べてください」


 いよいよだぞフウゴ――とオシムラは内心で呼びかける。フウゴにとっては念願まであと一歩、しかしそれが正しい道なのかはオシムラも量りかねていた。


 ゴスキル【護風棍】とそれを用いた戦闘技術、警備任務での働き、さらには生域と霊域でのパーソナリティーまで。霊管らしくプライバシーを盛大に踏み荒らしながら、詳細なデータが開陳されていく。オシムラは内心でフウゴに詫びていた、生域の元カノの話とかさすがに知られたくないよな。


「この子、そもそもの格闘センスが高そうやね」

「ザッキリーナの件で暴走癖は憂慮されたものの、ミホさん説諭の後は改善傾向……元から命令はきっちり聞くし、熱心だそうですね」

「熱心すぎるわな、しかしザッキ相手にこんなに粘ったのか……狙いを固定する心理戦も素養あり? まあザッキは男にはキレやすいからなあ」

「突風技のエアギスも伸び盛り。確かにアタッカー対策には良いですね、近接にも遠隔にも対抗できる」

「トータルで見て高水準なのは確かじゃないです? ……うわ、教育での霊胞運動フィジカル試験あたしより上じゃん。なんか癪」

 まずは小隊長たちが意見交換、3特対に見合う人材であろうことは一致していた。


 続いて、実際に指揮する想定で話が進む。

「トワール分隊に入るならモリノブさんの小隊になりますけど、どう思われます? 指揮しやすそうですか?」

「俺はしやすい気配するよ。熱血入ってるくらいの男子は考えも合いやすい……と俺は思ってる。ヒデさん、どうでしょう?」

「確かにモリノブさんとフィーリングは合う気がします。任務へのモチベーションは高めなので、合理的と感じられる指揮に対しては高いパフォーマンスで応えてくれると思います」

「非合理だと無視されそう、ですかね」

「無視はないと思いますが……彼は熱血、裏を返せば頑固なんですよ。指揮等級よりも個人的な連帯感で動きそうだとは」

「つまり小隊長の俺よりも、霊管に来てからの縁であるヒデレッド分隊長を優先しかねない」

「というよりはトワの、ですね。そこの長短をどう捉えるべきかは僕も読みきれません……マンジュウはどう思う? この中でミヤマと一番接しているのは君だろ」


 指名されたオシムラは、考えをまとめつつ回答。

「意に沿わなくても仕事だったらルーティン的にこなす、みたいな割り切りができないタイプだとは思います。一方で、己の信条に合致した状況なら、リスキーさも残酷さも承知で果敢に挑む男です」

「発現実験のときに、先輩相手に本気で攻撃したみたいに?」

「そうです、指揮系統よりも正当性を重んじるタイプではと」


「それは……3特対に適しているのか? 仲間を処断する隊だぞ、我々は」

 モリノブ小隊長の懸念に、オシムラは回答を持ち合わせていた。

「裏切り者を倒すことには正当性を見いだせる奴ですし、その手段として暴力を選ぶことっへの忌避感は薄いでしょう。もっと言えば、敵と味方を……つまり、倒すべき者と守るべき者を明確に切り分ける、霊管の方針と親和性のあるマインドです」


 オシムラの推測に、第2強襲小隊長・アマソルトも頷く。

「あたしも、警備連隊での訓練の報告読んでて気になったの。マルガンじゃなくて近接武器でヴァイマンを攻撃するの、並の警士でも嫌がるのに、最初から思い切りトンファーでどついてたらしいし。意外よね、イマドキの子はもっと人権とか平等とかに敏感かと思ったけど」

「客観的な知識レベルなら、俺らよりずっと敏感ですよ。ただ……あいつ曰く、最近の生域でも、平等が絶対正義だという建前に内心でうんざりしている人は多いみたいでして」

 本質的に命の価値は平等だと信じる人間に、霊管は向かない。霊人の命とは生域の人命を守るための手段である、というのが霊管の根本的な理念。そのための、利用価値に基づく命の選択は、霊管の至るところで行われている。


「なら、性格面も3特対自体にマッチするとしてや」

 偵察小隊長・ダンテッチは新たな懸念を示す。

「トワにゾッコンなんやろ? 感染したトワを制圧するどころか、巻き込まれるんやないかって俺は思うけど、マンジュウくん的にはどうよ」

「そのリスクも低くはありません。ただフウゴは、トワが生きて仲間のままでいるためなら、つまり敵に渡さないためならば、全力で彼女とも戦えるはずです」

「つまり撃滅ではなく確保を前提とすればええと?」

「その通りです。実際、トワ消滅は避けるべきルートのはずですので」

「確かになあ……じゃあマンジュウくんはミヤマくんの加入に全面的に賛成?」

「とも言い切れないです。彼の霊管への帰属意識はトワ個人への感情によるところが大きい。トワへの憧れを裏切ったときにどう跳ね返るのかはリスキーですし……」

「なんや、言うてみ」

「シンプルに、しのびないですね」

「……贅沢な人情やな」

 ダンテッチの呆れたような返事に、オシムラは無言で頭を下げた。


「中隊長の見立てを伺いたいのですが」

 衛生小隊長・エーデルミンが質問を投げかける。

「トモエトワールは、あとどれくらい安泰でしょう?」

「半年は固い、後は敵方の出方とかキヨノエルちゃんの伸び次第かな」

「キヨノさんの【キズキエール】の適用範囲拡大の件ですよね。順調ですか?」

「ポテンシャルは十分なんだけど、やっぱり術者本人が把握してる情報が大事っぽいんだよね。それも込みで、そろそろ彼女にも開示が必要かな。これも来週の幹部会に掛けるね」

「了解です……一般論ですが、それだけの猶予があればミヤマさんの依存対象も分散が進むのでは」

「そう、現部隊での交流も積極的になってるみたいだからね。ずっとトワだけ、とはなりづらいはずだよ」


 オシムラの懸念に解が示された、加えて。

「……やっぱりキヨノエルにも開示されますよね、トワの真相」

 トワを崇拝するキヨノエルの心に、どれほどの痛みが走るだろうか。

「だったら甘えてらんないですね、俺もフウゴも……なるべくみんなで、背負うようにしないと」

 フウゴへの意識を、後輩から戦友へ、子供からプロへと切り替える。


「ねえ、ヒデさんとオシムラくんに聞きたいんだけど」

「はい」

 第2強襲小隊長・アマソルトからの質問。

「やっぱりトワっちは、ミヤマくんの居るチームの方が、居心地がいいって思うんだよね?」

「……思うよね?」

「ええ、明らかに。慕ってくれる後輩の男の子というだけでなく、自分から学ぼうと懸命になる弟子ですから。今のトワにとっては無二の存在でしょうし、大きなモチベーションになっているのは間違いないです」

 オシムラの回答に、彼女は何度も頷く。

「だよね、あたしもトワっちと話してて思ったもん……あの子が過ごすはずだった青春には、こんな出会いがあったんだろうって。

 だからさ。ミヤマくんと一緒に居ることで心が……霊核が穏やかになって、そもそも危ないことにもならないんじゃないかって、願いたくもなっちゃうかな」


 その後も議論は続き、やがて群上層部への提案が固まった。

 クロナギ中隊は、ミヤマフウゴのトワール分隊加入を支持する。


 

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