#35 少年たちの再出発/深山風護
風護のゴスキルに施した強化について、エスペルから説明が続く。
「僕のソウル・リライターは確かにゴスキルの性能を変えることができる。けど無制限に何でもとはいかないんだ。あくまでも本人の霊核に、ひいては心理にフィットする必要がある……さて、最近のミヤマくんには大きな心境の変化があったんじゃないかな」
「はい、生前の経験に向き合うことができて……喪われた命の価値を思い出すことができました。クミホさんや斗和さんたちのおかげです」
「そう、生前の捉え方がポジティブに傾いたことを足がかりに強化が実現したんだ……早速、
「普段と同じ感じで、ですか?」
「同じルーティーンで、けど両手を意識してほしい」
「両手……はい!」
それはつまり、と期待しながら意識を整え。
「護れ、風護!」
馴染んだ感触のトンファーが現れる。いつもの右手に加え、左手にも。
「おお……こっちにも」
「おめでとう。今までは左でデバイスを扱ってただろうから、両手トンファーがマストとも限らないけど。戦術の幅は広がったんじゃないかな」
「心強いですよ、すごく……2本あったら良いのにとは思ってたので」
「なら良かった、まだまだあるよ」
霊傷性、反傷性、耐久性といった基本スペックの向上。
エアギスによる効果体への干渉力、つまり武器や飛び道具を弾く能力の強化。
エアギスやトンファー打突を2本同時にヒットさせることでの、効果の大幅な増大――ひとまず
「――という仕上がりを踏まえれば、3特対でも十分通用するゴスキルなのではと僕は思います。どうでしょうドクター」
「元から能力的な不足は感じなかったけど、さらに盤石になったね。後は警備任務での経験と、精神面かな」
風護がこのゴスキルを鍛えていけば、使いこなせれば、今までよりも格段に強くなれる。その確信があったからこそ、自分への戒めも強めなければ。
「はい、しっかり気持ち入れ替えて頑張ります……ちゃんと追いつきたいので、斗和さんに」
風護が出した名前に、エスペルは眉を上げてから。
「そうだよ、トワさんも待ってるから……彼女のゴスキルは凄まじい、だから孤独だって深いんだ」
恐らくエスペルは、斗和の霊核も鑑定してきたのだろう。そこで触れた魂の形を思い起こすように、エスペルは風護に語る。
「強すぎる彼女にこそ、心強い仲間が必要なんだ。君が支えてあげてほしい」
それから風護は新・護風棍のテストを行い、研究員たちはそのデータを採取していた。左手の新たなトンファーは概ね右手と同じように扱えるが、2本を上手く使いこなすには慣れが必要そうだ。〈進化ってエモいですよね〉とは、発現実験から見守ってくれたヤナギンガのコメント。
「……はい、こんなとこでしょう。お疲れ様!」
長野の山並みが朝焼けに染まる頃、エスペルが作業完了を宣言。
「ほんとにありがとうございました、強化されたのマジで心強いです」
「こちらこそ、貴重なデータが取れました。それに戦力強化こそ、ゴスラボの本領だからね」
転移準備を待ちながら、エスペルと共に朝の訪れを見守っていると。
「ミヤマくん、一つ聞いていいかな」
「ええ、どうぞ」
「君は。生前の知り合いを……ご家族や友達を。霊人としてつないだ命を懸けて、護りたいと思えるかな」
霊管軍でのモチベーションにも関わる質問に、風護は少し考えてから。
「そのためだけにこの命を懸けられるかってのは微妙ですが……俺みたいに誰かに殺されたりするのは、絶対に嫌です」
「そっか。さっき記憶に触れたとき、君が彼らを……お母さんや、かつての学友たちを、恨んでもおかしくないって思ったから」
「恨みはありますよ、文句だって山ほど言いたい。ただ死んでほしくはない、それは確かです」
無事に生きて、そして願わくば、風護が苦しんだことを覚えていてほしい。
「知り合いだけじゃない。俺はあの社会の色んな食べ物が好きで、ゲームとかアニメが好きで、だから毎日それなりに楽しみなことがあって……それに関わってた人たちだって、俺みたいに死なれたら嫌ですよ。その人たちを護る力の一部になれるなら、俺は体を張れます。
けど、今ここに居る自分が終わるのも、ちゃんと嫌です。だから、どれだけ体を張っても大丈夫なように、しっかり鍛えたいです」
「そう思ってくれるなら良かった。ここに生きる人たちを護りたいという願いの下、僕らは確かに仲間だから」
なかま、という響きを噛みしめるようなエスペルの宣言。
「そうだミヤマくん、もう一つ。僕が死んだとき話をしてもいいかな」
「エスペルさんが良ければ」
はっきりと死因を聞かされることは、霊域では意外と少ない。
「飛び降り自殺の巻き添えでね。落ちてきた子と一緒に、僕は霊域に来た」
「……一緒に、ですか」
後半はさすがに衝撃的だった。確かに転現の原理を考えればあり得ないことではないが……どんな気分なんだろうか、自分を死なせた相手と再会するのは。
「僕がゴスキルを応用して生前の霊核への凶性干渉を調べようと思ったのは、その子の影響でね。いざ調べてみたら当たりだった、逆遷の被害者だったよ。彼女も、僕も」
その子、という言い方からするとエスペルよりも年下なのだろう。加害者であるのに、エスペルはその少女すら労るようだった。
「死ぬほど苦しい日々だったのは、記憶を辿った僕にも分かった。全部終わらせたくなる日は、僕にだってあった。けど、生きて抜け出す道だって絶対にあったんだよ。
だから悔しいんだよ。霊域の法則に奪われた僕らの未来ことも。繰り返すまいと誓いながら、また犠牲者を出してしまった僕らのことも」
逆遷による霊核干渉と死亡事件の因果関係。それが分かってしまうということは、霊管が自分たちを責める理由が増えてしまう、ということでもある。
「だから。君を霊域から守れなくて、本当にごめんね」
そう謝るエスペルは。霊管の先輩である以上に、ゴスラボのエキスパートである以前に、自分の無力に打ちひしがれる繊細な少年に見えたから。
風護はエスペルの背中をさすりながら、自らにも刻むように答えた。
「俺は。俺がそんな悔しさを味わわないためにも、強い隊員になりたいです。
だから。あなたが悔しい分も、俺を強くしてくれませんか」
「……ありがとう、一緒に頑張ろうね」
憧れに追いつくために。
恩義に報いるために。
生域の人々を護るために。
霊域の仲間を、悲しませないために。
霊管で戦う理由は、一つずつ増えていくのだった。
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